倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

弁天娘の縁切行脚!

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 小町ちゃんはいつまで此処にいられるの?
「さあ。自由気ままな旅暮らしだから、いようと思ったらいつまでもいられるけど。迷惑になるならすぐ出ていくし、そうでなくても旅に出たくなったらすぐ行くかな」
 
 食後、私にお茶を出してくれた小町ちゃんは、晩御飯に使った食器を洗いながらそう答えた。その後ろ姿に妙な色気を感じる。新婚さんの夫が見る光景はこんな感じか……などと、しみじみと思ってしまった。
 
 そう……良かったら、ずっといてくれてもいいのよ?
 
 正直、私としてはこのままずっと小町ちゃんが此処にいてくれてもいいと思っている。料理はおいしいし、優しいし、さらにカッコいい。こんな子が弟、もとい妹になってくれたら、私は万々歳だ。
 
「そういうわけにはいかないだろ。迷惑もかかるし、俺も一応目的があって旅してるんだからな」
 
 食器を洗う手を止め、悲しげな表情で振り返った小町ちゃん。そう言って、ただゆっくりと首を横に振った。そのまま、私の前まで来て膝をつき、三つ指を立てる。
 
「とはいえ、その好意は感謝します。いつまでかわからないけど、しばらく御厄介になります」
 
 頭を下げる小町ちゃん。その姿は折り目正しく、どこか気品すら感じさせる動きだった。あまりの切り返しに、私はしばしの間呆けてしまう。
 
 ……! え、ええ、私は構わないわ。
 
 私は赤くなった頬を押さえながら、慌てて答えた。小町ちゃんには、女性もひきつけるような不思議な魅力があるみたいだった。私の言葉に満足げに頷いた彼女は、立ちあがって台所まで行き、洗い物を再開する。鼻歌を歌いながら一枚一枚丁寧に洗ってその姿は、本当に楽しそうだった。
 ……男っぽく、体一つで旅を続ける小町ちゃん。女の子らしく、おいしい料理を作れる小町ちゃん。どちらの小町ちゃんも、何所までも魅力的な子だった。
 
 ……はぁ。
「? 姉さん、また悩み事か?」
 
 私のため息に反応し、小町ちゃんが声をかけてくる。どうやら洗い物も終わったらしい。エプロンをそのあたりにかけながら、私の前に胡坐をかいて座る。その瞳は優しく、本当に私の事を気にかけてくれている事が良く分かった。……やっぱり、小町ちゃんは優しい子よね。
 
 うん。何で小町ちゃんはこんなにいい子なんだろうって。
「よしてくれ、照れる。……でも、それがなんで姉さんの悩み何だ?」
 私は小町ちゃん見たく明るくもないし、魅力的でもない。歌を歌う才能もないし、それでお金をもらうなんてもってのほか。そんな私と年下の小町ちゃんを比べたら、ちょっと、ね。
「姉さん……チョット待っててくれ」
 
 そう言って、小町ちゃんはポットにお湯を入れてくると、冷めていた私のお茶を入れ替え、さらに自分の湯呑にもお茶を入れる。私はありがたくそのお茶に口をつけた。少し熱めのそのお茶が、私の気持ちを落ち着かせてくれる。テーブルの向かいでは、同じように小町ちゃんがお茶を飲んでいた。
 
「あちち……それで、姉さんは俺と比べて自分が劣っているように感じる、それが嫌だと?」
 
 コクリ、と私は素直に頷く。小町ちゃんには、私のその反応が少し不服のようだった。少しの間眉をひそめ、言葉を選ぶように口を開く。
 
「あー、俺としては逆だな。むしろ、姉さんがうらやましい」
 ……私が? 小町ちゃんに比べて、何もできないこの私が?
 
 小町ちゃんは決して嘘はついていない。少し困っているような表情ではあるが、その目は真っ直ぐ私を見つめている。嘘偽りなく、私の事をうらやましいと思っているのだろう。
 ――それこそ、私には理解できない。
 そんな私の表情を見ながら、小町ちゃんは笑いながら……いつもと違う、自嘲気味の笑顔で言葉を続けた。
 
「俺だって別に何が出来るわけでもないさ。というか、本当に必要なモノは持ってない。だから、それを持っている姉さんがうらやましくて仕方ない」
 ……? どういうこと?
 
 小町ちゃんは一口お茶を飲み、言葉をつづる。
 
「俺にとっては、唄が歌えるとか料理がうまいとかは正直どうでもいい。要は、いい男が手に入ればいいんだ。むしろ、その目的が果たせないんなら無駄とすら思う」
 
 ――自分が持つ才能を否定し、さらには無駄とさえ言った小町ちゃん。しかしそう言った小町ちゃんの瞳は変わらず真っ直ぐだ。その様子が、小町ちゃんが本当にそう思っているからこそ、私はその考えが理解できなかった。
 
 小町ちゃん……。私は本当に何もできないのよ? 料理だって小町ちゃんほどおいしくないし、歌だってカラオケが精々。楽器なんて、少しも演奏したことないもの。人にやさしいわけでもない。そんな人間の、何がうらやましいって言うの?
「いや、見ず知らずの俺を泊めてくれるなんて相当やさしい人だと思うぞ。それになにより、いい彼氏さんがいるじゃねぇか。そういう人が近寄ってくれると言うのが、何より姉さんの人柄を示してると思うけどな。……彼氏さんの話をしている時の姉さん、本当に幸せそうだった。俺が本当に欲しいのは、絶対に手に入らないのは、そういう物だからさ」
 
 そう言って、小町ちゃんは自分の手のひらを見る。ご先祖の呪いで、男運が……“縁”が全くないという小町ちゃん。もし私が同じ立場だったらきっと早くに諦めてしまっていただろう。それでも、小町ちゃんは諦めていない。その瞳には、いつか必ずという強い意志があった。
 
「姉さんは……幸せになりたいんじゃいのか? ……なら、きっとその彼氏さんがいれば大丈夫だよ」
 
 小町ちゃんは手のひらを下ろし、私を見て微笑んだ。男くさくも無く、優しいわけでもない、儚げなその笑顔で。その姿が、何よりも彼女の気持ちを示している。
 私自身が何と思おうとも、私はただ頷くしかできなかった。
 
 ……そうかもしれないわね。でも、その相手が……。
『ピピピピピ! ピピピピピ!』
 
 私の言葉を遮って、手元に置いておいた携帯電話が鳴り響き着信を告げる。ディスプレイに表示された名前は、確かに彼の名前だった。私は慌ててその通話ボタンを押す。
 
「もしもし!? うん、久しぶり! ……え? 明日? 構わないけど……うん、判った。それじゃ……」
 
 あまりにも唐突な彼の言葉に、私は少し呆けながら通話を切った。久しぶりだった、けれどたった数秒の会話。私は久しぶりに聞いた彼の声に嬉しくなると同時に、その短すぎる時間に微妙な気持ちにならざるを得なかった。
 
「……彼氏さん、何だって?」
 
 きっと、私は凄い表情をしていたのだろう。小町ちゃんが心配そうな表情で覗きこんでくる。
 
 明日、夜に会ってくれないかって。……大事な話があるからって。
「噂をすればって奴だな。まったく、うらやましいぜ」
 ……何が?
「何がって……明日の夜、デートなんだろ? きっと二人で買い物して、飯食って。ホ、ホテルとか行くのか……?」
 そりゃ、行く時は行くけど。
「マジか……」
 
 小町ちゃんが顔を真っ赤にして呻いている。初心なのは判っていたけど、こういう反応を見せる女の子も正直珍しいんじゃないかなと思う。見たところ、高校生くらいだろうに。
 その様子が少し面白かったけど、それぐらいでは今の私の心は晴れなかった。
 
 ……はぁ。
「おいおい、せっかくのデートなのに、暗くなっちゃダメじゃねえか?」
 
 小町ちゃんの言うことももっともだ。これが喜ぶべきことである以上、私は悲しむべきではない。でも。でも――
 
 ――デートじゃ、ないかもしれないじゃない。
「………」
 
 私の弱々しく、けれど断定的なその言葉に、小町ちゃんは言葉を無くしてしまっていた。目を見開いたまま、口をパクパクと開けたり閉じたりを繰り返している。
 
「確かに、明日はデートかもしれない。でも、デートじゃないかもしれない。むしろ、ここしばらく会いもしなかったのにいきなりだなんて……ひょっとしたら、別れ話かもしれないじゃない。ううん。きっとそう。そうに、違いないわ」
「姉さん……」
 
 私は確かに彼が好きだ。ずっと、彼と一緒にいられれば幸せだろうってこともわかっている。だからこそ、彼に嫌われるのが怖くてしょうがないのだ。……今まで仕事だって言って会わなかったけど、本当は新しい彼女がいるだけかも知れない。
 そう考えてしまう私の心は、深く沈んでいった。
 私は子どもの頃からついていない。たった一つ起きた奇跡が、彼の存在なのだ。……でも、私もわかってる。奇跡はずっと続かない。夢はいつか覚める。夢から覚めた時、たぶん、私は本当に何もなくなる。ダメな人間だって思ってしまう。
 ……小町ちゃんみたく、強くは生きれない。
 
「姉さん」
 
 涙を流しながら沈む私の手を、小町ちゃんはその手で静かに包んだ。温かい。血の通った、温かい小町ちゃんの手が私の心をほぐしてくれる。
 
「大丈夫だ、姉さん。姉さんとその彼氏さんには、確かに良“縁”がある。俺が保障する。きっと、筋金入りさ。“縁”がなけりゃ諦めろ、と言うところだが……“縁"”あるんなら、諦めんなよ。もし姉さん達の邪魔をする奴がいたら、俺が断ち切ってやるさ。だから。だから、大丈夫さ」
 
 そして小町ちゃんはポケットから何かを取り出すと、私の腕に結び付けた。それは、カラフルな色で編まれた腕輪。いわゆる、ミサンガ。
 
「俺のお手製で悪いが……お守りだ。きっと、明日はうまく行く」
 
 そう言って、小町ちゃんは優しく微笑んだ。その笑顔は、今まであったどんな人間よりも優しくて。……そして、悲しそうだった。
 
「さて、そんじゃ姉さん、出陣祝いと行こうぜ。えっと、確か……。……昆布と栗と……あった、干しアワビ。こんなこともあろうかと用意しておいたぜ。これをつまみにでもして、一杯やってくれよ」
 
 小町ちゃんは立ち上がり、台所へと向かって行った。少し経って戻ってくると、その手にはいくつかのつまみと、発泡酒の缶と、グラス。
 
「ま、順番とかは別にいいよな。こういうのは雰囲気が大事ってなもんだ。ほい、姉さん」
 
 て小町ちゃんは発泡酒を一缶開け、その中身をグラスに注いでいく。泡立ちすぎず、かとって決して少なくない、みるからにおいしそうに注がれていく発泡酒。半分ほど注いだところで、そのグラスを私に手渡した。
 
「さ、んじゃ乾杯と行こうぜ!」
 
 小町ちゃんは片手に残ったその缶を私の方に突き出してくる。こういう時は飲むのが礼儀ってもんなんだろ? と小町ちゃんの目が訴えている。私はただ、自分のグラスを小町ちゃんの缶に合わせた。
 
 乾杯。
 
 一口、その安い酒を口に入れる。普段は特に感慨もわかないその味。ただ、今日はいつもよりおいしかったように感じた。
 私はまだ、自分が信じられない。小町ちゃんのように強くなれない。……それでも、私を元気づけようとしてくれているこの少女が言うことを。
 ただ、信じてみたいと思った。
 
 
 
 っはぁ! はぁ、はぁ……
 
 小町ちゃんに出陣祝いをしてもらった次の日の朝、私は妙な夢にうなされて目を覚ました。
 ――それは、おかしな夢だった。
 遠い昔の時代で、着物姿で髪を結った私と、同じく着物姿の彼が寄り添って歩いている。その二人は……私たちは本当に幸せそうだった。でも、その後ろから私たちを睨みつけている、一人の女がいた。日本髪を結ったその女性は、狂って燃える炎のような目で私たちを睨んでいる。
 
『口惜しや……口惜しや……』
 
 地獄の底から響いてくるような、暗い声。
 
 ……私は、そこで目を覚ました。それでもその声が、耳に張り付いて離れない。どうにも、嫌な予感がした。
 
 
 
(四へ続く)

 
 
 

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