倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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「――っはぁ、終わった終わった」
 
 授業中に凝り固まった背中を伸ばすと、パキパキと小気味いい音が鳴る。そのまま少しストレッチして、俺は全身の動きを滑らかにしていった。
 今日の授業も全て滞りなく終わり、担任がホームルームの終わりを告げる。ざわつく教室の中、クラスメイト達は各々自分の荷物を持って思い思いに教室を後にしていった。学生にとってある意味本番である、放課後の始まりである。
 
「平賀、今日も昨日の続きやるわよ。 暇なんだし、しっかり手伝って――」
「いやスマン、今日は無理」
「――ってどうして!?」
 
 さも当然のように俺に学年の仕事を押しつけようとしてくる田沼に、今日はノーを突きつけてやった。さすがにいつもというわけにはいかない。
 
「いや、今日は司がいるだろ? だからちょっとな」
「……そうか、分かった。元々お前が頼まれたわけでもないしな」
 
 俺の言葉に源六は素直にうなずいてくれた。さすがは親友、俺の事を分かってくれている。それにアレだ、二人きりにしてやるんだからむしろ感謝しろよな。
 
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何、司君がいるから何なのよ! ……まさか、デート?! 二人きりでデートなの?!」
「違うわ!?」
 
 『司とのデート』という言葉に、クラスに残っていた奴らの視線が集中する。そのうち女子の一部が目を輝かせ、男の大部分が憎しみの目線を送ってきやがった。このクラス本当に大丈夫か? 何か俺の知らないところで得体の知れない巨大な変化が訪れつつある気がする。
 そんな目線は極力意識の外に追い出し、今は目の前の田沼に集中する。俺はぐっと腹に力を入れながら、田沼の目を見た。その目の奥には、少しずつあの殺気が膨らみ始めている。
 
「今日はえーと、アレだよ……ほら……その、な?」
「な? って言われても分かるわけないじゃない」
 
 それはそうだ。俺だって分かってない。
 一体どうやって田沼を納得させよう。こうして悩んでいる間にも、少しずつ機嫌が悪くなっていくのが分かる。……仕方ない。
 
「いやな。しばらく司がこっちに留まることになったから、必要な物を買い出しに行くんだよ。あいつこの町の事知らないし、案内してやる奴が必要だろ?」
「う。そう言うこと……それなら、いや、でも……」
 
 適当に口から出任せる。もっとも、あながち嘘でもないから良いだろう。一応最初の予定では司と合流した後、俺が囮としてぶらつく予定だったからな。……決して、デートではない。
 俺の言葉を信じたのか、田沼は二の句が継げなくなっていた。何かを言おうとして、言葉に詰まって呑み込むということを繰り返している。よし。このまま抜けられそうだ。
 俺は源六に後を頼むと、荷物を鞄につめさっさとその場を後にした。
 
「あ! そうだ、ちょっと平賀!」
 
 ……所で田沼に掴まれる。その妙な気迫と握力に、どうにも抜け出せない。
 
「その買い出し、後で皆と行かない? ほら、昨日の残りも後少しだし、きっとすぐ終わるわよ。その後なら、皆で行けるんじゃない?」
「……いや、その間司を待たせることになるから――」
「だったらほら、司君も呼びましょうよ! うん、そうしましょう!」
 
 俺が何か言う前に話を勝手に進める田沼。何と言うか、そんなに俺に残ってほしいのか? 俺をどうするつもりなんだ、全く。
 
「はぁ……とりあえず分かったよ。今司に連絡入れけど、あいつが嫌だと言ったら帰るからな?」
 
 そう言って俺は懐から携帯を取り出し、司の番号を呼び出した。まあ、あいつも事情は分かってるんだし、空気を読んで断ってくれるだろう――
 
 
 
「いやぁ、拙者こういう作業は久しぶりでござるよ。なんだか楽しくなってくるでござるな!」
「司。しゃべってないでさっさと手を動かすんだぞ」
「あんたがそれを言う?」
 
 クラスメイト達は遊びにいくなり部活に行くなりして、教室の中にはもう残っていない。その教室の中で俺は昨日と同じように紙をホッチキスでとじていた。昨日と違うのは、その作業に司と源六が加わっているという点である。……この野郎、何でそんなに楽しそうなんだ。
 司に連絡をして事情を説明すると、速攻でOKして来やがった。俺が必死になってどれだけ買い出しが必要かを諭しても、全く聞く耳を持たない。結局、そのまま学校へと来てしまった。
 教師たちには田沼から事情を説明してある。普通なら通ることもないだろうその頼みは、田沼のお願いで何とかなったらしい。いや、俺は直接その交渉に行ったわけじゃないから細かいことは分からない。ただ一緒についていった源六が青い顔をしていたということだけで、何があったのか大体分かる。源六がじっと俺を見てきたが、当然無視した。
 と、まぁそんなわけで。俺ら四人は昨日の仕事の続き――『修学旅行のしおり』をまとめる作業に没頭していた。本当、どうしてこうなったと言いたくて仕方ない。
 
「しかし、修学旅行でござるか……楽しそうでござるな」
 
 俺が一人頭を抱えている中、司がぽつりとつぶやいた。さっきまではしゃいでいたその顔も、今は少し曇っている。
 
「? 司君の高校の修学旅行は?」
「あるにはあったでござるが、拙者は参加していないでござる故……」
「……そっか」
 
 司の言葉に俺達三人は思わず顔を見合わせる。二人の視線が俺の説明を求めていたが、俺は顔を横に振ってそれに答えた。
 もちろん俺にはその理由に大体の見当はついている。司が人形を追う組織に入っている以上、学校に通う暇なんてほとんどないだろうからな。そもそも本当にコイツが高校生なのかも怪しいが……今日だって学校には行っていないわけだし。とにかく、とてもじゃないが修学旅行は行けなかったのだろう。
 俺達は司の顔を見る。先ほどのさびしげな表情は消え、にこやかに黙々と紙をとじていた。……その姿が、むしろ痛々しい。
 
「……ならいっそ、うちの修学旅行に来るか?」
「へ?」「ござる?」「……なるほど」
 
 思わず、俺は思いついたことをそのまま口に出す。その言葉に田沼と司は疑問符を浮かべ、源六だけが納得したように頷いた。
 
「なあ源六。お前の教師からの信頼というやつで、なんとかならないか?」
「……俺だけじゃ難しいな。……いくらなんでも根拠がなさすぎる。せめて、あの人の一声があれば別だが」
「……あの爺さんか……」
「……そうだ。それについては、均。お前の領域だろう」
 
 俺は知り合いの爺さんの顔を浮かべ、若干こめかみを押さえた。
 ここ、私立倉雁高校の理事長は金持ちのファンキー爺さんである。自分の道楽のためだけにこの学校を作ったと豪語する爺さんだ。俺の、個人的な知り合いでもある。
 俺の婆ちゃんと爺ちゃん、ここの理事長、ついでに源六の爺さんは昔からの友人――幼馴染なのだ。俺が勝手に一人暮らししていられるのも、理事長の手助けによるところが大きい。昔何があったかは知らないが、俺の事を本当の孫とまで言って可愛がってくれている……だからこそ、あまり頼りたくはない。
 
「よくわからないけど……平賀、何とか出来るの?」
「……司がどうして持って言うなら、多分。どうする?」
「……平賀殿……」
 
 司は俺の言葉に困ったような顔を見せる。そのまま俺の顔を見ていたが、やがて顔を伏せてしまった。
 ――俺は、自分が何もできないことを知っている。源六のように強くはないし、田沼のように仕事がテキパキと出来るわけでもない。だからこそ、出来る奴に任せればいいと思うんだけれどな。その代わり……俺が出来ることなら、何とかしてやりたい。
 
「……気持ちは、嬉しいのでござるが……」
 
 俺達が見守る中、司はゆっくりと顔を上げた。その眼の端には光る物が走っている。
 
「拙者、ここでの用事が終われば帰る故。その話は難しいでござるよ」
「……そっか。そうだよな。いや、無理言って悪かった」
 
 こいつがここにいるのは、あくまで『首刈り人形』を捕まえるため、そしてそのために俺を護衛しているだけ。それが終わったなら帰らなければならない。
 そんなことすら俺は忘れてしまっていた。命の危機にあったのは昨日の事だって言うのに、何だかもう長い時間をこいつと一緒にいる気がしていた。
 
「そう……それじゃしょうがないわね」「……寂しくなるな」
 
 田沼も源六も残念そうだった。こいつらは俺程に司と縁があるわけではない。それなのに、心の底から悲しんでいるようだ。全く、本当にお人よしばかりだな。
 
「とはいえ、せっかくなのでしおり作りは手伝うでござるよ。あと少しのようでござるし、さっさとやってしまうでござる!」
 
 気合い一発、元気よく司がまた紙をとじ始める。無理をしているのはみんな分かっていた。だからそれ以上何も言わずに黙々と仕事をこなし――結局、全てのしおりを作り終わる前に中断することになった。
 
 
 
(二に続く)
 
 
 
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司君も首狩り人形退治で、孤独になってたんですね。

2010/10/31(日) 午後 7:49 [ ニック ]

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カリカリジョージさん。
司君は一族の使命がありますからね。
首刈り人形以前からそういう感じですので、正直まともに学校自体も行っていない……と思います。
そんな寂しさがあるんだと思いますよ。

2010/10/31(日) 午後 7:52 倉雁 洋


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