倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

弁天娘の縁切行脚!

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 ねぇ、おいしい?
「ああ、今まで食ったもので一番うめぇな! あ、これお代り!」
 
 そう言って、小町は新しい皿を持って来てもらう。たぶん、これも十分と立たずに無くなるんだろうね。
 僕は小町の食事を観察し続ける。思った以上に小町は豪快で、面白い人だった。
 
 あれから。
 家に帰ってきた僕たちは、うちのメイドたちに迎えられた。あれよあれよという間に、彼女達はそのまま小町を運んで消えていく。もちろん、小町は眠ったままだった。
 僕はその光景を眺めながら、一人先に食堂へと向かった。まだ夕飯には早いけど、そこにはいつも新鮮なフルーツが置いてある。それを少し食べながら、僕は小町が来るのを今か今かと待ち続けた。
 
「おいおい、本当にこんな服しかないのかよ? ったく、こんなの着るの何年振りだよ……ん? おお、俺を助けてくれたのはお前だってな。いまいち覚えてないけど、助かったよ」
 
 しばらくして食堂に現れた小町は、見間違えるくらいに綺麗になっていた。
 ぼさぼさだった髪はしっかりと洗って梳かされ、後ろの方で纏められている。泥まみれだった体の方も、そう言った汚れはすべて洗い流されているようだった。服装も、あのボロボロの服ではない。誰の物かは分からないけど、黒いロングドレスを着ていた。体にピタッとフィットしているそれは、小町に凄くよく似合っていた。
 僕が思わず見とれていると、近づいてきた小町が顔を覗き込んできた。その吸い込まれそうに黒い瞳に、ドキリとする。
 
「ありがとうな。山越えしようと思ったんだけどよ、途中で食いもんが尽きたんだ。クマもイノシシも、タヌキすら出てこないからどうしようかと思ってたら……パタリ、とな。でもま、……やっぱり、そう言うことか」
 ? ……小町、なにがそう言うこと、なの?
「いや、気にするな。それで? お前、名前は?」
 
 小町の問いかけに、僕は自分の名前を教える。緊張しすぎたせいで途中何回か噛んでしまった。
 
「へぇ……ま、これも“縁”だな。とにかく、よろしくな! ってわけで、飯だ飯! 俺は果物だけじゃ足りんぞ!」
 
 勢いよく椅子に座る小町。その振る舞いに優雅さのかけらも感じられなかったけど、どちらかと言えば僕は小町のそうした態度の方が嬉しかった。家の堅苦しい食事なんかより、ずっと楽しい。
 ――そうして小町の食事が始まった。
 次から次へと運ばれる料理に、次から次へと消えていく料理。小町はその細い体の何処に入っていくかわからないほど、凄い勢いで食べていた。その様子に僕は思わず目を丸くする。まるで、ライオンとかトラみたいな肉食動物の食事を見ている気分だった。
 恐らくシェフが三日ほど煮込んでいただろう絶品のスープは、ものの五秒で飲みつくされた。丹念に焼きうまみを閉じ込めただろうローストビーフも、数枚まとめて小町の口の中へ。パンなんて、水と一緒に飲み込まれて行った。
 多分、うちのシェフがこの光景を見たら卒倒するかもしれない。
 それほどに小町の食事は凄いものだった。僕は小町にいろいろと質問したかったのだけれども、何を言っても「ふがふが」としか返って来ないから仕方ない。
 僕は自分の目の前にあるブドウをつまみながら、小町の食事が終わるのを待った。……この後の僕の夕飯、残ってるのかな?
 
 ――小町が満足したのは、それからさらに一時間後の事だった。
 
 
「ふぅ。いやー、食べた食べた。これだけ食べたのは何ヶ月ぶりだろうな!」
 うん。いや、小町が満足したならいいんだけど……。
 
 最後の方はシェフが音を上げたのか、あからさまに雑になっていた料理をも食べつくした小町はようやく食後のティータイムに入った。どこかからすすり泣く声が聞こえる気がする。
 
「あちち……と、改めて礼を言わないとな。ありがとう、本当に助かった。俺は遍槙小町。わけあって旅してるんだ」
 旅!? 小町、旅人なの!?
「おう、そんな格好いいもんじゃないけどな」
 
 猫舌なのか、紅茶を一口飲んだ小町はお茶を冷ましながらそう言った。顔が少し赤い。照れているのかもしれない。さっきまでの食事風景は何処へやら。格好だけなら、小町は何処かのお嬢様のようだった。
 だからこそ、僕は不思議に思う。なんでこんな人が、旅なんてやっているんだろう。
 
「俺の先祖にな。かなーり厄介な女がいやがって……あろうことか、自分の娘に嫉妬して呪いをかけやがったんだ。で、それを解くために、な」
 呪い!? 小町、呪われてるの!? 凄い!
「……いや、呪われているのを褒められるってのは正直困るんだが……まあ、そんな事情なんだ。俺は直接本人をぶん殴るのが手っ取り早いと思ってるんだが、どうにも見当たらなくてなぁ」
 
 冷ました紅茶を一口飲む小町。その光景に、僕は思わず息をのんだ。ドレスに身を包んだ小町がそれをやると、一枚の絵画のようにきまっていたからだ。
 僕は慌てて首を振ると、会話を再開する。小町は特にあやしんだ様子を見せなかった。
 
 本人って……ご先祖様なんでしょ? まだ生きてるの?
「さてな。でも死んだとも思えないし。ってか、死んでも生きてるだろうけど」
 ? どういうこと?
「俺にもよくわからないさ。ただ、そうだろうと思うだけで。どっちにしろ、それで解けると決まったわけでもないからまずは試しって感じだな」
 
 小町自身、微妙な顔をして僕を見ていた。どうやら本当に自分でもよくわかっていないらしい。それでも小町は、自分の考えに自信を持っているようだった。
 
 ……呪いって、本当にあるんだね……。僕、話には聞いていたけど本当に呪われたって人を見るのは初めてだよ。
「数が少ないってわけじゃないんだけどな。ただ気づかなかったり、呪いそのものが弱くて何の効果もなかったり。うちみたいに、何代も縛り続けるのはそうそうないかもな」
 ふーん。ねぇ小町。小町は何歳から旅してるの? 
 
 小町の口ぶりから、長い間その人を探しているのは分かる。でも、小町もそんなに歳をとっているわけでもない。……多分、高校生くらいだと思う。それなら、いくつの時から旅をしているのだろう。
 
「ああ、小学校卒業してからすぐだな。最初の方はそれこそ大変だったけど、慣れれば楽なもんだ。……たまーに、飢えかけてるけどな」
 
 そういってかんらかんらと笑う小町。それはまるで物語の中の豪傑のようで、すっごく女の子らしくない笑い方だけど……むしろそれが、小町っぽい。つられて、僕も笑ってしまった。
 呪われてしまい、旅をするお姫様。どんな困難にも負けず、姫を守りながら旅を続ける騎士。その二つが、この小町という人の中で同居しているよに僕は感じた。
 
 小町は凄いね! それじゃあ、今の僕と同じくらいの歳で、旅を始めたなんて!
「よせよ、照れるぜ」
 
 小町が赤く染めた頬を指でかいていた。その姿に、僕は未来の自分を重ねる。――いつか、こんな人になりたい。
 
 ねえ小町! 今は無理だけど、僕もいつかは旅に出たいんだ!
 
「な、お坊ちゃん!?
 
 僕はその言葉を口にする。後ろで今までじっと控えていた執事が騒いだけど、僕は気にしないふりをした。
 僕は旅に出たい。この小さな家から出て、もっと大きな世界を自分の足で見て回りたい。それが、ずっと僕の胸の中に会った想い。男っぽい小町なら、きっとこの気持ちを理解してくれる。
 そう思って口にした僕だったけど、この言葉を聞いた小町は、予想に反してあまりいい顔をしていなかった。何故か、歓迎してくれていないようである。
 
 小町……僕が旅に出るの、ダメかな?
「……いや、俺ならむしろその考えに大賛成だ。『男子たるもの、己の脚で立つべし』が俺の認めるいい男の条件の一つだしな」
 なら、何でそんな顔してるの?
 
 僕は少し泣きそうだった。小町が僕を認めてくれない。それだけで、妙に胸が苦しくなる。そんなよくわからない感情が、僕の胸で静かに燃えていた。
 
「……なあ、お前どうして旅に出たいんだ?」
 
 小町が辺りを見渡しながら問う。大きな食堂。たくさんのメイド。後ろに控えている執事。そうしたものを一つ一つ見ながら、小町は僕に改めて問いかけた。
 
「これだけの人が支えてくれているのに、出ていく意味があるのか? 出ていきたいなら、何で出ていきたいんだ?」
 
 小町が真剣な瞳で僕を見ている。その瞳に気押されて涙が出そうだったけど、僕はそれを必死で押しとどめる。今ここで泣いたら、きっと小町に笑われてしまう。それだけは嫌だった。
 
「……確かに家は大きいかもしれない。庭も大きいし、敷地も広くて道に迷いそうなくらいだよ。メイドさんもいっぱいいるし、執事だっている。でも、それは僕が手に入れた物じゃないんだ。僕の父さん達が手にしたものを、与えてくれているだけ。僕が何かをしたわけじゃない。僕は、一人で生きられる男になりたいんだ」
「お坊ちゃん……そんなことを……」
 
 とつとつと、僕は言葉を口にしていく。言葉の端々に思いが詰まって、うまくしゃべれない。僕の言葉に執事は驚き、小町はただ黙ってそれを聞いていたが……最後まで聞くと、小町はニカッと唇を上げて笑った。
 
「まぁ、そういう気持ちはわかるぞ。男たるもの、でっかくあるべきだからな」
 
 ぽんぽんと、頭の上に小町の手が置かれる。撫でられるのは子どもみたいで嫌だったが、小町がやると不思議と気持ちよかった。小町の温かさが、手のひらを通して伝わってくる。
 
「そういう気持ちが本当なら、きっといつか旅に出れるさ。ただその気が無くなったらダメだけどな」
「な! 勝手なことを言わないでください! お坊ちゃんには当家の――」
「生憎、俺は家だ家だと縛られるのが嫌いでな。そう言われるとついこいつを応援したくなる。でも、ま――」
 
 僕の位置からじゃ、小町の顔は見えても執事の顔は見えない。ただ、頭の上で執事と小町の視線が交差していたような気がした。そのまま、数瞬。折れたのは、執事の方だった。
 
「――っく! しかし私はお坊ちゃんがこの家を出ていくのは反対ですからな!」
「だから、そんなもん本人次第だって。それに今すぐってわけでもないんだし。気長に見てればいいだろ」
 
 小町の手が離れていく。ちょっとだけ名残惜しかったけど、小町にそんな顔を見られたくない。僕は急いで目を拭いて、小町の顔を見た。
 
 ……ねえ小町。さっき、『男子たるもの、己の脚で立つべし』が小町の認めるいい男の条件だって言ってたよね。それじゃあ僕もそうなったら、小町にいい男だって思われるのかな?
「いや、それだけじゃ駄目だな。俺の条件はかなり厳しいんだぜ?」
 
 小町は自分の『いい男の条件』を指折り数えていく。片手の指を使い切り、もう片方。そこからさらに戻ってきて、ようやく止まった。……全部で、十八個。
 
 ……うわぁ、結構条件多いね。でも、それをクリアすれば小町にいい男って思われるんだよね。……大丈夫! 僕、絶対にその条件クリアするよ! だから小町、しばらくここにいてね!
 
 僕は笑顔でそう宣言した。小町がいる間にに認めさせてみせるっていう、夢ができた。
 
「ん、いてもいいなら、しばらくはいてやるよ。ただし、俺は気紛れだからな。気が向いたら出ていくかもしれないぞ?」
 だったら、すぐにでも認めさせてあげるよ!
「ハハ、言ったな!」
 
 ハハハ、と僕と小町は笑いあう。心なしか、メイドたちも笑っているようだった。いつもはそれを叱っている僕の執事も、呆れた表情をしながら、それでもどこか楽しそうな表情をしていた。
 
 
 
(三へ続く)
 
 
 
 
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