倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

歯車仕掛けの女の子

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「……っ!」
 
バキン!
 
 その瞬間、俺には何が起きたのかわからなかった。両腕を壊し、静かにたたずんでいた人形が視界から消えた瞬間、俺の前にいた司が凄い勢いで横に飛んでいった。俺の足もとには、司が持っていた刀の切っ先が突き刺さる。
 それは、司が倒されたことを意味していた。
 
 司が立っていた場所には、いつの間にか人形が立っている。腕をだらんと伸ばしたまま、片足をまっすぐに伸ばした姿勢で固まっていた。その姿勢を見て初めて理解する。
 
 司は『蹴り飛ばされた』のだと。
 
 ズササササ!!
 十メートル近くを飛び、地面を滑って行く司の小さい体。ようやく止まったその体躯は、しかし立ち上がるそぶりを見せなかった。ピクリとも動かず、生きているかも疑わしい。
 
「司!」
 
『は! あの少年からやったか。よくできたぞ、チエ! これでもう邪魔する奴もいない!』
「ありがとうございます、ごしゅじんさま」
 
 人形はまるでそこに主人がいるかのように、そこで恭しく頭を下げていた。人の形をした、人でない物。改めて、その存在は化けものだった。
 
「……! ハッ!」
 
 あまりの事態に反応できない俺達の中、ただ一人源六が行動を開始する。今までのように守りの体制ではなく、自分から攻撃するように。体を地面に近付け、一気に疾駆する。それは恐らく、ヒトとしては最高の加速。
 
「ハァァァァァ!」
 
 ズバッ!
 源六の全体重が乗った、最大最高の一撃。この人形に対するにはもはやこうするしかないのだろう。すなわち、自身の最大攻撃力を自身の最速をもって叩き込み、一撃で仕留める。
 
「………」
 
 源六の繰り出した、起死回生の一手。おそらくヒトとしては十二分に速い、その一撃。――しかし、ヒトならざる人形には尚届かぬ速度であった。まるで何事でもないようにその拳を避けた人形は、その足を動かす。
 
 ドゴ!!
 
「ガハッ!!?」
 
 それだけで、百九十を超える体は吹っ飛んで行った。
 
 ドシャアアアアア!!
 司よりも体重のある源六は、司よりは近い位置に転がる。しかしそれでも、数メートル離れた所まで行ってしまった。
 
「……ックゥ!」
 
 司と異なりまだ源六の意識は消えていないらしい。なんとか立ち上がろうと、体をゆすってもがいている。しかし、一向に立ちあがれる様子はない。やはりそのダメージは酷いものらしかった。体を動かすごとに、源六は苦悶の声を上げる。
 ――司に続き、彼もまた再起不能になってしまっていた。
 
「……」
 
 唯一人次美の前に立つ俺を、人形の虚ろな瞳が捉える。そのガラス玉は何も映さない。そのガラス玉は何も思わない。ただ、俺を邪魔ものとして排除しようとしている。
 一瞬にして、俺たちの最大戦力である司と源六が無力化された。さっきまであったはずのアドバンテージは、しかしその僅か数瞬で無くなった。
 
(『――僕のチエに、ニンゲンが勝てるはず、ないだろう!?』)
 
 俺は人形の視線に体を強張らせ、震えさせながらその言葉の意味をようやく理解する。つまりは、どれほどに鍛錬を積んでも、人間という肉体の限界がある以上、『人形』という存在には勝てない。そういうことなのだろう。
 
「……均……!田…沼を、連れて、逃げろ……!!」
 
 源六の声が聞こえる。
 逃げる?
 いや無理だ。こいつに背を向けたら、その瞬間に吹き飛ばされるだろう。
 戦う?
 二人が負けた相手にか?
 勝てるはずがないだろう。
 
 それ以前に、俺の体が動かない。人形の目線。そうだ、俺は人形の目が怖いんだ。あの日。家にある倉に入った時。あの中で、幾百の人形の目に視られてから。体が強張る。足が動かなくなる。のどが渇く。それが、俺という存在だった。
 
「……ねぇ! 私の首がほしいんでしょ! 私は大人しく捕まるから、皆は見逃してよ!!」
 
 次美が後ろで大きな声を上げる。その声は震えていて、強がっているのは明らかだった。
 
『……ダメだね! そもそも僕は僕の邪魔をしたやつが嫌いなんだ。おまけに、そいつらはチエを傷つけた!! 許せるはずがないだろう!? そいつらを全員殺してからでも、十分君の首を刈り取れるしな!』
「……! この、人でなし!」
『そうさ、僕は人じゃない! 神なんだよ、神になるんだ!』
 
 男の声が聞こえる。次美の泣く声が聞こえる。俺はいつしか、二人の声が遠のいていくのを感じていた。
 
 あの日。俺は婆ちゃんの隣で泣いていた。病院に入るのを最期まで拒み続けた婆ちゃんの、布団の横で。
 涙を流す俺に、婆ちゃんは仕方ないわね、と言って微笑んでいた。自分の命よりも俺の事を最期まで心配する、大好きな婆ちゃん。そして、婆ちゃんはこう言った。
 
「私より、長生きしてね…………でも」
 
 俺は婆ちゃんのその言葉に頷けなかった。婆ちゃんがいなくなったら、俺一人じゃ生きていけないと思っていたから。そのまま、自分で死のうとすら思っていた。それでも源六や次美のおかげで、少しずつでも生きてきた。婆ちゃんの約束も、果たせると思っていた。
 
 人形への恐怖。婆ちゃんとの約束、源六や次美――――
 
 
 
 
 
 
 
「…………………それが、」
 
 俺が、生きていた理由。――生かされてきた、意味。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――――それが、どうしたああああああああああ!!!」
 
 
 
――その時俺は確かに、何かが砕ける音を聞いた。
 
 足が動く。体に力が満ちる。俺はゆっくりと、目の前にいる死神の目を見据えた。ガラス玉のようなその瞳、しかし感じるのはそれだけだ。決して、体が固まったりはしない。
 
 人形に勝てない? それがどうした。 元より勝つつもりなんてない!
 人形が怖い? それがどうした。 大切な人を失うほうがもっと怖いさ!
 約束を破る? それがどうした。
 
 ――婆ちゃんも言ってた。本当に、本当に最期の言葉。
 
「……でも、どうしても必要な時があるなら……仕方がないわね」
 
 そう言って微笑んだ婆ちゃんの顔は、忘れない。
 
 
 
 男なら……今が死に時だ!
 
 
 
 
「均!」
 
 次美が後ろで叫ぶ。……ごめん、やっぱり俺には守れないかもしれない。でも勘弁な。
 
「……均……!」
 
 源六がうめく。源六、お前はやっぱすごいな。こんな相手に恐れずに戦えるんだから。
 
「……」
 
 寝ている司を、ほんの少しだけ見る。
 ――司。たった一日の付き合いなのにお前とは何だかもう何年も一緒にいたような気がするよ。楽しかった。
 ありがとうな。
 
「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
 
 
 俺は全身で咆哮する。血液が湧きあがる。魂が震える!
 体の動かし方なんてほとんど覚えていない。拳の握り方なんてすでに適当だ。喧嘩なんて、ここしばらくやってない。
 それでも―――
 
「おおおおおおおおっ!!!」
 
 拳を握り、全力で人形に向けて放つ。
 
 
 
 
 
――人間をなめるなよ、こんちくしょう!!!!
 
 
 
 
 
 
「……」
 
 スッ
 俺の全力の一撃は、しかし人形が軽く体を動かしただけで簡単にかわされてしまった。そのまま、俺の体はガラ空きになる。そして――その胴を、人形の脚が穿つ。
 
「グフッ……!」
 
 
 
 ――ああ、畜生、痛えな。
 
 
 
 ……ドゴン! ズシャ
 俺は後ろに吹き飛ばされてトイレの壁にぶつかり、膝をついて倒れた。全身が叩きつけられ、ばらばらになるような痛みが襲う。意識があるのは幸か不幸か。
 
「均!均!」
 
 ――ちくしょう。泣くなよ次美。まだ立てるからさ。
 足に力を入れる。がくがくと震えているが、それでもまだ反応してくれている。腕も、まだ何とか使えるようだった。
 
「まだ……まだ、……だぜ、この野郎!!」
 
 立ち上がる。見よう見まねのファイティングポーズ。それはどんなに滑稽だろうか。どんなに見苦しいだろうか。それでもここだけは譲れない。
 少しでも時間を稼げば、司が立てるかもしれない。少しでも時間を稼げば、司が言っていた援軍が来るかもしれない。それでどうなるかわからないが、事態は変化するかもしれない。現状でどうしようもないなら、それに賭ける。
 
 他人任せだ。でも、それでいい。――俺に出来ることなんて、限られてるんだからな!!
 
『チエ、どうしたんだ?』
「いえ、もんだいありません、ごしゅじんさま。へいきんてきなおとこがまたたちあがっただけです」
『ほう、チエの攻撃を受けて立てるとは……しぶとさだけはすごいな。ま、それでも僕の人形には勝てないんだから、大人しく寝てればいいのに。ああ、それもできないくらいバカなのか。死ねばいいのに』
 
「ああ、俺はバカかもな! だからこそできることが俺にはある!
 
『は! 世迷い事を……!』
 
「ふむ、確かにバカだからって、開き直ってそこで殴られてても何の意味もないと思うでござるよ」
 
 …………。
 俺と人形、そしてあの男。その会話に紛れ込んできたのは、聞き覚えのあるソプラノの声。場にそぐわない、何処かぬけた明るい声。
 
「ん? 拙者の顔に何かついているでござるか? そんなに見つめられると、その、て、照れるでござるよ」
 
 いつの間にか立ちあがっていた司が、俺の横で顔に手を当ててくねくねしていた。その空気を読まない司っぷりに、思わず俺は額に青筋を浮かべる。
 
「司! お前何をやって……いや、いつから!?」
「ふむ? 平賀殿が生まれたばかりの小鹿のように立ち上がった所からでござる。なんか盛り上がっていた故邪魔するのは忍びないと思い、黙っていたでござるよ」
「ああチクショウ! 本当に微妙なところで空気読む奴だな、お前は!?」
 
 確かに全力で頑張って盛り上がってたさ。テンション駄々上がりだったさ! お前が立ちあがるまでがんばろうってな!
 
「照れるでござる」
「褒めてない!」
 
 顔を赤くしている司を見て、俺はあきれると同時に心底安心した。
 ――こいつがいれば、何とかなる。そう思ってしまう俺がいた。
 
『ヤレヤレ、君も立ちあがったのかい? 思ったよりもチエの攻撃が弱かったのか……まあ、一度倒した相手だ。問題はないか』
「……いや、その人形の蹴りは中々効いたでござるよ? むしろ、そのあとすぐ立ち上がった平賀殿にびっくりするぐらいでござる。拙者でも修復に時間かかったでござるのに」
 
 司が男の声に静かに答える。その表情もまた静かに。再び、司は戦士へと戻っていくようだ。
 ただ俺は、今の司の言葉の何処かで妙に引っかかった。『修復』? 休む、とか治った、とかではなく、修復?
 
「所でお主。さっきから平賀殿のことをバカだバカだとバカにしてるようでござるが―――」
 
 俺が妙な疑問に心奪われている間に、司は話を続ける。その身に似合わないほどの強力な殺気が、辺りの空気をピンと張りつめさせる。
 
『……なんだ?』
「確かに平賀殿は周りもあまり見ていないバカでござる。相手と自分の実力差も考えないバカでござる。そのくせ、賢く生きようとしてるバカでござる」
「……てい!」
 
 ポコッ! 「あいた!」
 
 自分でも賢いとは思っていないが、さすがにそこまで言われるとさすがにムカつく。俺が司の頭をたたくと、司は涙目になって俺を見てきた。
 
「さ、最後まで聞くでござるよ! ……こほん。とにかく平賀殿はバカでござるが。拙者、そうやって生きているバカのほうが、人間らしくて大好きでござるよ」
 
 張りつめた空気が、一気に緩む。司の太陽のような笑顔が、暗い公園を照らし出しているようだった。思わず、俺も顔を赤くしてしまった。
 
 
 
 
(四へ続く)
 
 
 
 
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やばい・・・・

司サイコー!

2010/11/21(日) 午前 9:59 [ - ]

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赤猫さん。
司はですね、多大に私の趣味が入ってます(笑)。

2010/11/21(日) 午後 5:56 倉雁 洋

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だと思いました。

ということは、
あなたの趣味と私の趣味はぴったりということに・・・!!

2010/12/14(火) 午後 3:12 [ 蒼霜 ことり ]

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蒼霜さん。
あ、↑のコメントに対してですね。
ええ、まあ……。
初めて描いた小説ですからね、やっぱり趣味が……(苦笑)。
えっと、同士よ!! って事で(笑)。

2010/12/14(火) 午後 3:16 倉雁 洋

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形成が悪い意味で逆転されるとハラハラしてきます。

司にはまだまだ秘密があるようですね。

2010/12/18(土) 午後 8:08 [ ニック ]

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カリカリジョージさん。
この物語は一応逆転逆転逆転、くらいの逆転劇ですからね(笑)。
やっぱり多少のピンチは必要です。

2010/12/18(土) 午後 8:14 倉雁 洋


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