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「お坊ちゃん、そろそろ入浴の時間でございます」
僕と小町が談笑していると、それを黙って聞いていた執事が時計を見ながら僕に声をかけてきた。確かに、気がつけばもうそんな時間。いつもであれば、入浴している時間である。
僕は名残惜しみながらも頷き、席を立った。
ごめん、小町。お風呂入ってくるから、ゆっくりしてて。
「お? 風呂か……よし、俺が背中流してやるよ」
そう言って席を立つ小町。その姿は威風堂々としていて、男前で格好良く……ううん。ちょっと待って。
こ、小町……? 僕はお風呂に入るんだけど……?
「おう、だから分かってるって。ほら、さっさと行くぞ」
焦る僕の背中をたたく小町。どう見ても、一緒に入る気満々だった。
僕ももう小学五年生。いくらなんでも、女の人と一緒にお風呂に入るのは恥ずかしい。顔を真っ赤にして否定しても、小町は気にしたそぶりを見せなかった。
「おいおい、おまえまだ子どもだろうが。気にすんなよ」
こ、小町はさっき入ったばっかりでしょ!? また入るの!?
「はは、知らないのか? 女の子は綺麗好きなんだぜ!」
小町が僕の首根っこを掴んで離してくれない。必死に逃げようとしてるのだけど、小町、見た目の割に力が強くて全然逃げられない。
周りのメイド達はきゃあきゃあ言ってるし、執事も頭を下げたまま動こうとしない。今僕は、学校で習った『四面楚歌』という言葉の意味を理解した。
そのままずるずると僕を引きずったままお風呂場へと向かう小町。結局僕はなすすべもなく、そのまま浴室へと連れて行かれてしまった。
こ、小町、服は自分で脱ぐから!
「お、ようやく観念したみたいだな。……っく、この服脱ぐのが面倒くさいな。メイドさんの一人くらい来てもらえばよかった。悪いんだけど、これ下げてくれないか?」
こ、これ? この背中のファスナー?
「おう、それそれ。……ありがとな」
小町……その、背中、綺麗だね!?
「はは、ありがとよ。結構俺も背中には自信があるんだぜ? 何せ背筋で卵割れるからな!」
いや、それって自慢すること……? 確かにすごいけど……。っていうか小町、タオルくらいまいてよ!
「馬鹿言え、風呂にタオルを入れるのは邪道だろ。お前も無し無し」
ちょ、小町ダメ――っ!
「ふぅ。やっぱり風呂は気持ちいいなー。旅暮らしだとほとんど風呂なんて入れないからな。冬場でも沸かしたお湯で体拭くくらいしかできないし。温泉が湧いてたらかなりラッキーだな」
……うん。
「おいおい、せっかく人が旅暮らしの心得を話してやってるんだ。しっかりこっち向いて聞けよ」
……うん。
「それでよし! 後はアレだな、何と言っても食いもんだ。最低限イノシシくらいは仕留められないときついぞ? 俺も最初の頃は『縁切』片手に山の中をさまよったもんさ。ウサギも仕留められなくてなー。二ヶ月くらいはさ迷ってたぞ」
……それは大変だったね。
「ああ。あれはきつかった。それでな、あとは……」
小町、背中流すの上手だね。
「そうか? 久しぶりだから何とも言えないんだが」
うん、気持ちいよ。小町って、実は人の背中流し慣れてる?
「……まあ、昔、な」
……小町? まさか……人には言えないこと――
「いや、むかーし兄貴の背中を流してたのを思い出してな。……今にして思えば、相当な黒歴史だな……」
……あ、そう。小町、お兄さんがいたんだね。
「ああ、何とも言えない兄貴がな。所でさっきは何を言いかけてたんだ?」
いや、前にうちのメイドさんがそんな話をしててね。女の人が背中を流すとか何とか。
「へぇ。変わった仕事だな。ま、そんなのどうでもいいさ。ほら、交代交代。今度はお前が俺の背中流せよな」
はいはい。
「何だ、もう顔赤くしないのか?」
もう慣れたよ……。
「ほら、ちゃんと頭拭けよ」
わぷっ!? こ、小町、僕自分でできるって!
「それはそれ、これはこれだ。お前は行動全部がどうも上品すぎるぞ。一人で生きたいってんなら、もっとワイルドに行けよ」
分かった、分かったから!
「そうそう、そうやって拭けばいいんだよ。しっかり髪も乾かせよ、風邪ひくから」
分かってるよ、僕だってもう子どもじゃないんだから。
「いや、まだ子どもだろ」
……あんまり見ないでーー!
そんなこんなで。
お風呂から上がった僕たちは、再び食堂に来ていた。今度は僕の夕食。シェフがどれだけ頑張ったのか、僕の前には立派な料理が並んでいた。ついでに、小町の前にも。僕はともかく、小町はまた食べようっていうのだからすごい。お風呂の中で言ってた、食べられるときに食べとけって言うのはまさにこの事を言うんだろう。
「なあ、お前、両親はどうした? 別にいないってわけじゃないんだろ?」
小町が肉を切りながらそう聞いてくる。その言葉は鈴の音が鳴るように軽やかに、僕の耳へと響いていった。普通だったら聞きづらい質問だろうに、小町は全く悪びれた様子もない。その姿に、むしろ感心してしまった。
小町……聞きにくい事もズバッと聞くんだね。
「まぁな。一応気を遣うこともあるけど、お前の場合そんなもんじゃなさそうだし」
「お坊ちゃんの御両親、つまり旦那さまと奥様は、今お仕事にて海外へと赴かれております」
僕の代わりに執事が答える。その言葉に、小町は妙に納得したように頷いた。
「なるほどな。道理で甘えっ子だと思った。……だから俺に引っかかったんだな」
甘えっ子って酷いな。僕は大抵の事を自分でできるよ?
「そこら辺が甘いって言うんだよ。子どもは子どもらしく、大人に頼ってればいいんだ。それが出来るうちはな」
小町が僕を優しげな瞳で見つめている。その瞳は子どもを見る目だったけど、不思議と温かい気持ちになれる瞳だった。……まるで、僕が小さい頃に父さんに連れられて行った美術館に収められていた一枚の絵画。そこに描かれていた、天使のような温もりがあった。
「……小町が僕の母さんだったらいいのに」
「…………っ!」
僕がぽつりと言葉をもらす。その言葉は確かに僕の本心から出た言葉だった。それが、小町の耳に届いた途端……小町の目が冷たくなった。
空気がピリピリする。小町はどうも本気で怒っているようだった。その目に、僕はまるで心臓が握られているみたいな気分になる。うまく、呼吸ができなかった。
「……おい。お前が俺を慕うのはいい。お前に助けてもらったことも感謝している。好かれるのも、悪い気はしない。でもな。まるで自分の母親がいらないような事を言うんじゃねぇよ」
小町の声は、静かに、ただ静かに。その声は凄く澄んでいたけど、それが僕の心を不安にさせた。台風の前の静けさ。その言葉が、僕の頭の中にふっと浮かんできた。
「……悪い、言いすぎたな。俺はお前のお袋さんを知るわけじゃないし、こんなこと言う資格がないのも分かってるんだが……少し、過敏になりすぎた」
そう言って水を飲む小町。そのまま一息すると、その場のピリピリとした空気も和らいでいった。メイド達も執事も、そして僕も。皆が皆ほっとしている。小町はそんな僕達の様子を見て恥ずかしそうに頭をかいていた。
「悪い悪い。ちょっと熱が入りすぎた。……ごちそうさま、少し頭冷やしてくるよ。お前はきちんと残さず食べるんだぞ」
きっちり自分の席の食べ物を食べていた小町。そのまま席を立って、執事と二言三言言葉を交わす。話が終わると、メイドの一人を連れて部屋から出ていった。
僕はすぐにその後を追いたかったけど、小町に残さず食べろと言われたら無視するわけにもいかない。僕は嫌いな野菜のサラダを目の前にして、ゆっくりとフォークを動かしていった。
(四へ続く)
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弁天娘の縁切行脚!
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