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「一言で言えば、変態だな」
……へ? 小町のお兄さんが?
「おう。間違いなく、変態だ」
夜。今僕と小町は同じベットの上に寝そべっていた。僕一人では大きすぎるベッドも、小町と一緒に寝ると少し狭く感じる。
もちろん、僕は恥ずかしいからと一緒に寝ることを断ったんだけど、小町がそれをゆるさなかった。『子どもが遠慮するもんじゃない』って言って……いくら違うって言っても小町は聞いてくれなくて、結局押し切られてしまった。
そうなったら僕だって開き直る。仕方ないからあれこれと話をすることになった。今は、小町のお兄さんの話し。さっきお風呂場で聞いた小町のお兄さんの事を、もっと聞いてみたかったんだけど……。
「何せ妹のためとか言って熱湯に耐え、妹のためとか言って氷柱を砕き、妹のためとか言って滝壺に飛び込み、妹のためとか言って弁護士になった奴だからな。変態と言わずして何と言えってんだ」
お兄さんの話題になった途端、小町はさっきからこの調子だった。お兄さんの悪口――というか、愚痴のようなものを続けている。自分のお兄さんを「変態」といって譲らない小町の顔は真剣そのもの。間違いなく、お兄さんを変態だと思っている。――でも。
……へぇ。でもお兄さん、随分と小町想いだね。
「……まぁ、な。その点は認めてるけどよ」
ふぅん。
「な、何だよ」
いや、小町って、実はお兄さんの事大好きだよね。
――そう。さっきから確かに小町はお兄さんの事を悪く言ったりしているけど、所々でお兄さんの事を思い出して嬉しそうな、寂しそうな顔をしている。実際、僕にそうやって言われると顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「――まぁ、兄貴のおかげで旅に出られるようになったし、感謝はしてる」
ぽつりと、僕に聞こえるか聞こえないくらいの声でそう呟く小町。その幸せそうな、悲しそうな小町の顔を見た瞬間、僕の心臓がトクンと音を立てたけど――すぐに収まった。
僕は一人っ子だから、小町の気持ちは分からない。でも、何となく小町をそのお兄さんにとられてしまうようで。
少し、嫌だった。
「そう言えばお前、学校はどうなんだよ? 楽しんでんのか?」
何、その会話に困った父さんみたいな話の切り出し方。小町が話題を変えたいのがばればれだよ?
「うっせ。俺はお前の姉貴だからな、気にするんだ」
……そっか、それじゃしょうがないね。うん。
確かに小町は話題を変えたかったんだと思う。でも、その目は至って本気に僕の話を聞こうとしていた。父さんみたいに、僕との会話が見つからずに出した話題ではない。
その小町の気持ちが嬉しくて、僕は父さんに話す以上の事を小町に伝えた。
えっとね、この前友達と遊んだ時の話なんだけど……。
「おお! お前、友達いたのか!」
って、ひどいな小町!? 僕の事、友達いないと思ってたの!?
「そりゃまあな。何となく、お前そういう“縁”が薄そうだからな……で、どんな奴なんだ?」
どんな奴って……どうして一人だけって限定されてるのさ。僕だって友達くらい、何人もいるよ。……出来たのは最近だけど。
僕がそうやって頬を膨らませると、小町は手のひらを顔の前で合わせて謝ってきた。片目をつぶって、頭を下げる。
「悪い悪い。ちょっと意外だったんでな。でもやっぱり最近までいなかったってことじゃねーか」
うん。この前教室で『一人で生きていけるようになりたい』って言ったら、じゃあ仲間にしてやるって。今日は皆用事があるからって遊ばないで帰って来たけど、いつもだったら放課後に皆で遊んでるんだ。
そのおかげで小町に会えたけどね、と僕は心の中で付け加える。帰り道はあんなにつまらなかったのに、小町に会ってから凄く楽しくなった。
そうやって僕は楽しく話していたのだけれど、ふと、妙に小町が静かなことに気がついた。何かを悩みながら、僕の事を見ている。その小町の態度に、僕は少し違和感を覚えた。
小町? どうかしたの?
「……なあ。そのダチって奴らは、本当にいい奴らなのか? しっかりと、お前の目から見て」
――うん。いつも僕と遊んでくれるし、僕が休んだ時に心配もしてくれてるよ。
「……そうか。なら、いいんだけどよ」
僕の答えに小町は何処か納得していないようだったけれども、その後は特に何も言わずに僕の話を聞いてくれた。母さん達に比べても、真面目に聞いてくれるし相槌もうってくれる。ただ、その顔が笑ってくれていないことが僕には気がかりだった。
「まぁなんだ、学校はそれなりに楽しんでるみたいだな。……んじゃ、そろそろ寝るか。明日も学校だろ?」
ええ、まだ早いよ。僕なら大丈夫、遅刻なんて絶対しないから。
「……? そうか、でも夜寝ないと朝起きられないだろ? だから寝るぞ」
大丈夫だって。だから、僕は『絶対に』遅刻しないんだから!
「……どういう意味だ?」
胸を張ってそう言った僕に、小町はいまいちピンとこないようだった。その姿が面白くて、僕は少し得意げになってしまう。
そう、僕は『絶対に』遅刻しない。と言うよりも、絶対に『遅刻も欠席も』しない。堂々とした僕の姿に何かを感じたのか、小町は怪しげな目線で僕を見つめていた。
「あのね、小町。僕は学校じゃちょっと『特別』なんだ。先生達が父さんの機嫌を取りたいらしくて、遅刻も欠席も無かったことになるんだ。だから、大丈夫。このまま小町と一緒にいても問題ないよ」
父さんの勧めで入学することになった私立の小学校。うちからだとだいぶ距離があったけど、車通学が認められたから問題はなかった。何でも、父さんが多めの献金をしたんだとか。
そう。今までに何度も遅刻もしたしずる休みもしたけど、家には確認の電話が来るくらいで何も問題はなかった。通信簿では遅刻、欠席がゼロになっている。それどころか、僕が思っている以上の成績すらついていた。
「へぇ……そいつはよかったな。でも、俺が言うのもなんだが、子どもは学校に行くもんだ。起きられなくて遅刻するのはある意味仕方ないが、起きるつもりがなくて遅刻するのは俺が許さん。だから、寝ろ」
……小町?
小町は不機嫌そう呟いて、反対側を向いてしまった。僕に背中を向けてしまったために顔は見えないが、どうも怒っているような気がする。
「俺はもう眠いから寝る。お前もさっさと寝ろ」
ちょ、ちょっと小町! 僕まだ話が……。
「いいから、さっさと寝ろ。姉貴の命令だぞ?」
もう小町に取りつくしまもない。そうやってまごまごしていたら、いつの間にやら小町から細い寝息が聞こえてきた。……もう、寝てしまっているらしい。
もう……まぁいいや。小町、お休み。
僕はそう呟き、タオルケットを小町と僕の体にかけた。だんだん秋の足音も近付いて生きている。寒くはないけど、暑くもない。
そうして、小町が僕の家に来た最初の夜が更けていった。
「おい、今日も『狩り』行くぞ!」
あの日から、小町がいる楽しい生活は続いている。
毎日のように一緒にお風呂に入ってくるし、僕が嫌いな野菜も無理やり食べさせてくる。夜一緒に寝てくるし、事あるごとに頭をたたいたり、撫でたり、抱きついたりしてくる。そんな毎日が、今は幸せで仕方なかった。
僕は、僕の事を心配してくれる小町が大好きだ。今は無理かもしれないけど、いつか小町が言っていた『男子たるもの、自分の足で立つべし』他の条件をクリアして――僕は、小町の横に立って旅に出るんだ。僕が、小町を守る騎士になる。
うん、いいよ『リーダー』!
こうして、学校にいる間も、今小町が何をしているか考えている。
小町は料理が好きだって言ってた。コックの手伝いでもしてるのかな?
小町は本を読むのが好きだって言ってた。また書斎にこもってるのかな?
小町は、歌を歌うのが好きだって言ってた。聞かせてもらった歌声は、今まで聞いたことがないくらい綺麗な声だった。
小町。僕の姉さん。僕の――お姫様。
「へへ、今日はどれくらいいけるかな」
「俺達にかかれば余裕さ!」
「それに、なんかあってもお前がいるからな!」
僕は仲間のその言葉に大きくうなずく。僕がいれば、どうにかなる。そう言って期待してもらうのは凄く気分が良かった。
小町が家で待ってるけど、こいつらと遊ぶのもやめられなかったし、やめるつもりもなかった。だって、こいつらも僕の事を見てくれている。僕の事を心配してくれる。僕が遅刻すれば声をかけてくれるし、僕が風邪をひいて休めば電話もくれる。
「おっし、んじゃ今日も『狩り』と行きますか!」
「「「おー!」」」
それに、こうして僕が一人でも生きていけるようにって、いろいろ教えてくれる。
大切な、仲間たちだった。
―――そして今日も、僕らは『狩り』に出掛ける。
(後篇へ続く)
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弁天娘の縁切行脚!
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