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「田沼、今マンションに着いたぞ」
『分かった、今入口あけるから……えっと、うちは四階の……』
田沼のマンションのホール。田沼の家まで駆けた俺は、そこで田沼に連絡を入れた。マンションの前までなら来たことがあるが、さすがに中までは入ったことがない。素人目にも、このマンションに堅牢なセキュリティがあることが分かった。
それでも、あの人形相手にどこまで通用するかわからない。あの人間離れした挙動でもってすれば、これくらいの障害なら難なく乗り越えてしまうだろう。
緊張した面立ちで佇んでいると、通話を切ってから一拍の後、入口の自動ドアが開いた。俺達はそのまま、足を一歩踏み入れる。
「平賀殿、先に言っておくでござるよ」
「ん? どうした司?」
エレベーターが来るまでの僅かな待ち時間に、司は真剣な表情で俺に語りかけてきた。その表情に、思わず俺も引き締まる。
「拙者は確かに人形と戦うでござるが、田沼殿を守るのは平賀殿でござる。それだけは、努々忘れないでほしいでござるよ」
「……どういう意味だ?」
「文字通りでござる。終わった後に田沼殿の傍にいるのは、平賀殿がいい。拙者では――役立たずでござる」
チン、という音を立ててエレベーターの扉が開く。サッサと入ってしまう司を、俺は慌てて追いかけた。
「だから、どういう意味だって?」
司が言いたい意味がいまいち理解できない。人形と戦うと言うことは、人形から俺と田沼を守るということではないのだろうか。
「拙者には人形と戦うことしかできないでござるよ。必ず勝つつもりでござるが、その時に田沼殿の傍にいてあげて欲しいのでござる。田沼殿は気丈な方だと思うでござるが……きっと、平賀殿が必要でござる」
エレベーターが目的の階に到着する。まだ納得できない俺は、なおも司に突っかかっていた。
「だから! なんで俺が」
「平賀殿」
とある一室の前で、司が足を止めた。そのまま、俺の事をしっかりと見つめる。
「もう少し、女心という物を学ぶでござるよ。――ほら、ここが田沼殿の部屋でござろう?」
司がその部屋の表札を指差す。そこには確かに、『田沼』の文字があった。
俺はまだ司に色々と言いたいことがあったが、このまま聞いても司は教えてくれそうな気配がない。仕方なしに、俺はその部屋の呼び出しブザーを押した。
『……はい』
「田沼か? 平賀だけど」
『あ、ちょっと待ってて』
インターホンのスピーカーから田沼の声が聞こえる。そのまま俺達が来たことを伝えると、音声が切れて、代わりに扉の向こうに人が近づいてくる気配がした。カチャリカチャリと、鍵をはずしていく音がする。
そして扉が開いた瞬間――俺は一瞬呆けてしまった。
「お待たせ……って、平賀? どうしたのよ、そんな顔して」
「え……いや……えっと、誰?」
確かに、その声は田沼のものである。学校であれだけ怒鳴られているんだ、聞き間違えるはずがない。じゃあ目の前の女の子は……誰だ?
田沼の家から出てきたのは、有体に言えば可愛い女の子だった。髪の毛は少しウェーブがかった長髪で、ふわふわとしたイメージがある。泣いていたのか、少しだけ目が赤くはれているが、それでも決してその子の花束のような可憐さが失われてはいなかった。
「は? ……ちょっと平賀、何言ってんのよ? 私よ、私。田沼次美!」
俺のよく知る田沼の声で、よく知らない女の子がしゃべる。いや、理屈の上では二人が同一人物だとわかっているのだ。しかし、二人が頭の中で繋がらない。今まで俺が田沼だと認識していたコードが、全て無くなっている気がする。
「えっと、本当に田沼殿でござるか?」
「司君まで、何を……って、あ。眼鏡忘れてた……」
そう言って田沼らしき女の子は顔をぺたぺたと触っていた。そう。田沼の一番の特徴である、あの眼鏡がないのだ。それと、あの三つ編みも。その二つさえイメージすれば……確かに、目の前の人物が田沼だとわかる。
「まあ、見えるからいいんだけど……でも、二人とも来てくれたんだ。ありがとう」
そう言って、目の前の女の子は微笑んだ。司の太陽の明るく輝く笑顔とは違う、花の咲いたような暖かい笑顔。やっぱりその笑顔はいつもの田沼だとは思えないけれども――俺の心臓は、不思議なほど早いペースで脈打っていた。
「あ、ああ」
「もう、どうしたのよ平賀。いつもだったらもっと食いついてくるのに」
目の前の女の子が俺の気の抜けた返事に、少しだけ顔をしかめる。その顔がいつもの田沼と重なって、ようやく俺は少しだけいつもの調子を取り戻せた。
「悪い、ちょっとぼーっとしてた」
「もう。大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
それでもまだ少し早い心臓の鼓動を必死に押さえながら、俺は田沼の声に答えていく。まだ、この田沼には慣れそうにない。何となく、今の俺の状態を田沼に知られるのはまずい気がした。
「やれやれ。この二人はどうしてこう……お互いに鈍いのでござるな」
「? 司君、何を言ってるの?」
「何でも無いでござるよ。そんなことより田沼殿。ひとまず、中に入れてもらえないでござらぬか? これからの事を話し合いたい故」
「あ、ごめん! ほら、平賀も固まってないで」
田沼が俺達を家の中へと招き入れる。俺と司はお互いに顔を見合わせて――田沼に従って入った。女子という生き物は、ときどきもの凄く意外な一面を見せる。田沼のあとに従いながら、俺はそんなことを思った。
田沼の家は綺麗だった。靴が丁寧にしまわれた玄関、塵一つ落ちていない廊下。リビングもきちんと整頓されている上、そこかしこに観葉植物などを飾り、部屋の持ち主のセンスの良さを感じさせていた。
俺と司はそのリビングに通され、ソファの上に腰かける。そしてそのまま、田沼が入れてくれたお茶を一口飲んだ。乾いていた喉が潤う。
一息ついた俺は、話すきっかけが見つからずまごまごとしていた。
辺りを見れば、田沼の方も何かを聞きたそうにして俺と司をチラチラと伺っている。奇妙な均衡関係が生まれ――少し、沈黙が生まれてしまった。
「……コホン」
意外なことに、その沈黙を破ったのは司である。わざとらしく咳払いをし、言葉を続けた。
「とりあえず、ここに来るまでに仲間にも連絡入れておいたでござる。緊急事態と言っておいたので、うまくいけば応援が駆けつけてくれるはずでござるよ……ところで田沼殿、ご両親は今日どちらに?」
「明後日まで出張に出てるわ。どんなに急いでも、帰れるのは明日くらいになっちゃうって言ってた」
「そうでござるか。しかし、今回はちょうどよかったでござるな。下手に巻き込まれないで済む故。……拙者も、安心できるでござる」
司は自分の横に置いておいた竹刀ケースのジッパーを開け、中から一振りの真剣を取り出した。そのままその柄を握って、感覚を確かめる。その姿は小さいながら、一人の剣士。
「司君……それ……? 本物……?」
「本物でござるよ」
田沼が息をのんでいる。当然だろう、司の雰囲気は先ほどとは全く異なる。今の司は先ほどまでの明るい雰囲気がない。一本の剣のように、研ぎ澄まされている。
「……司君って、何者なの……?」
多くの期待と、少しの恐怖を湛えた眼で司を見る田沼。司はその目線をまっすぐに受けて、それでも目をそらさずにこう言った。
「拙者は戦間司。人形を追い、人形を斬る。ただ、それだけのモノでござるよ」
司はただ淡々と答える。その瞳、その立ち方、その在り方。その全てがその言葉を肯定していた。
俺はその姿に大きな安心感と――少しの、悲しみを感じた。
(二に続く)
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平賀君もやや鈍感ですね。
司君の「〜それだけのモノでござるよ」という言葉を聞くと、修羅場をくぐりぬけてきたんだろうなぁと思っちゃったりします。
2010/11/13(土) 午後 8:22 [ ニック ]
カリカリジョージさん。
平賀君はいわゆる主人公属性なので……(笑)。
司にはまだ隠していることがありますからね。その辺りの影響です。
2010/11/13(土) 午後 8:30
司くんが以外と鋭いことに驚かされました
(てっきり、鈍い組かと・・・・)
平賀くんも田沼ちゃんの美貌にやっと気付いたようですね〜☆
それで、もう少し乙女心が分かればね〜(;一_一)
2010/12/21(火) 午後 10:09 [ セツ ]
セツさん。
司君も平賀君と同じく、自分以外の事には敏感な性質です。
後は、とある事情により。
平賀君が乙女心を分からないのはもう何かの呪いレベルです(笑)。
元々自分がもてないと思いこんでますしね。
後は源六と田沼ちゃんの事を勘違いしているところが大きいですかね。
2010/12/21(火) 午後 10:21