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ねぇ、まだ父さん達帰って来ないの?
「はい、お坊ちゃん。後数カ月程かかるとご連絡が入りました」
……そう。
いつもと変わらない風景が窓の外を走っていくのを見ながら、僕はそっけなくそう答えた。……そんな答え、言われなくても分かっていたから。父さんも母さんも、仕事が忙しくて世界中を飛び回ってるんだもの。そうそう、会えるはずがないよね。
外の風景はどんどん変わっていく。街の中から、民家が少ない方へと。めまぐるしく動きながらも、それは結局いつも見ている光景だった。
広い車の中、僕に仕える老執事と二人きり。一応、仕切りの向こうの運転席には運転手もいるけど、彼は運転に夢中だ。前、僕が乗っているときに大きく車を揺らして以来、少し神経質なくらいになっている。あの時執事が何かを言っていたのが原因なんじゃないかな。
この執事も、僕のために色々やってくれている。嫌なことはやらなくていいと言ってくれるし、いつでも僕を守ってくれている。それでも僕はこの執事と二人きりでいるのが嫌だった。
……はぁ。
「お坊ちゃん、どうかなさいましたか?」
僕が思わずため息をつくと、執事はすぐに反応してくれた。その瞳は確かに僕の事を心配してくれている。それが僕の気持ちをさらに重くさせた。
ううん。なんでも――うわっ!!
「お坊ちゃん!?」
僕が首を横に振ろうとした瞬間、車が急ブレーキをかけて止まってしまった。この車は無駄に広く、前後に長い。僕は思わず転げそうになったけど、執事がすぐに受けとめてくれたので何とか転ばずに済んだ。
「何事だ! 前に言っただろう、お坊ちゃんに怪我でもあったらお前の家族は――」
「い、いえ、しかし前に人が倒れていたもので……!」
人が?!
「あ! お坊ちゃん!」
僕は止めてくる執事を無視して、内心ドキドキしながら外に飛び出してみた。でも、この位置からじゃよく前は見えない。
足元は舗装された道路。周りは深い森の中。普段降りない場所で降りたと言うだけで、僕の好奇心がむくむくと膨れ上がるのを感じた。嬉しくなって、ついつい顔もにやけてしまう。
そのまま、僕は車の前の方へと向かって行った。うちの車を止めたというのなら、もしかしたら誘拐犯とか、強盗とかそういう人たちなのかもしれない。――それならそれで、面白いんじゃないかと思う。
ちょっぴりの恐怖と、いっぱいの好奇心。それを心の中に宿して、僕は車の前を覗き込んだ。
最初に見えたのは、使い古したスニーカーと、ボロボロのジーンズを履いた細い脚。徐々に上に向かって目線をずらしていくと、同じく細い腰、キュッとしまったお腹、膨らんだ胸何かが見えてきた。それらを包んでいたのは、これまたボロボロのTシャツ。うちではまず見ないような服装だった。
うわぁ……。
そして一番上まで目線を上げて、僕は思わず息をもらしてしまった。そこに見えたのは――綺麗な顔をした、お姉さんだった。髪の毛はぼさぼさ。うちのメイドだったらすぐに辞めさせられちゃいそうなその髪は、そんな状態なのに何処か輝いていたように見えた。
そんなお姉さんが、泥まみれの恰好でうちの車の前に倒れている。僕の心臓はドキドキしっぱなしだった。
「うう……」
わ、しゃべった!?
「お坊ちゃん、下がってください! 危ないですぞ!」
あまりにも凄い格好だからもしかして死んじゃってるんじゃないかとも思ったけど、どうもしっかり生きているようだった。先回りして僕をお姉さんに近付けまいとしている執事の横をすり抜けて、僕はそのお姉さんの顔を覗き込む。
その……お姉さん、此処は僕のうちの敷地だよ? 何処から来たの?
「お坊ちゃん! いい加減離れてください! この少女も、何の目的か分かったものじゃ――」
もう、執事は少し黙っててよ! こんなに弱ってる人が、何かできると思う?
「いえ、しかし……私は、お坊ちゃんの事を考えて――」
「うう……そ、そこの……」
僕達の声を聞いたのか、お姉さんが呻きながら目を開けた。何所か焦点の合っていないその目は、必死で僕達に……というか、誰でもいいから助けを求めているようだった。
お姉さん!? 大丈夫!?
「……ああ、……なんとか……その、すまねぇんだが……」
お姉さんが必死に口を動かしている。声にも力がない。僕はその細々とつむがれる言葉を聞きとろうと、さらにお姉さんに近づいた。
息がかかりそうな距離。何処か、ふわりとした甘い香りが漂っている気がする。何故かドキドキしてしまうようなその位置で、僕はこのお姉さんの最後の言葉を聞いた。
「腹……減ったぁ……」
くきゅるぅぅぅ、と誰かのお腹の音が鳴る。その音を最後に、お姉さんははうっと呻いて動かなくなってしまった。呆気にとられた僕の横から、執事が冷静にお姉さんの脈を調べていく。
「……行き倒れですな。存外脈はしっかりしてますし、食事さえあれば元気になるかと」
……ねえ。お願いがあるんだけど。
「お坊ちゃん……申し訳ございませんが、素性の知れない方を当家に招き入れるのは――」
大丈夫だよ! このお姉さん、多分悪い人じゃないって!
「いえしかし、当家は格調高く、それに傷をつけるわけには」
いいから! お願い!
僕はこのお姉さんの事が気になってしょうがなかった。こんな時代に、何でわざわざこんなところで行き倒れているのか。その理由を聞きたい。そのためにも、僕はこのお姉さんをうちに入れてあげたかった。
困った顔で見下ろしてくる執事の目をじっと見つめる。僕は絶対に意見を曲げない、認めてくれなきゃここに残るぞ、という意志を込めて。
「……はぁ。分かりました。連絡をして、食事の準備をさせましょう。ああ、先に入浴してもらった方がよさそうですな。このまま当家の食卓につかせるのは、さすがに難しいですから」
数分間そうやって執事を睨んでいたら、ようやく執事も認めてくれた。そのまま携帯を取り出し、テキパキと指示を飛ばしている。こうなったらもう安心だ。
僕達のやり取りが聞こえていたわけではないだろうが、さっきまで苦しげに呻いていたお姉さんは、今は何処か安らかな顔をしていた。まるで、ただ眠っているだけのように見える。
「さてお嬢さん。申し訳ありませんが、せめてお名前だけでもお伺いできますかな?」
執事がお姉さんに近づき、体を起して頬をたたく。しばらくそうされていたお姉さんは、少しだけ目を開けて執事の質問に答えた。
「俺は……小町。遍槙、小町……」
「遍槙小町殿ですな。はて……何処かで耳にしたような……歳をとると物忘れが酷くて」
そんなことはもういいでしょ! ほら、早く小町を車に乗せてよ!
「おっと、そうでしたな。では、失礼して……」
何やら思い出そうとしていたた執事を急かして、お姉さん――小町を車に乗せる。遍槙小町。それが、僕の『いつも』じゃなかった日。小町との、出会い。
これから何が起こるんだろう。
僕は小町の寝顔を見ながら、自分が物語の主人公になったことを喜んだ。
(二へ続く)
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