倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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「お坊ちゃん!」
 
 とあるスーパーの一番奥。その店の店長に連れられた僕の執事が顔色を変えて入ってきたのは、その部屋だった。いわゆる、店長の部屋。てっきり牢屋とかに連れて行かれるかと思ったけど、不思議なことに僕が連れて行かれたのはそこだった。
 うちにある物よりはずっと悪い、それでもそこそこの値段はするだろうソファに座らされて、目の前にお菓子とジュースを置かれる。もちろん、そんなにおいしくはない。そんな状態で、僕は待たされていた。
 
「お坊ちゃん、怪我はありませんか!?
 
 執事は入ってくるなり、僕のもとへと詰め寄る。そのまま体中を調べ、怪我はおろか服のほつれすらないことを確認してから、ようやく落ち着いてくれた。
 そのまま店長の方に向き直り、懐から何かを取り出す。
 
「この度は、お坊ちゃんがご迷惑をおかけしたようで……」
「いえいえ。坊っちゃんがすることなら、仕方ないでしょう」
 
 その何かを見た瞬間、店長はとびっきりの笑顔で執事の手を握っていた。その手の隙間から、うっすらと何かが見える。
 それは、紙だった。好きな数字を書き込むことができる、紙。店長の顔がとびっきりの笑顔であることから、決して少なくない額が書かれているに違いない。それに対して僕達が鞄の中に入れたのは、お菓子やジュース、パン。例え全員分を合計したところで、きっとそれだけの値段にはいかないはず。
 
「……どうか、この事はくれぐれも……」
「わかってます、わかってます」
 
 ただ静かに頭を下げる執事と、大仰なそぶりで頭を下げる店長。その姿は酷く滑稽で――見にくいものだと思った。
 ――なんだ。やっぱり、これでいいのか。僕が何をしても、執事がこうしてどうにかしてくれる。そうでなくたって、父さんたちが怖いから、大人は何も言ってこない。世の中って、やっぱりそんなもんなんだね。
 それは、僕が昔から理解していたことだった。僕が悪いんじゃない。大人たちが、悪いんだ。……例え僕が何か悪いことをやっても、最後は必ず何とかなる。
 
「……おい」
 
 静かに、ただ静かに響いたその声に驚いて入口の方を見ると、そこには小町がたたずんでいた。いつもと違う動きやすい服装の小町。何所かを走ってきたのか顔を赤くして汗をかいている小町は、しかしすごく怖い顔で僕を睨みつけていた。
 
「…………」
 ど、どうしたの、……小町?
 
 小町は僕の質問に答えない。ただ静かに僕を見ている。
 しばらくそうしていただろうか。小町は苛立ちながらも店長たちの方を見ると、そちらへ向かって歩いて行った。
 店長も執事も突然の乱入者にやはり驚いていた。小町が一歩近づいていくたびに、その纏う雰囲気に気押されている。それをも無視して、小町は歩いていく。
 
そして。
 
「この度は、私の弟がご迷惑をおかけしました」
 
 小町は頭を下げる。膝をつき、手をつき、頭を床につけて。此処の床は絨毯が惹かれているわけじゃない、固くて痛いはずだ。それでも小町は、ただ静かに頭を下げていた。
 そのあまりにも美しい謝辞に、その場にいた全ての人が動きを止める。ただ、何も音がない空間がそこにはあった。
 
 ……こ、小町? 何をやってるの? この話はもういいんだよ?
 
 そう、この話はもう終わっている。僕は子どもだけど、父さんの取引を何度か見たことがあるんだから間違いない。うちの執事がこの店の店長の満足できる品を渡し、それで契約が成立したんだ。だから、もうこの話は終わっているはず。
 
「……うるせぇ。ガキは黙ってろ」
 
 ――っひ!?
 
 こちらに少しだけ顔を向けた小町。そこにいたのは確かに小町だった。なのに――冷たい。いつも小町から感じていたあの温かさがまるでなく、ただひたすらに冷たい風が、その瞳には吹き荒れていた。
 僕が黙ったのを確認すると、小町は顔をまた店長さんたちに向けて頭を下げる。
 
「私はこの子の本当の姉ではございません。この子の両親が不在の間、少しでも気が紛れればと、姉代わりをしているだけです。しかし――」
 
 小町が大きく息を吸う。その声は少しだけ震えていた。小町以外の誰もが息を止めている中、小町の独白が続く。
 
「――しかし、仮初なれど。私はこの子の姉でございます。この子が悪事を働いたなら、私も一緒に怒られます。一緒に償います。どうか、平にご容赦を……」
 
 その言葉は至って真剣で、小町が嘘をついていないことは誰が見ても明らかだった。小町は本気で僕を弟と言い、自分も悪いと言い、自分も償うと言っている。
 僕にはその光景が信じられなかった。
 小町は、いつだって偉そうにしていた。自分に自信があって、何をするときも胸を張っていた。こんな、小町が土下座をする所を見るなんて光景、僕には信じられなかった。
 
 小町! もうこの話は終わったって言ってるでしょ!? もういいんだよ!
 
「……ガキは黙ってろって言っただろ」
 
 そう言って。小町はゆっくりと立ち上がった。
 その表情はうかがえない。俯いたまま、ただ静かにたたずんでいる。その小町の動きに、言葉に、この部屋にいる誰もが息をのんで見つめていた。
 
「俺はな、確かに小学校を出てから一人で旅をしてきた。食うモノがなくて、そこら辺に落ちてるものを食った。魚を取った。イノシシを、クマを仕留めた時もあった。……そういえば、弁当をたかったこともあったっけか」
 
 少しだけ、昔を懐かしむように声の調子が柔らかくなる小町。ただ、それも一瞬の事だった。すぐに声から色が無くなり、淡々と続ける。
 
「何度も腹が減って死にそうになった。お前に助けられたくらいだしな。……それでも」
 
 そこで言葉を区切って、小町はゆっくり歩き出した。向かう先にいるのは、僕。
 ――僕の前に立った小町の顔は、泣きそうで、悲しそうで。とても、つらそうだった。
 
「それでも。……人から、店から。無理やり盗っていったこたぁなかった!!
 
 ゴン!
 
「お坊ちゃん!?
「あわわわわ」
 
 一瞬。ほんの一瞬、僕は自分の身に何が起こったかわからなかった。頭が、痛い。目の前にいる小町は右手を下ろした状態で立っている。その瞳が、僕を射抜く。……そうした状況から、ようやく僕は小町に殴られたことを理解した。
 執事と店長の慌てる声が聞こえる。しかし二人はその場から動こうとはしなかった。いや、近づけないんだと思う。それくらい、今の小町は怖かった。
 
「俺は遍槙小町。道に迷っても、道は外れねぇ! お前、言ったよな……一人で生きていけるようになりたいんだって。テメェの一人で生きるってのはそういうことか! 堅気から盗んで、それで腹満たして生きんのか!?
 
 小町が僕を殴った。
 殴られた頭よりも、むしろその事実が僕の胸を痛める。小町の怒声が、僕の胸を貫く。その痛みから逃げたいのに、僕の足はすくんで動かなかった。
 小町の声は止まらない。
 
「俺はあくまでも仮初の姉貴だ。でもな、俺は誓っただろ。お前の姉貴になってやるって。弟がやったことは、それを止められなかったのは、姉である俺の責任だ! 家族の責任だ! 俺も精一杯謝ってやる! 俺が全力で叱ってやる! でも――金で解決することじゃねぇ!」
「「……っ!」」
 
 睨みつけられた執事と店長が息をのんで委縮している。小町はそれに何も言わず、また僕に向き直った。あの優しかった小町が。今は、その面影も無い。
 
「はっきり言ってやる――今のお前は、外道だ」
「……っ! うるさい!」
 
 僕はもう、苦しくて悲しかった。小町に、そんな風に言われたくなかった。――その気持ちが、胸をついてただ思いを吐き出させた。
 
 小町に何がわかるんだ! 父さんも母さんもいなくて、誰も僕を見てくれなくて。仲間だと思ってた奴らは僕を裏切って! ……小町にも怒られて!! 僕の気持ちなんて、誰も分かってくれてない!
 
 悔しかった、悲しかった。切なかった、痛かった。僕はまるで心をドロドロに溶かされた思いのまま、ただ泥をぶつけるように小町に言葉を投げつけた。
 小町は逃げない。どれだけ僕の言葉に意味がなくっても、避けようともしない。ただ真正面から、僕の目を見つめて受け止めていた。
 それが、一層僕の心をかき乱す。
 
「……仲間に関しては、お前が悪い。お前がそいつらの目を見て、しっかり考えて仲間にならなかった、お前が悪い」
「――っ! うるさいうるさいうるさい!! 小町なんて嫌いだ!」
 
 全力で叫んだ。嘘じゃない。僕は本当に小町が嫌いになった。 ……もう、小町も、他の誰の顔も、見たくない。 僕は、何処にも行くあてのない心を抱いたまま、駆けだした。
 ――もう、誰もいないところに行きたかった。
 
 
 
 
 
(三へ続く)
 
 
 
 
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閉じる コメント(2)

あれ…クリックが出来なくなってますね、ブログ村の。
もしかして、wiki文法を使いましたか?
その場合は、チェックボックスにチェックを入れないと使えませんよ。

2010/9/21(火) 午後 2:36 [ - ]

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いえ、ちょっとブラウザソフトを変えたらバグが出たみたいで(泣)
今直してきます(大泣)

2010/9/21(火) 午後 2:50 倉雁 洋


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