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「ほらほら、もっと腰入れてドブあさらないと、全部綺麗にならないぞ」
「隊長……は、見てる……だけ。だから……いいですけどっ! こっちはもう腰が痛くてしょうがないんですよ!」
「腰が痛いだなんてそんな。まだ若いんだから頑張れよ。女の子に嫌われるぞ?」
「何の話ですかっ!」
サディアス王国の首都サディアス。鉄とレンガでできたこの街も、大戦が終わってから人口が増加の一途をたどり続けている。それだけ人が増えてくるとやはり街も汚れてくるもので、道端にはゴミが散乱していることもしばしばだった。
当然、国としては住環境も気をつけなければならず、ゴミが詰まって悪臭を放ち始めたドブには住民たちの苦情が殺到していた。そうした所をあさり綺麗にするのが……何故かイアン隊こと王国中央軍第二十番隊の役割だったのである。
袖と裾をまくり、腰に下げていた剣を外したリックが必死にドブをあさる。そろそろ秋風が冷たくなってくる頃。ドブの中の水も冷たくなってきており、それに手足を突っ込んでいるリックとしてはたまったものじゃない。鼻もまがりそうだった。
そんなつらそうなリックをよそに、隊長であるイアンはただその光景をぼーっと見ていた。
「おう、イアン! 今日も暇そうだな!」
「はは、俺はそれぐらいがちょうどいいだろ」
「ちょっとイアンさん。うちの周りのドブも綺麗にしてくれないかい?」
「んー、まぁ大丈夫かな。後で行くよ」
そんなイアンに次々に話しかけて行く街の人々。誰もがイアンに気兼ねなく接し、彼に笑いかけてくる。かつてはイアンに熱狂していた国民達も、今では遠慮なく彼に話しかけてくる。その有様はどちらかというと近所の有名人。元英雄という感じはしないが、むしろそれがイアンらしくもあった。
ただし、声をかけてくるのは精々二十代半ば以上。それも、年々減ってきている。それよりも若い子ども達はイアンに全く興味が無く、むしろ遠目にその冴えないおっさんの事を見て、嘲笑すらしているようだった。
これが、イアンという人間の位置。忘れ去られて行く、過去の英雄という立場。彼自身が自分の銅像などを拒み、その姿を残すことを良しとしなかった事もそれに拍車をかけた。彼は決して自分から表に立とうとしない。いつだって――祭り上げられていた。
イアンはそんな子ども達を見るたび曖昧な笑顔で微笑む。彼にしてみれば、今の立場こそが自身にふさわしいのだ。かつて英雄と呼ばれた方が似つかわしくなかった。それが分かるからこそ、彼はただ微笑む。
――その姿は、ただ哀愁があふれていた。
「隊長! もういいでしょう!? 十分綺麗になりましたよ!」
「ん? おお、悪い悪い。んじゃ次はあっちだ」
「って、まだあるんですか!?」
「いや、軍のは終わったんだけどな。さっき頼まれた」
「な――――っ!」
絶句しているリックをよそに、コツ、コツと義足で歩いていくイアン。その一歩一歩は決して軽くない。自身の体に合わないその義足は、思った通りに動いてくれない。ただ一歩踏み出すごとに、ぎしりと体に食い込んだ。
右足切断。かつて戦場をその足で駆けまわり、独特の戦闘スタイルで戦い続けた英雄は、大戦における最後の戦いでその足を犠牲にした。理由は大したことない。ただ、仲間を助けるために少し無理をしすぎたというだけのこと。ただその相手が――国のトップの息子だったというだけの事。
あまりに多くの敵を倒し、国の勝利に貢献し、さらには要人を守った。そんな人材を国が放っておけるわけもない。国民の熱狂的な支持を集め、国は平民出身の彼を『騎士』と認め英雄へと祭り上ることにした。彼の名前は他の国にも響いている。外交上、そして政治上彼の存在は都合がよかった。その結果が――今の彼の現状。まさしく、飼い殺し。
「よし、後は此処だけだぞ。ここが終わったら今日の任務は終了だ。適当に報告したら、飯でも食いに行こう」
「もちろん奢ってくれるんですよね?」
「…………ああ」
「なんですかその間!?」
ぶつぶつと文句を言いながらも、リックはドブをあさる。なんだかんだと真面目な少年だった。
「相変わらず、部下の扱いが厳しいな、お前は」
「おや、誰かと思えば隊長殿。お忍びですかな?」
「忍ぶも何も、とうに引退した身だ。年寄りが街を歩いて悪い話はないだろう?」
やっぱりリックの仕事をぼーっとみているイアンの横に、いつの間にか一人の老人が立っていた。杖をついた、初老の男性。体は小さいが、ただその目つきの鋭さなどから見た目よりも大きく見える。
普段は不真面目なイアンも、彼に対しては少しだけ真面目になる。気だるそうに敬礼を続けるイアンに、老人は手を下げるように指示した。
「しかし、隊長か……お前を指揮したのももう二十年近く昔だと言うのに、お前はまだ私をそう呼ぶのだな」
「そりゃまあ、隊長殿は隊長殿ですから」
「……お前らしいな」
イアンが一兵卒として戦場をかけていた頃、その指揮をしていた人。好き勝手に戦場を走り回っているイアンに、何度煮え湯を飲まされていたことだろう。今のイアンになら、その苦労が少しだけ分かる。ただ奇妙なことに、この人はそれでもイアンを切り捨てようとはしなかった。自分の汚点になると知りつつも、最後の最後まで彼が走り続けるのを止めなかったのである。
「結局、お前が英雄に祭り上げられたおかげで、その功績が認められて私まで名誉をもらうとはな。人生とはよくわからないものだ」
「まぁ、隊長殿には迷惑かけましたから。私の存在が少しでも役に立って良かったですよ」
「……お前には済まないと思っている。私にもう少し力があればお前をこんな飼い殺しみたいな形にすることはないだろうに」
生かされるでもなく殺されるでもなく、ただ無意味に人生を送るイアン。元隊長に力が無いわけではない。彼の元にいた兵士の中には、今や重要な役職についている者もいる。ただ彼らを含め、軍や貴族の中の大多数がイアンにいい顔をしていないのが事実だった。
ただでさえ平民上がりなのに、英雄とまで言われてしまっているイアンが。その独特の戦闘スタイル――騎士にあるまじき不意打ちを得意としていたイアンが。そんな彼が、仕方なしにとはいえ騎士として名前を与えられてしまっているという事実が。彼らにとっては、ただ憎らしいのだ。
すでに大戦が終わってから十七年が過ぎたというのに、彼らの謂れのない憎しみはイアンに向けられ続けている。数少ない理解者がいなかったなら、とっくの昔に暗殺されていたかもしれない。イアンの幸運としてはそうした人達がいたということと、その右足を失ったことでそれ以上の戦働きができなくなったことだろうか。
それらは同時に、彼の不幸でもあった。もしそうした理解者がいなければ。右足が失われていなければ。彼は今すぐにでも戦場に駆けて行って。
そして――
「まぁ、そんな過ぎた話はどうでもいいんですよ。あと十年もすれば私も退役させられるでしょう。それまでのんびりすればいいだけですから」
「そうか……」
二人はただ街を見る。煉瓦でつくられた町並み。遠くに見える、工場の煙突。笑う子どもたちの声、……半泣きで笑いながらドブをあさる少年。それらすべてが、彼らが戦い抜いた証。
生き抜いた者たちはただそれを見続ける。それが今の彼らの役割でもあった。
「はぁ、はぁ、隊長、もういい、でしょう?」
「おう、お疲れさん。それじゃ帰るか」
リックが汚水まみれになりながら、心底死にそうな顔をこちらに向けてくる。確かにドブは綺麗になっていた。これだけやればもう十分だろう。
「それじゃあイアンさん、私はこれで失礼するよ」
「おう、爺さんも達者でな」
つい先ほどまで鋭い目つきをしていた老人は何所へやら。そこには柔らかな表情をした、年齢通りの小さな老人が立っていた。イアン、そしてリックに好々爺然とした笑顔を向け、杖をついて歩いていく。その姿はただの市民でしかなかった。
「? あのおじいさん、お知り合いですか?」
リックがキョトンとした顔でイアンに質問した。その間でもドブから出たごみを片付ける事を忘れていないのが彼らしい。
イアンはただその表情を見ながら、静かに微笑んでいた。
「何、ただの一般市民さ」
「ふぅん。相変わらず、あの人くらいの世代からは親しくされてますよね。今はこんなに使えないおっさんなのに」
「……お前、本当に言うねぇ……」
リックの鋭い言葉にも、まぁいいやと笑いながらイアンは歩き出す。コツ、コツ、と義足が響く。リックは慌てて両手両足をきれいに洗い流すと、荷物をまとめてその後を追いかけるのであった。
(三へ続く)
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