倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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 小町ちゃんが駆ける。ネコ科の動物のようなしなやかさを持って、瞬時にトップスピードへ。そのまま合口を両手で握り、牙をつきたてるように骸骨女に穿つ。
 しかし骸骨女もさる者、その一撃を体をずらして何とかかわす。避けられてしまった小町ちゃん、だがその顔は諦めていない。唇を釣り上げた獰猛な笑顔のまま、体を反転させて体全体で着地する。その勢いを再び自身の力に変え、疾風の如く骸骨女へと向かって行った。
 体制が崩れている骸骨女はそれをかわすことができない。ただゆっくりと、その爪をもって小町ちゃんを迎撃する。
 
 ガキィ!
 
 骸骨女の爪と小町ちゃんの合口がぶつかり合い、火花が散る。その衝撃で炎の壁が揺れた。しかしその均衡も一瞬。やはり人ではない者はその惰力も人と異なるのか、完全な力比べになると小町ちゃんが不利になる。瞬きの後、彼女は弾き飛ばされてしまった。
 
「ック!」
 
 飛ばされながらもクルリと態勢を整えて、着地する小町ちゃん。そこに向かって宙を滑るように近づいて行く、骸骨女。
 小町ちゃんの顔が驚きに染まった。
 
 ザク!
 
 瞬間的に姿勢をギリギリまで低くした小町ちゃんのすぐ上を、骸骨の爪が薙ぐ。避けられたと思ったその攻撃は、しかし小町ちゃんの腕を掠っていった。傷は決して深くない。しかし小町ちゃんの腕からは、少しずつ赤い液体が流れて行く。
 
「……クソ。やっぱりこういうのは当たるのか。ったく、もうちょっとマシな縁の切り方しろってんだよな!」
 
 追撃しようとした骸骨女の攻撃を、地面に引き絞っていた自分の体の反動を利用して大きく後方に飛ぶことでかわす小町ちゃん。血にまみれたその腕をぺろりと舐めると、再び獰猛な笑顔を浮かべて疾駆した。
 
 瞬時にぶつかりあう二人。そして、舞う火花と二人の踊り子。
 一人は黒い髪を振り乱し、全力で駆けまわる獣の歌姫。
 一人はその肉すら落とした体で舞い続ける、死の化身。
 その幻想的であり得ない光景を、私はただただ眺めているしかなかった。二人は踊る。ステージは煉獄の最中。観客は私達二人だけ。しかし私達を取り囲む炎が二人のぶつかり合う衝撃に揺れ、幾百の観客のように体を震わせる。ただ、二人の舞踏は幻想的だった。
 
「……あの子は、一体……?」
 
 私と同じく、呆けた様子でその光景を見ていた彼が呟く。出血は圧迫することで収まっているが、それでも流した血液は少なくなく、顔も青い。彼の状態が良くないのは素人目にもわかった。
 しかし私は、それほどに心配していない。なぜなら、小町ちゃんが戦っているから。どんなに困難な道のりも歩いていける力強さを持った、あの子が戦っているから。それならきっともう大丈夫。
 
 小町ちゃんの事? 私にもわからないわ。………案外、女神さまかもね。
 
 私達はただ、身を寄せ合いながら二人の演目を見続ける。二人の踊り子が演じ続けたこの演目も、すでにクライマックス。――決着がつく頃合いだった。
 
『……くぉ……!』
 
 バキン、と音を立てて骸骨女の爪が折れる。それは一枚だけではない。すでに両の手にあったそれらの凶器は全てはがれおち、かけらが地面に散らばっていた。
 武器を無くした骸骨女。すでに、決着がついたのは明らかだった。
 
「悪いな……俺の後ろにいる奴の方が、ちぃっとばかしお前より面倒くさいんでな。お前ごときの呪いに、負けているわけにはいかないんだよ」
 
 ただし小町ちゃんの方も満身創痍の状態だった。髪は所々切り裂かれているし、服も同様。元々ボロボロの服装だったが、今はその穴の数を増やしている。そしてその両方が血まみれ。真っ赤な体のまま、それでも小町ちゃんは笑っていた。決して、弱気になっていない。
 その姿はまさに、運命に立ち向かう戦士のようだった。
 
『口惜しいや……! 何故、我が邪魔をする……!?
「姉さんに借りがあるから。姉さんと彼氏さんに幸せになってもらいたいから。そして何より――」
 
 小町ちゃんがその合口を逆手に握って構え、そのまま骸骨女の前に立つ。二人の間を阻むものは何もない。ただ小町ちゃんはその合口に想いを乗せて振り下ろした。
 
「――お前みたいに、嫉妬していつまでもうだうだ言ってる女が大っ嫌いだからだよ!!
 
 ドス!
 小町ちゃんの持つ合口が遺骨女の胸を穿つ。刺された骸骨女はその暗い双眸に驚愕の光を宿し、ただ己に突き立ったその合口を見つめていた。
 
「……その因“縁”確かに断ち切った」
 
 ……カチン。
 小町ちゃんの合口が白い鞘に納められる。今宵の舞踏はこれにて終幕。後に残されたのは一人の少女と――一人の、女性。
 
『我は……いえ、私は……』
 
 合口が抜かれたその時から、骸骨女の姿はみるみるうちに変わっていった。古ぼけていた藍色の着物はまるで新品のような輝きを放ちだし、その双眸にも優しげな光が灯りだす。先ほどまで骸骨でしかなかったその体も、今はたおやかな女性の体となっていた。
 長い髪の美しい女性。本当はそういう顔つきだったのだろう、穏やかな顔をして佇ずんでいる。もはや禍々しさはどこにもなくなっていた。
 
「やれやれ。ようやくすっきりしてくれたか。なら、もう判ってんだろ。さっさと向こうでいい男探せよ。……今のあんたなら、きっと引っ張りだこだろうさ」
 
 小町ちゃんが呆れた様に上に向かって指をさしながら言う。確かに今の彼女なら、さぞもてることだろう。呪われていた私としては複雑な気持ちだが……何も言う気はない。
 私は彼の手をそっと握る。それだけで私は幸せだった。
 
「ええ、そうね……もう心残りはないし、行くわ。 ……ありがとう、弁天様」
 
 そうしてその女性は、私たちの方を見て申し訳なさそうに頭を下げた後、満足そうに微笑んで消えて行った。後には何も残らない。ただ、優しげく涼やかな風が私達の体を撫でて行った。
 
「弁天っていうな。俺はそう言われるのがものすごく嫌いなんだよ。……まぁいいか。それより姉さん」
 
 クルリ、と振り返り私を見つめる小町ちゃん。少しだけ申し訳なさそうな目で私の顔を伺っている彼女は、なんだかとてもおかしかった。
 
「すまねぇな、俺の方で勝手に話進めちまって。もしかしてあの女に何か言いたかった事があったんじゃないか? よくも何年も呪ってくれたな、とか」
 
 困ったように頬を掻きながらそうやって言う小町ちゃん。まるでいたずらした子どもが親の前に立たされているみたいなその仕草。それがあんまりにも可愛かったから――ちょっと、いたずらをしてみたくなる。
 だから私は少しだけ笑ってこう言った。
 
 そうね。良くも私の小町ちゃんを傷つけてくれたわね、って言ってやればよかったかな。小町ちゃんは私の物だーって。
「………まぁ、何だ、俺にそういう趣味はないからな……?」
 
 くすりと笑う私と、若干顔を赤くしながら一歩下がる小町ちゃん。そしてそれを見ながら呆れている彼氏。穏やかな風の中、私達は確かにそこに立っていた。
 
 シュウウゥゥゥゥ……。
 周りの炎が収まって行く。演劇が終わり、観客に帰ることを促しているように。
 ……そうして、気がつけば私たちはあの道にいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さて……んじゃ行くか」
 
 小町ちゃんは自分と彼の手当てを済ませると、ボロボロの服装でそう言った。一応、赤く血に染まった服とは別の服に着替えたはずなのに、それまでボロボロというのが何とも言えない。
 
 まさか、今から旅に出るの? 今日はもういいじゃない。ううん、怪我を治してからだって――
「悪い。俺は気分屋だから。こんなに月が綺麗な夜なんだ、そういう日に旅に出たい。……それに、姉さんの幸せへの門出だからな。“縁”起がいいだろ!」
 
 私の説得にも応じず、ニカッと笑う小町ちゃん。その目は強い、本当に強い意志の力を宿している。これ以上私が止めてもきっと無駄だろう。
 
「やっぱり正直、本当に姉さんがうらやましいよ。一緒に不幸に立ち向かってくれるいい男がいるんだからな。……彼氏さん、姉さんを幸せにしてあげてくれよ?」
「……ああ、判ってるさ」
 
 彼は傷ついた体を庇いながら、それでもやっぱり膝を地面につけることなく笑ってそう言ってくれた。私はそんな彼に寄り添い、その体を支える。
 
「よし……それじゃ、もう行くよ。じゃあな、姉さん」
 
 小町ちゃんは道を歩き出す。たった一人、誰とも寄り添わずに。その背中には、何所までも強い彼女の意思と――寂しさが浮かんでいた。
 
 
 
「小町ちゃん、また会おう!? きっと私たち、幸せになるから! 幸せになれるから! だから、また会おう!?
 
 
 私はその寂しげな背中に向かって、大きな声で叫んだ。
 私たちは、きっと幸せになれる。私達にかけられている呪いなんてものは関係なく。私は、小町ちゃんは、それに立ち向かっているのだから!
 
「そうだな……姉さん! また会おう!」
 
 小町ちゃんが振りかえって手を振る。その顔は最高の笑顔で。泣きながら、笑っていた。
 
 
 
「ねぇ?」
「何だ?」
 
 そのまま小さくなる小町ちゃんの姿を、私と彼はずっと見ていた。一歩、また一歩と歩いて行くたびに小さく儚くなっていくその背中。でも月が、星々がその道を照らしてくれていた。きっと、小町ちゃんは大丈夫だろう。
 
「私ね……子どもが欲しいな。女の子」
 
 私がそう告白すると、彼は少し驚きながらも頷いてくれた。
 
「名前も決めてあるの。素敵な女の子の名前」
 
 それは強くて優しくてかわいくて。運命に立ち向かう、素敵な少女の名前。
 
「……またね、小町ちゃん」
 
 私の左手の薬指には、指輪が。右腕には、小町ちゃんのミサンガが。
 
 そう、きっと。
 私たちは幸せになれる。
 
 
第四話 完
 
 
 
 

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面白かったです!一気に読んでしまいました。
やっぱり、小町ちゃんのバトルシーンはすごいですね。
あと、縁「切」ばかりじゃなく、縁「結び」もしているところが、なんか嬉しかったです。

ミサンガ、懐かしいです。あれは、実は切れたら願いが叶うんですよ。
ミサンガが切れるころ、小町とお姉さんが再会できるといいなー、なんて思いました。

2010/9/26(日) 午後 8:42 [ - ]

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AKARIさん、こちらもどうも。
ええ、ミサンガは色々と小町とのつながりが欲しいなー、とか思って急きょ作ったアイテムでした。小学生? 中学生? の時に女子が使ってたな−、と思い出して。
ただ自分で書いてちょっとテンポが速過ぎたのがアレかな、とも思いました。やっぱり話を膨らませて行きたいです。

2010/9/26(日) 午後 8:46 倉雁 洋


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