倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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 ガチャリ、と玄関の鍵が落ちる。
 二、三回ドアを引っ張り、しっかりと鍵を閉めたことを確認して、俺はコンビニに向かって歩き始めた。季節はまだ夏が過ぎたばかりだが、夜は少しばかり、風が冷える。もう冷めたとはいえ、風呂上がりの体にはよくないのではなかろうか。
 俺はジャージのジッパーを上げて、風に対抗する。そうすると、顔に当たる風が若干心地よくなったような気がした。
 ここ、狩間 (かるま )町はいわゆる地方都市のひとつである。南側はビルが建ち並び発展しているが、俺が住んでいる北側の街は昔ながらの家が多い。さらに言えば俺の家は北側の端っこ、すでに北側の隣町の方が近いという場所にある。だから俺は、少し歩いて隣町のコンビニに行くことが多かった。
 ちなみに。

「田沼が言っていた『隣町』ってのも、こっちの町だったりする、と。……やっぱりやめときゃよかったか?」

『……噂だと、ついに隣町の女子高生の所に来たって』
 田沼の言葉が頭をよぎり、思わず身震いする。独り言を言っているのも、結局は恐怖を紛らわすためだ。
 何もない。あるはずがない。明日も今日と同じ日常で、また暇をしてあいつらの手伝いをする。俺は頭の中でそう何度も繰り返し、足早にコンビニへ向かった。
 ……今にして思えば、このときにすでに予感がしていたのかもしれない。自分が、非日常に巻き込まれる。そんな、予感が。


「ありがとうございましたー!」

 そのまま早歩きできたせいか、いつもより早くコンビニについた俺はさっさとプリンその他を購入。何かないかと、暇つぶしにチャンピ○ンも会計に入れといた。コンビニの袋を手に、意気揚々と店を後にする。
 個人的にはジャ○プ派である。とは言え、最近大好きだったジ○ガーさんも終わり、少し物足りない昨今。たまにはチャンピ○ンも読んでみたくなる時があるのだ。

「……!!」
「ん?」
 風に乗って、何かが聞こえた気がする。女の子の悲鳴のような、そんな音だった。

「……まさか、な」

 そんな非日常がそこにあるとは思えない。俺はこのまま帰ってプリンを食いながら、チャンピ○ンを読んで眠りに就くのだ。そしてまた明日、あいつらとくだらない会話をする。
 そう考えているのに。

「……」

 何故か、俺の足は主の意思を無視して、悲鳴らしき声が聞こえたほうへと向かって動き始めた。よせ、やめろ、後悔するぞ、と心の中で必死に叫ぶ。しかし足が止まることはない。まるで、何かに憑かれているように足が動く……!

「だ、誰か、助けて!」

 ――っ!? 
 もう、今のは間違いないし、ごまかせない。悲鳴だ。確かに、女性が助けを呼ぶ声だった。
 その声を聞いたためだろうか。いつの間にか俺の脚は道路を大きく蹴っていた。今まで出したことないような速度で走る。
 俺はそんなに正義感が強かったのか? いつもは女の子のピンチに駆けつけるようなタマじゃないんだが……!

 脚は俺の意思を無視し続け、全速力で町を駆け抜ける。流れ去る景色、早くなる鼓動。そして俺は、とある公園にたどりつく。俺の家の方でも、緑豊かな散歩道が楽しめるとしてそれなりに人気の、大きめの公園。
 昼間ならマラソンをしているだろうその公園のコースを、俺の脚は迷いなく駆けていく。
 一歩を駆けるごとに、俺の体もヒートアップしていく。汗が額を流れ、服の中も洪水になっていた。すでにジャージの前は全開にしている。それでも、俺の脚は止まることなく駆け続けた。
 まるで、どこに声の主がいるかが分かっているように。

「だ!! 誰かっ――」

 ザク、ブシュー!
 俺の脚がようやく止まった時、俺の耳が聞いた音は表現すればそんな感じの音だった。何かを切る音と、水よりも粘性がある何かがあふれ出す音。その直前の――最期の叫び声。
 その光景を、俺は認識することができなかった。否、情報としては捉えられる。だが、現実の物として理解できなかった。

 暗い闇の中、目の前にいるのは二人の人影。一人は草を刈る鎌を手にし、もう一人は尻もちをついている。ただ、その尻もちをついている方。その、首が無かった。そして首の代わりに立ちあがる、赤黒い液体。
 首はどこに行ったのか。ふと上を見てみれば、くるくると回転しているボールのようなものがある。それはくるくると、くるくると。宙を舞って、もう片方の人影の手におさまった。
 その人影は、何の感情も感じさせない動きで、ただ静かにその宙を舞っていた物を袋につめる。何かの革でできたその袋は、人の頭サイズに大きく膨らんだ。

 そこまでの一部始終を、俺は見続けた。見たくは、無かった。しかし脚が動かない。先ほどまで全力疾走を続けた俺の脚は、あの時あれほどに軽やかだったというのに今は鉛のように重くなっている。一歩も歩けない状態だった。
 周囲は異臭に包まれ始めている。それは鉄分の匂い。赤黒く錆びた、人の――

「―――っ!」

 気がつけば、残っていたもう一つの人影がゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。明かりに照らされて、その表情が闇に照らされる。
 照らされた顔は、無。もちろん目や鼻、口もある。ただ、表情と言う言葉の全てがはがれおちた、まるで能面のような顔だった。
 もしこんな事態ではなく、遠目に見たのなら――それは、ただ変わった格好をした少女だと思っただろう。青い原色の髪だとか、ひらひらとした服、いわゆるメイド服だって、何処かのコスプレ会場何かに行けば普通にいると思う。整った手足なども、きっと人の目を引くに違いない。
 でも、今この場において、それは恐怖の体現者でしかなかった。
 無表情のまま、血にまみれた服で、同じく血だらけの鎌をもって近づいてくる、それ。徐々に近づいてくれば、その異形がよくわかる。人工的な質感の肌、髪のつや。そして何より。――ガラス玉の、目。

「人……形……!!」

 俺は思わず後ずさった。そのうつろな目、何も移さないガラス玉。人間の形をまねただけのそれは、確かに人形であった。
 人形が動き、人の首を刈る。それは、まさしく都市伝説。
 『首刈り人形』。人の首を刈り取る、噂の中の殺人人形 (キリング・ドール )。それが今、現実として俺の前に現れていた。

「もくげきしゃをはっけん。ただちにしょぶんします」

 震える俺をしり目に、その人形はボソッと呟いてこちらに向かって歩いてくる。その足取りは決して早いものではない。しかし、今の俺はまさに蛇に睨まれた蛙。恐怖で体がこわばり、逃げることが出来なかった。
 人形が手にしているのは、鎌。実った穂を刈り取る農具にして、人の首を刈る凶器。――俺の命を、狙う物。

「あ……ああ……」

 俺は必死になって足を動かそうとしていたが、全く動いてくれない。それでも無理に動かそうとしたら、バランスを崩して尻もちをついてしまった。両手と尻を地面につけ、ただ恐怖に震える。

「……いいえ、ごしゅじんさま。もくげきしゃはおとこです。……りょうかいしました、とうぶのかいしゅうはいたしません」

 そんな俺に飛びかかるでもなく、人形は独り言のように何かを呟いていた。よくみれば、人形の口には通信用のマイクが付いている。――誰かと会話しているのか。
 黒幕が他にいる。そんな情報が俺の頭に叩き込まれたが、それに何の意味があるのだろうか。今まさに、人形が俺の前に立ち、俺の命を刈り取らんとしている。
 人形の目には、俺の命を奪うことに何の感慨も持っていない。恐怖も無ければ、狂気すら、ない。ただ、淡々と虚ろに輝いているだけだった。
 その目に、あの日の事が思い出される。子どもの頃、あの土蔵で。幾百の人形の瞳に見詰められた、あの――。

「しょぶんします」
「……うわぁぁぁ!」

 ザク!!
 人形が鎌を振り上げ、下ろす。俺はとっさに、持っていたビニール袋を前に掲げていた。中に入っているのは、プリン他いくつかの食料品と漫画雑誌。厚みがあるとはいえ、そもそも盾としての役割を考えて作られた代物ではない。ただの本が、人の首を刈り取る凶器を受け止めることは不可能だろう。
 しかし、鎌はチャンピ○ンを切り裂いたためか威力が弱まる。運がいいのか悪いのか、俺の胸を浅く切り裂いただけでその鎌は流されていった。

「〜〜っく!!」
「しょぶんにしっぱい。もういちどくりかえします」
『(――ザ、ザザザ―)いいぞ、さっさと始末しろ』

 胸の痛みに混乱し、おびえた俺の耳にかすかに聞こえた、ノイズ交じりの男の声。それは人形の耳の辺りから聞こえてくるようだった。それが黒幕なんだと、俺の頭の冷静な部分が告げている。

「……!」

 しかしそれがわかったところでどうなる? 今まさに人形は鎌を振り上げ、俺にはもう防ぐ手立てはない。あれが振り下ろされた時、自分の生は終わるのだろう。

 ……悪い、源六、田沼。もう手伝いできないっぽい。
 ……ごめん、婆ちゃん。約束守れそうもない。

 目の前で、月光に照らされて人形の鎌が輝く。その冷たい輝きに、俺は静かに目を閉じた。今までの思い出が瞼の裏に浮かんでくる。楽しかったこと、つらかったこと。そして最後に。最後に浮かんできたのは――二人の友人と、懐かしい婆ちゃんの顔だった。

 ガキィン!

 ……金属がぶつかり合う音。数瞬しても訪れない、死。
 その事に違和感を覚えた俺がふと瞼を開けると、鎌が何かに阻まれて動きを止めたところだった。それは、日本刀。俺の横から伸びてきた美しい紋様を描いた刀が、月の明かりに照らされて静かに輝いている。その日本刀が、俺を守るようにしっかりと人形の鎌を受け止めていた。
 ふと横を見れば、いつの間にか誰かが立っている。それは、小柄な体で長い黒髪を後ろに束ねた、学ランの少年。日本刀は、その少年が握っていた。

「大丈夫でござるか?」

 人気のない公園に、高く澄んだ声が響く。人形を警戒しているためか、少しだけ、目をこちらに向けてきたその少年の横顔は。人ならざる人形よりもなお、美しかった―――。
 
第一話 完
 
 
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閉じる コメント(8)

おおおっ!!!これは途中まですごく怖かったです!!ホラーテイストの現代伝奇物ですね(^^)そして、人形には黒幕がいるということは明らかに殺人なんですね!!

しかも、女の子しか狙わないという一種の快楽殺人者でしょうか?ミステリーの要素も含んでいて、読んでいてとても面白かったです。

今回で第一話が終ったみたいですが、物語が展開してきましたね♪平賀を助けた謎の少年は味方なのか?そして、なぜ日本刀を持っているのか?第二話も必見ですね♪

ジャガーさんは俺も好きでした♪最後のオチが現在進行形で物語が進んでいたことに吹きました(^^)ピヨ彦じゃなくても焦りますよね(^^;

ではでは、W応援ポチです。

2010/10/24(日) 午前 9:51 クール

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クールさん。
応援ポチどうもです!

確かに、ホラーテイストも若干入ってます。
でもミステリーは……どうかな(笑)?
ミステリー書けるほど頭良くはないので、それほど大した謎とかはないです。少年の正体とかは、この先でどうぞ。

2010/10/24(日) 午後 5:30 倉雁 洋

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ksk凹しました☆

これはやばいです。もう何度も読みたくなっちゃいますね
クセになるー!!!

2010/11/20(土) 午後 11:42 [ - ]

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赤猫さん。
ポチどうもです!

そう言っていただけると励みになります。
また頑張りますねー!

2010/11/21(日) 午前 6:12 倉雁 洋

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読みに来易いようにファン登録をさせていただきました。

なぜ助太刀にきたのか…
そこが気になるばかりです。
また続きを読みます。

2011/5/7(土) 午後 5:05 [ 竜次 ]

竜次さん。
お気に入り登録どうもです!
展開とかに関しては……あまり、期待しないで下さい(笑)。

2011/5/7(土) 午後 5:31 倉雁 洋

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リアルな描写は参考になり過ぎますがww自分のなかの表現力が達していないです^^
主人公の人形と対面した時の緊張感や、背筋の悪寒が感じ取れました・・・・。ksk3です^^

2011/6/29(水) 午前 11:34 [ ヤマト ]

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おれんじはーとさん。
表現力は……私もまだまだだなぁと思います。うまく表現できないと進まなくなっちゃうんですよねー。精進精進。
傑作どうもです!

2011/6/29(水) 午後 7:42 倉雁 洋


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