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小町、此処にいたんだね。
「おう、ようやく食い終わったのか。邪魔してるぞ」
僕なりに急いで全部食事を終えた後、僕は小町を探しに書斎に来ていた。傍には、小町が連れて行ったメイドも控えている。本に埋もれたその場所で、小町は床に座って本を読んでいた。
夕飯を食べ終えた僕がすぐに小町の居場所を執事に聞いてみると、この書斎に向かったという話だった。小町が本を読みたいと言うので、見張りとしてメイドをつけた状態ならいいでしょう、と許可したらしい。
基本、この家の管理については執事にまかされている。最初は小町を警戒していた彼だが、どうも小町を見ているうちに大丈夫だと判断したようだ。さっき話した時も、口では文句を言いながらも、顔は少し笑っていた。
……小町って、意外に読書家なんだね。
僕がここに来るまでのちょっとの間に、小町の周りにはうず高く本が積まれていた。中には外国語の難しい物もある。何となく小町は本とか読みそうになかったから、この光景はかなり意外だった。
「失礼な奴だな。俺は結構本が好きなんだぞ? 昔は小説も書いたことがあったしな」
小町が……小説?
ぐるぐる眼鏡をかけ、半纏に身を包んだ小町が机の上で必死に鉛筆を動かし、カリカリと小説を書いている。ちなみに、内容は純愛もの。
そんな光景を思わず想像して、僕は吹きだしてしまった。似たような事を思ったのか、メイドも同じような顔をしている。小町はそんな僕達を見ても怒ることなく、むしろ先生にいたずらする寸前のクラスメイトのような顔をしていた。
「まあな。自分でも柄じゃないって思ってすぐ辞めたよ。一応、賞も貰えそうになったんだけどな」
賞? 学校の読書感想文とか?
その小町の顔に気づかず、未だに笑い続ける僕ら。その様子を見ていた小町はにやりと微笑んで、たった一言を呟いた。
「いや、芥川賞」
……その瞬間、僕とメイドの笑い声が止まる。小町はやっぱりしてやったり、という顔でこちらを見ていた。僕は聞き間違いかと思って、恐る恐る聞き返す。
……芥川賞? 芥川賞ってアレだよね、よくわからないけど、凄い小説の賞。小町が?
「おう。っていっても事情があってもらえなかったけどな。俺としては、そんだけの評価がされたこと自体驚きだったし。誰かが見てくれただけで満足だったよ」
賞自体は興味なかった、という小町。その顔は本当に未練も何も思っていないようだった。多分何人もの人が願っているであろう賞をもってして、特に興味ないと言いきった小町。……小町は思っていたよりも、ずっと凄い人らしい。
「凄いかどうかは自分じゃ分からないな。どうとも思わん。ただ一つ言えることは……そんな賞よりいい男の方が欲しかった、というとこだな」
小町の言葉に、僕たちはまた笑い始めた。小町もメイドも、皆笑っている。
だって、小町は本当にそう思っているから。小説の賞なんかよりも、運命の人との出会いの方がいいと。小町は、疑いもなくそう言っていた。
――その小町の生き方が凄く眩しいと思う。縛られることなく、ただ自由に生き続ける、その小町の在り方が。
「そうそう。さっき奥でこれを見つけたぞ」
――あ、これって……。
パサリ、と僕の前に差し出されたその本は、いつか見た本だった。僕は何も言わず、そのページをめくってみる。そこには、父さんと母さんと――僕が、笑顔で映っていた。
「悪いが見せてもらったぞ。すっげえ幸せそうな家族だな、お前ら。これも大切に保管されてたし……間違いなくお前は愛されてると思うよ」
小町が僕を見る目は優しい。その目に、記憶の中の母さんの目が重なる。――確かに、母さんはこうやって微笑んでくれていた。
「でも……それだったら、二人とももっと帰ってきてくれたっていいじゃん。もうずっと会ってないよ? クリスマスだって、僕の誕生日だって! いつも仕事だって言って!」
だから僕はその小町を否定する。その姿に母さんが映るから、僕はそれを否定する。
「それは俺じゃ分からないさ。俺はお前の両親じゃないからな。そのあたりは、お前が二人が帰って来たときにお前が自分で聞くことだ。でも、そうだな――」
そう言って、小町は僕の頭に手を置く。温かくて気持ちい、小町の手。その手に撫でられると、少しずつ僕の気持ちが落ち着いていった。
「――俺はお前の母親になれないけど、此処にいる間はお前の姉になってやるよ」
小町が僕を抱きしめる。小町の体はやわらかくて温かい。小町の体から、いい香りがしている。それが懐かしくて、嬉しくて――僕は、知らないうちに涙を流していた。
その日。小町と出会ったその日。僕には、一人の姉ができた。
(五へ続く)
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