倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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 人形が駆ける、跳ぶ、跳ねる。狭い部屋という空間を最大限利用して、上下左右前後全ての方向から現れ、鎌をふるう。
 
「ちぃ!!」
 
 カキィン!
 司の身を掠めるようにして黒い影がすれ違うたび、金属が撃ち合う音が鳴り響いた。それでも、司の学ランに傷がつく。完全には防げていないのだ。
 元々脚力に優れた人形だったのか。ヒットアンドアウェーに切り替えた人形の速度に、完全に司は置いてけぼりをくらっていた。司が刀を振るっても、すでに人形は別の場所へと離脱しているのである。
 
「……」
「っく! ちょこまかと……!!」
 
 いや、司とて捉えきれていないわけではない。しかし、司の得物は刀。ただでさえ、彼の身長に比べると長く見える代物である。いかに司が剣の達人であったとしても、人形の鎌よりも長いその刀が、室内と言う限られた空間では足かせになってしまっている。
 それに対して、人形は壁や天井を利用して加速していく。一歩、また一歩と司は追い込まれていっていた。
 
「司!!」
 
 俺は思わず叫ぶが、今の人形の姿をほとんど捉えられない俺には何も出来ることがない。俺と源六、そして次美は部屋の片隅に集まり、ただ司の奮闘を見ているしかなかった。
 俺と源六は壁を背にし、その間に次美を囲んでいる。僅かながらにでも、彼女を人形に襲わせないためだ。もし人形がこっちに向かってきても、この位置なら最大の速度で突っ込まれることがない。
 それでも相手は化け物。本気で殺しに来たならば、あっという間に俺達の首と胴は離れてしまっていただろう。まだそうなっていないのは、単にあの男の慢心と、司がうまく位置どってくれているからに他ならない。
 
 事態は非常に芳しくない。しかし俺達には耐えるしかなかった。
 
「平賀殿!」
「なんだ司!」
 
 しゃべる余裕もないであろう司が、僅かな隙を見つけながら俺達に声を飛ばす。
 
「ここはしばらく拙者が食い止める故、平賀殿たちは―――」
「バカ野郎!」
 
 俺は司が何を言おうとしているかを察し、その声を遮った。その言葉だけは、言わせてはならない。
 
「お前も俺たちと一緒だって言っただろう!? 一人になんかさせやしない! ああそうさ、俺たちは一蓮托生なんだからな!」
 
 俺の言葉が部屋に響き渡る。何処かで鼻で笑うような音がした気がした。しかし俺は、否、俺達はいたって本気である。此処にいる全員が、司を一人にしないと目で語っていた。
 その俺達の気配を察したのか、司の口が少しゆるんだのが俺には見えた。
 
「違うでござる! 平賀殿たちはこのマンションの外に……広い空間に出て欲しいでござる!」
「広い空間……!?」
「左様!」
 
 シャ、カキィン!
 
「壁がなければこ奴もこれほど厄介に動けぬでござるし、拙者も思う存分刀が触れるでござる! 拙者がこ奴を引き受けている間に、平賀殿達だけ移動してほしいでござるよ!」
 
 人形の攻撃を何とか受け止めながらも、司は大きな声で叫んでいた。それは現状を打破するための一手。決して逃げるわけではない。
 
「うちのマンション、前に公園があるわ!」
「なら、そこがいいでござる!」
 
 次美の言葉に反応し、僅かに目をこちらに向ける。そしてそのままそれを肯定した。
 しかし、俺には一つ心に引っかかることがある。
 
「……でも俺らが離れてる間、お前は、」
 
 ――一人ぼっちになるじゃないか。
 そこまでを言おうとして、司が微笑んでいることに気がついた。その顔を見た瞬間、俺は何も言えなくなる。
 
「大丈夫でござるよ、平賀殿」
 
 シャシャシャ! ズバッ!
 一閃、また一閃。視界を何かが横切るたび、司の服が切れていく。もう、その学ランはボロボロだった。そんな中でも、司は倒れない。喚かない。ただ、微笑みを湛えつづける。
 
「拙者、今は一人ではござらん。拙者の後ろには平賀殿たちがいるでござる」
 
 その言葉が、俺の胸に突き刺さった。
 
「……わかった! 俺らは公園に向かう! 必ず後で来るんだぞ!」
 
 俺達三人はお互いの顔を見ると、次美を先頭にして玄関へと向かった。その後に俺、源六が続く。
 
「……」
「させないでござる!!」
 
 リビングから出る瞬間人形がこちらに向かってきたようだったが、司が今まで以上の速度でそれを迎え撃つ。幸い、リビングから玄関までは細い廊下があるのみ。俺達三人は底を一気に駆け抜け、表へと飛び出した。
 
 
 
 マンションの非常階段を全力で駆け下りる。倒れないように気を使いながら、出来うる限り早く。後ろから人形が追って来る気配はない。司がうまくやってくれているのだろう。
 目的の公園はそれほど大きいものではなかった。端っこの方に遊具があり、全体的に広い空地のような空間である。すっかりあたりは暗くなり、設置された街灯が照らしていた。
 この時間だからだろうか。子供どころか、人っ子一人見かけない。
 
「ここなら大丈夫か!?」
 
 俺達はその公園の中心付近に立ち、周囲をうかがう。木々も少ないその都会のオアシスは、確かに先ほどの部屋に比べて広く、遮蔽物も少ない。ここならば、あの人形の動きが封じられるだろうか。
 
「……ああ、ここならあの人形の動きも抑えられるし戦間も剣が振りやすい。……ただ、なにもない分だけ田沼を守る場所が難しいな。……あそこのトイレを背にしていたほうがいいだろう」
 
 俺の言葉に、源六が作戦をまとめる。その目線の先には、確かに四角い建物が設置されていた。源六の言うことなら、恐らく間違いないだろう。
 次美を背に、俺と源六はマンションの方へと向き直った。
 
「司―――!!!!」
 
 俺はあらん限りの声で、司の名前を呼ぶ。あの部屋はもう窓ガラスがなかったし、司ならきっとこの声を聞いてくれるはず。
 事実、その俺の声に反応したであろう人影が、マンションの四階辺りから飛び出してきた。一瞬遅れて、もう一つ、影が飛び出してくる。
 
 黒い影は地面に着地した瞬間、その勢いそのままにこちらへと駆けてくる。それが司だと思って安心していた俺は――
 
「……均! それは違う!」
 
 源六の声に、思わず体をすくめてしまった。街灯に一瞬照らし出されたその人影は、ひらひらとした衣服を身にまとっている。その姿は、司ではない。
 
「しまっ―――」
 
 メイド服を身にまとった人形が俺に急接近する。速過ぎてその顔は確認できないが、影の手がきらめくのは分かった。司にしては短すぎる得物。俺の首を刈らんとする、刃。
 
 
 
 
「平賀殿―――――!!!!!」
 
 
 
 
 遠くから司の声が聞こえてくる。
 
 
 
 
「――!!」
 
 
 
 
 
 後ろからは息をのむ声。次美か?
 
 
 
 再び、俺の時間が延びていく。
 
 
 
 
 ああ、確かに目の前にいるのは首刈り人形だ。
 
 
 
 
 
 虚ろな瞳が俺を見ている。
 
 
 
 
 
 
 それだけで、俺の体は石のように硬くなった。
 
 
 
 
 
 
 振り上げられている、右手の鎌。
 
 
 
 
 
 
 それは奇しくも、昨日の夜の再現のよう。
 
 
 
 
 
 
 俺と人形の距離がなくなる。
 
 
 
 
その瞬間に――
 
 
 
 
 
 
 
 人形よりも尚速く、俺の前に躍り出た人物がいた。
 その長身を折りたたみ、大地に伏せるように構える男。名を、松平源六。その男――
 
「―――!」
 
 弥十八流(やそはちりゅう)古武術次期継承者である。
 
「……弥十八流古武術、陸闘、千波」
 
 ゴッ!!
 源六の両腕が高速で霞む。次の瞬間、振りかぶられていた人形の右腕は、多くの陥没ができて弾かれていた。それは、まさに千の波がたたきつけたかの如く。手首があらぬ方向に向いており、その手が使えなくなったのは見るからに明らかだった。手の中にあった鎌は、すでに見当たらない。
 
 弥十八流古武術。源六の家に伝わる、謎の武術。その発祥は日本で稲作が始まったころまで遡るというが、定かではない。
 
「うぉぉぉぉぉおお!!」
 
 源六が間に入って生まれた一瞬の隙をついて、司が全力で駆けてくる。その速度は凄まじく、その表情は鬼気迫るものであり。
 
「ハァ!!」
 
 
 ――その一閃は大地を割らんするほどの威力だった。
 
ガキィィイン!!!
 態勢を崩していた人形は、かろうじて左手の鎌でそれを防御する。しかしそれしきの壁、この一撃の前には無意味。結果、チエは鎌と左腕を犠牲にかろうじてその一撃をいなしたのであった。
 
「ッシ!!」
 
 返す刀で首を狙う司。しかし人形は辛くもその斬撃をかわし、むなしくも宙を薙ぐ。
 
「っ! 悪あがきを!」
 
 俺、源六の前に立つ司。髪はところどころ切られ、服も、むしろ切れていない部位がないほどである。その姿はあまりにも痛々しかったが、不思議と出血はなかった。
 誰も欠けることなく、状況が好転する。この空間なら人形の機動力を生かしきれることはないし、逆に司は思いっきり刀を振るうことができる。何より、人形は得物を無くして両腕が使えなくなった状態である。
 ようやく、俺達の勝ちが見えてきていた。
 
『(ザ…ザザ……)チエ、チエ! ああ、チエ、どうしたっていうんだ? ……ここはさっきの部屋の中じゃないな? 何があったんだ!?』
 
 あのノイズが走り、慌てた男の声が聞こえてくる。あの人形の速度だ、いくらカメラで見学しようとも、とてもじゃないが目で追い切れなかったのだろう。
 
「もうしわけありませんごしゅじんさま。ぜんいんそとにでてしまいました」
『全員!? 一人も消してないのか!?』
「はい、ごしゅじんさま」
『へぇ……思ったよりもやるんだな』
 
 スピーカーの向こうの男は、心底意外そうな声を出していた。確かに、チエの能力をもってすれば、俺や次美だけならあっさり殺されていただろう。しかし俺たちには司がいる。源六もいる。この二人の戦闘力が、あの男の予想を上回っていたということなんだろう。
 
「申し訳ないでござるが、拙者、お主を許す気は毛頭ないでござる。もうお主の人形は廃棄目前。塵は塵に、人形は人形に。外道は地獄に還す故、覚悟するでござる」
 
 司が剣を構えなおす。ボロボロの服装ではあったが、その立ち方は威風堂々としていた。
「……同感だ。……成敗致す」
 
 源六も、俺の横で静かに構えた。この頼もしい二人がいれば、俺たちは負けることはないだろう。
 それなら――
 
『廃棄、目前? チエ、お前まさか……』
「すいません、ごしゅじんさま。りょううでをそんしょう。せんとうぞっこうはかのうです」
『――――っ!! お前ら……チエになんてことを……!』
 
 男の声色が変わる。穏やかに話していたつもりであろうこの男の仮面は崩れ。その隙間から、怒気が噴出しているようだった。
 
『お前らの命より! チエの方が遥かに大切なんだぞ!! もういい、貴様ももういらない! おまえらみんな、壊れてしまえばいい!! チエ、もう遠慮はいらない。首なら後で回収すればいい。そいつらを壊せ!!』
 
 相手の人形の表情に変化はない。しかしその右腕はひしゃげ、左腕は折れ。武器である鎌も何処かへと弾け飛んだ。五体満足である司や源六が負ける要素はどこにも見当たらない。そう、このままならあの人形は確実に負けるだろう。
 
 しかし。
 
「りょうかいしました、ごしゅじんさま」
 
 
 ――それならなぜ、俺はこれほどに不安を覚える?
 
 
『――僕のチエに、ニンゲンが勝てるはず、ないだろう!?』
 
 俺の不安を煽るように、男の声が響く。それはまるで、聞き分けのない子供に地球が丸いということを諭すような口調だった。
 
 
 
(三へ続く)
 
 
 
 
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首狩り人形には一体どんな秘密兵器があるんだろう・・・。
気になる。

2010/12/14(火) 午後 9:15 [ ニック ]

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カリカリジョージさん。
秘密兵器ってほどでもないんですけどね(笑)。
本気を出していない、位のものです。

2010/12/14(火) 午後 9:42 倉雁 洋

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源六くんってこんなに強かったんですね〜☆
びっくりです
将来が楽しみです☆
(一体なんになるんだろう・・・・)

2010/12/21(火) 午後 10:37 [ セツ ]

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セツさん。
そう言えば源六は何になるつもりなんでしょう?
多分、実家を継ぐとかその辺りですかねー。
彼は結構強いですよー。ただ目立たないですけど(笑)。

2010/12/21(火) 午後 10:40 倉雁 洋


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