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気がつけば私たちは炎に囲まれていた。右を見ても、左を見ても炎の壁。オレンジ色に染まるその炎は、まるで生きているかのように私達を取り囲む。そのあまりの熱気に、思わず身を縮めてしまった。
煉獄。そう表現されるのが相応しい。まさに灼熱の地獄だった。
『口惜しい……我が恨み。口惜しや……』
声が響く。私達から少し離れた位置に浮かび上がってくる、未だかつて見たことのない存在。――それは、一言で言えば骸骨だった。古い藍色の着物を着た、骸骨。骨のみとなったその体で立ち、何処までも暗い眼窩で私たちを見ていた。
『あの小娘の所為で邪魔出来なんだが。なれば、この身で引き裂くのみ……』
ゆっくりと蠢くその骸骨。骨だらけの足で、しかし音も立てずに近づいてくる。高く掲げられた右腕には、まるでナイフのように長く鋭い爪が――
「危ない!」
ザク! 「グッ!!」
振り下ろされた爪は真っ直ぐに私を狙って振り下ろされた。あまりの事態に固まっていた私には、当然そんな物を避ける余裕なんてない。
ただ動けなかった私を彼が私を弾き飛ばし、代わりにその腕を爪で切り裂かれた。
「っああああ!」
溢れ出る赤い血。彼の命そのものが、流れ出していく。ただ呆けたままの私の髪を、肌を、服をあっという間に染めて行く。倒れたままの私には、それを見ているしかできなかった。
『口惜しや……その身、不幸になるが我が望み……口惜しや……』
『お姉さんも私と似てるよね』
その悪夢を見ながら、ふと小町ちゃんがそう言っていたことを思い出す。
自分が呪われているとも。
――ああ、ようやくわかった。私と彼が惹かれあっていたのも。私が昔から不幸だったのも。……あの夢の意味も。
『そう……我が呪い。その人を私から奪った……お前への呪い……』
骸骨が――いや、あの女が私の考えをよ見透かしたように、骨の身で笑う。書く核と蠢くその頭蓋骨が、私を笑う。その笑いが私を笑い続けたかつてのクラスメイト達に重なる。過去が私を追って来る。
だから私は、耳をふさいだ。
『そうよ……その人を置いて……死ぬがいい……』
骸骨が再び腕を上げる。炎に照らされたその姿は、まさに死神のように見えた。
暗い眼窩が私を見る。その穴は私の心の暗い部分を引き出していく。
もう嫌だ。やめたい、帰りたい。
子どもの時からそうだった。私は、結局一生不幸のまま。クラスメイト達が将来の夢についてしゃべり合っている時、私は何も言えなかった。私には、コレというモノが無かったから。そんな時は、心で耳をふさいで聞かないふりをしていた。
「……逃げろ………!」
地面から伸びた鎖に絡めとられた私に、腕を押さえながら彼が叫んだ。その姿にも――私の心は動かない。
彼は私がいいと言ってくれた。ダメな私が好きだと言ってくれた。
……でも、判った。どうして彼が私を好きだって思ってくれたのかが。結局、過去の私たちに“縁”あったからだけなんでしょう?
生まれ変わりだとか、そういうのはもうどうだっていい。……結局、今の私は見られていなかった。
だったら、もう……死んじゃってもいいかな……。
「違う……!」
腕から流れる血の量が増えても、その顔がどんどん青くなっていっても。彼は決して倒れなかった。痛む腕を無視してでも、私の横で両足で地面を握り立ち続ける。
骸骨がその様子を見ている。その爪がきらめく。それでも彼は、決して逃げようとしなかった。
「前世だとか、そんなものはどうでもいい……! 確かに、きっかけはそういうものだったかも知れない。それでも、今日まで俺がお前と一緒にいたのは……お前が傍にいることが嬉しかったからだ! それは嘘なんかじゃない!」
彼は叫ぶ。血を流し、満身創痍になりながらも決して倒れることなく。私の前に立って、そう言いきった。死神の暗い眼窩が彼の温かい背中の向こうに消える。
トクン
「俺はコイツが好きだ! 一生かけて守るって誓った! コイツは、それに応えてくれた! ……なら俺の体が動き続ける限り、守り続ける!」
トクン、トクン、トクン
……ああ、こんなにも心臓が高鳴ったのはいつ振りだろう。初めて彼に出会った時? 告白された時? キスされた時? あの時の夜?
……ううん、初めてかもしれない。
いつの間にか、私は彼の腕を握っていた。
私も、逃げない。
言葉は出ない。けれども私はあふれ出る涙をそのままに、彼にそう目で訴えた。彼はただ短く、そうかと言って微笑む。私もそれに頷いた。
私たちの幸せは、私たちが掴む。呪いなんてもの、全力で抗って見せる!
「……来なさい! 私は、私たちの幸せは、あんたなんかに壊させやしない!」
私は叫ぶ。今までにないほどに力強く、体を縛る鎖を引きちぎってまで。これがただの強がりだなんてわかってる。それでも、これは私の、私たちが抗うべき運命。
そうでしょ……小町ちゃん。
私は腕に付けられているミサンガを意識する。その重さが、私を少しだけ強くしてくれる。
頭の中で、小町ちゃんが笑いながら肯定してくれた気がした。
『ああ、その通りだな』
そんな声が、聞こえた。私の想像でも、幻聴でもない。今、確かに風に乗って、どこかから小町ちゃんの声が響いた。
『ちくしょう。姉さんの彼氏さん、本当にめっちゃくちゃいい人だな。ホント、うらやましいぜ』
その声は、いつもの彼女の、凛とした声。明日を信じ走り続ける、少女の声。優しくて強くて、少しだけ弱い女の子の――。
『馬鹿な……この中に、入ってこられるはずが………』
骸骨女が驚いたように、周囲を見渡している。……そして、私の後ろを見て、その視線が固まった。
「……何の因果か弁天の、呪い宿りしこの体。先祖の呪いを収めよと、渡されたのはこの『縁切』。誰が呼んだか、ついたあだ名が『縁切弁天』。 今宵、その"縁"、断ち斬らせてもらいやす」
その鋭く研がれた刀のような、しかし同時に月の光が優しく辺りを照らし出すような、心地よい響きの声が、私の後ろから響いてくる。
ゴウ、との後ろの炎が大きくはじけた。
感じる。背後にその力強い気配が。彼氏も、骸骨も。その場にいる誰もがそこを見て固まっていた。そんな中で私はただ一人笑みを浮かべながら彼女の姿を見る。
「よう、姉さん」
ボロボロの服装、ぼさぼさの頭。何処にいても変わらない、小町ちゃんのそのスタイル。想像通りいつものようにニカッと男くさく笑う小町ちゃんが、そこに立っていた。手には炎に照らされて爛々と輝く、短い刀――合口を握り締めて。
「言ったろ、もし姉さん達の邪魔をする奴がいたら、俺が断ち切ってやるって。……悪いがな、そこの骸骨女。いい女なら“縁”が無けりゃさっさと諦めるんだな。生まれ変わった女と彼氏を恨み続けるなんざ、湿っぽすぎるだろ」
そう言って、小町ちゃんは手に持った合口を構える。
「その因“縁”、俺がここで断ち切ってやる」
そうして、私と彼を観客とした小町ちゃんの舞踏が始まった。
(六へ続く)
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弁天娘の縁切行脚!
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