倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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「いやー星が綺麗ってのは山の醍醐味だよな」

 食後、少女は地面に寝そべって空を見上げていた。夜空に広がる満天の星のもと、気持ちよ下げに手足を広げる。時折起きて火の管理をしているが、それ以外は静かなものだ。 私はそんな少女の横で寝そべっていた。

「そう言えば、アニキは星を見るのが好きだったな。俺にも見せるんだ、って張り切ってたことがあったっけか。アニキ……どうしてるかな」

 その瞳は、夜空を通して何処か遠く、別の土地を見ているようだった。その気持ちはわかる。私も、ご主人と一緒に見たあの空が忘れられない。この星空を見ていると、まるでご主人が戻ってきたみたいで――
 ――……?
 はて、なぜ『ご主人が戻ってくる』などと考えたのだろうか。私が家にいないからといって、ご主人までそうだと言うわけではないだろうに。そうだ。私は早く帰らなければならないのだ。ご主人がきっと、心配している。

『ご主人、今帰ります!!』
「おおぅ!? いきなり遠吠えするなよ、びっくりするだろ!」

 私の決意の叫びが、少女をびっくりさせてしまったようだ。体を起して怒鳴りつけてくる。あまりにも驚いたためか、その目からは一筋の涙が流れていた。よっぽど驚かせてしまったらしい。

「お? ……ははは、こら、顔を舐めるな! わかったわかった、もう怒ってないから、な?」

 私は少女の涙が地面に落ちないよう、顔を舐めてふき取る。何、女性の涙を拭くのは一頭の紳士としては当然の事だ。が、はて。拭いても吹いても、次から次へと涙が流れているような……もしかして、本当に泣いているのか?
 私は顔を舐めるのをやめ、少女から少し距離を取ってみた。少女は座ったまま顔を伏せ、その表情を伺うことはできない。しかし、確かに泣いているように感じた。
 私は何も言わずに、ただ静かに彼女のそばに寄り添う。しばらく少女はそのまま何もしないでいたが、やがて観念したように私に抱きついてきた。そのまま、静かに涙を落とす。

「……ありがとうな。ちくしょう、人間よりも動物の方がいい男がいやがる。俺、ほんとに男運ねぇな」

 しばらくそうやって固まっていると、少女は満足したのか私から離れて行った。もうその表所に暗い影はない。ただ、朗らかに。太陽のような笑顔で笑っていた。


 ――私は夢を見る。それは、優しかったご主人の夢。ご主人は、有体に言えば普通の人だった。優柔不断でもあったが、皆にやさしくしていた。誰からも好かれたし、誰とも仲良くしていた。
 ――そんな、悲しい夢だった。


 鳥の囀る声を聞きながら目を覚ます。どうにも変な夢を見ていたようだったが……はて、どんな夢だっただろうか。起きる直前までは覚えていた気がするのに、目を覚ましたらするりと消えてしまった。何か、悲しいものが心に残っている気はするのだが……まぁ、思い出せないというのなら構わないのだろう。
 それよりも。

「すぅ……すぅ……」

 この、暑苦しい状態は何とかならないだろうか。
 夜寝るときは別々だったというのに、朝起きてみれば少女が私の上にいる。いや、のしかかっていると言うのが正しいか。まだ日が昇り始めたばかりとはいえ、すでにじっとりとした蒸し暑さがある。このまま抱き枕になっているのはごめんこうむりたいのだが――

「うん……アニ……キ……」

 ――ヤレヤレ。仕方ない。私ももうひと眠りするとしよう。もしかしたら、今度はいい夢が見られるかもしれない。
 何せ、女神の抱き枕になっているのだから。


「くぁ、あーあ。朝か……」

 太陽が一番高い所に上る頃に、少女は大きなあくびとともに目を覚ました。正直、私の考えが甘かったと言わざるを得ない。少女には悪いが、私はかなり前から舌を出しっぱなしだ。どれだけ息をしても、体の熱が逃げて行かない。それでも彼女の抱き枕になり続けた私を、ご主人は褒めてくれるだろうか。

「……昼? まぁいいや。朝飯朝飯……って、おい!」

 少女が焚き火に火をつけようと私から離れた瞬間、私は全速力で駆けだした。あの日、少女の元へかけた時と同じか、それ以上の速度で走る。目指す場所はもちろん。あそこだ。
 ……さて。
 しばらく後、私が水滴を垂らしながら意気揚々と戻ってくると、少女は笑いながら体を拭いてくれた。昨日の時はいささか乱暴な拭き方だったが、今日はそれが無い。まるで撫でるように、優しく拭いてくれていた。

「……ほいっと。今朝は悪かったな。ちょっとだけ、懐かしい夢を見ちまってて……暑かっただろ? 何で、逃げないでくれてたんだ?」

 少女の声が響く。私はそこまで人間の言葉がわかるわけではない……が、彼女の言葉は不思議と理解できる気がした。ふむ。私が動かなかった理由、か。

 決まっているだろう?
 オスは、黙ってメスを労わるモノなのだよ。

 私はそういった思いをこめて、少女の綺麗な瞳を見つめた。私の思いが少女に伝わるかは分からない。しかし私が少女の言葉を理解できるように感じるのと同じように、きっと少女も私の言葉を理解してくれる気がする。不思議と、そう感じた。

「そっか、ありがとうな。ってか、本当にいい男だな、お前。後いくつかの条件と、人間って最低条件をクリアしてたら、俺の恋人認定出してたぞ」

 ほう、それは嬉しいな。だが申し訳ない。私は近所に恋人がいるのでな。他の女性に手を出すわけにはいかない。

「………どうする、またお前の株が俺の中で上がったぞ。お前……本当に犬じゃなければいいのにな」

 私と少女の間には、確かに会話が成立しているようだった。少女の申し出は嬉しいが、彼女は中々に嫉妬深いのだ。この前も、ご主人に噛みつこうとしていたくらいだ。もし少女と番いになんてなってしまったら、恐ろしいことになってしまう。
 その気持ちを伝えると、少女は大きく肩を落としてへこんでしまっていた。う〜む、このまま放って置くわけにもいかないな。フォローせねば。
 少女よ。少女がオスに好かれないと言うのが私にはよくわからぬが、気を落とすな。きっと、番う相手が見つかる時が来る。ただ、それがいつになるかわからないだけなのだ。

「……ありがとよ」

 彼女の肩に手を置いた私の顔を見て、彼女はそう呟いた。


「おりゃー!」

 都合、三回目の叫び声。少女と私は鳥のように空を滑り、再び大地へと着陸する。少女が先ほど立っていた場所と今いる場所の間には、大地が無かった。地面は、その遥か下にある。
 ……少女のやりたいことも分かる。しかし、こう何度も崖を飛び越える必要があるのかどうか。確かに昨日棒が倒れた方向は、そちらの方向だったとはいえ、崖を迂回していけばよいのではないだろうか。

「直進あるのみ!」

 ………聞いていないようだな。あ、済まないがそろそろ降ろしてれないか。……ありがとう。

 始め少女が崖を飛び越えた時、私はそれに着いていくことができなかった。そのため、二回目以降の崖は全て、こうして少女が私を抱きかかえたまま飛び越えているのだ。少女にお願いして、私は地面へと下ろされる。
 実は私は高いところが怖いのだが……ソレを顔には出さない。私は、空気が読める犬である。

「おいおい、そんな捨てられた子犬みたいな目で俺を見るなよ。俺が悪かったって」

 ……もう一度言おう。私は空気が読める、犬である。

「分かったよ。さて、それはさておき……もうだいぶ来たからな。ここら辺でもう一度……」

 そう言って、少女は再び棒を取り出す。その白い輝きに、私は目を奪われてしまった。私の尻尾の横揺れは昨日の比ではない。さあ、今度こそ私を楽しませてくれ!!

「……てりゃ!」

 パタン。

「……変化なし。んじゃ、やっぱりこっちか」

 ですよねー。

 ――ッハ!
 ……私としたことが童心に帰ってしまっていたようだな。いかんいかん、こんなことではご主人に笑われてしまう。もっと落ち着かなければ。それはそれとして、やはりこちらに直進するのだな。道が無い道を行く、か……それもまた良いかもしれない。

「よっし、んじゃ行くか!」

 了解した。
 一人と一匹、連れ添って歩く。目の前に道なんてものはない。あるのはただ深い森のみ。さあ行こう。ここから、私達の道を作っていくのだから。

 ……実はすぐそばに舗装された道があることに気付いたのは、この少し後だった。

「道があるってことは、これに従って行けば町に出るってことだよな」

 若干盛り上がったところで水を差された私達は、何処か気が抜けた気持ちで舗装された道を歩く。焼けたアスファルトが少々熱いが、その感覚も随分久しぶりだった。
 ……微かに、遠くから汚れた空気の匂いがしてくる。きっと、人里があるのだろう。

「はぁ、ようやくだぜ。ま、山の中に入ったのは正解だったけどな。わざわざ脇道に逸れて良かったぜ」

 少女が小さな声で、ぽつりとつぶやいた。……待ってほしい。その言葉の通りなら、この少女は偶々迷って山に入ったのではなく、わざわざ迷うような真似をしたということになる。
 少女がいかに強かろうとも、人間。何の装備も無く山の中には入って行くことはほとんどないと聞く。それなのになぜ、そんな事をしたのだろうか。

「あん? いや、呼ばれてるような気がしたんだよ。ま、お前に会えたからな。たぶん、それが理由だろ」

……私に会えたから?

「ああ。きっと、俺を呼んだのはお前だと思う……俺と、“縁”があるみたいだからな」

 ……生憎と、私は少女を呼んだ記憶などないのだが。そもそも、山の中に入った記憶すらないし。今までの犬生の中で、少女と出会ったことも無いはずだが……。

「何となく、だ。しっかりとした核心はないが……でも、間違ってないぜ。だって、お前は――っとと。まあ何だ。ちょっとした勘って奴さ」

 妙なところで少女が口をつぐんだ気がしたが、言わないとしたことを私から聞くわけにもいかないだろう。何度でも言うが、私は空気を読む犬なのだ。

「そうそう。んなことより、さっさと町に向かおうか。俺ももう、疲れちまったしな!」

 そう言って少女は足早に歩き始めた。私だって、彼女が何かを隠していることくらいはわかる。しかし今はどうしようもないだろう。……どうしようも、ない。
 私は胸に引っかかる物を感じながら、少女の後に従った。

(三へ続く)
 
 
 
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