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「おい、イアン。うちで食ってくのは構わないけど、いい加減つけ払えって」
「スマン、今金欠でなぁ」
「ほんっとうにすいません! あの、僕が払いますから……」
それならまあ、と言って奥に引っ込む店主。
とある路地の奥まった場所。そこにそのパブはあった。この辺りは大きなゴミ捨て場が近くにある所為で、土地の値段が安い。そのおかげで安く食べられるこの店を、イアンは気に入っていた。一兵卒時代からたびたび訪れているが……最近は、少し店主の態度が芳しくない。何所か、イアンの事を腫れものを扱うような感じになってきている。
それも当然か、とイアンは思う。いい加減つけを貯めすぎた。この年齢となればさすがに出生払いも効きそうにない。正直、店主から見て上客どころかお荷物でしかないだろう。
だが生憎と、このイアンという人間はそんな状況でもへらへらと笑い続ける人間だった。店主には悪いが、追い出されるまでは此処にいる。そう、イアンは決めていた。
二人は大きな丸テーブルに隣り合って座る。店の中には、もう結構な数の客が来ていた。数少ない給仕たちがせわしなさそうに働いている。
「って、隊長お酒飲むつもりですか? 弱いんだからやめてくださいよ」
「んー、でも飲まないってのもなぁ。少しだけにしておくさ」
イアンとリックの前には葡萄酒。意外かもしれないが、リックの方が酒は飲める。孤児院では暖房器具の使用が限られていたため、早くから飲んでいたからだ。その点、何年飲んでもイアンはほとんど酒が飲めない。一時期はあっちこっちで飲まされていたが、最近ではそう呼ばれることも無い。
一杯の葡萄酒をチビチビと飲む四十路手前のおっさん。
その姿に哀愁を感じずして何から感じろと言うのか。
「やれやれ、相変わらずしけてますね!」
ふと、そんなイアン達に話しかけてくる人物がいた。うざったいまでの長い金髪、ムカつくほど爽やかな青い目、人目を引く長身。そして、常に幸せそうににやけているその笑顔。イアンの対極にいるようなその男はイアンの隣の席に勝手に座ると、給仕に適当に料理を持ってくるように指示を飛ばした。
そんな人物を見るイアンやリックの目は厳しい。リックはともかく、イアンがこれだけ嫌そうな目で他人を見るのは珍しいことだった。普段の彼なら、大抵どんな相手に対してものへっとした目線を送る。
「イシュー……どっから湧いてくるんだよ」
「固いこと言わないでくださいよ、イアン。私と君の仲じゃないか」
じと目で二人に睨みつけられても、我関せずにふるまうエセイケ面。店の中にいる女の子に声をかけながら、イアンの呟きに答えていた。
自称、遊び人のイシュー。どこぞの貴族の息子とか言うふれこみの彼は、イアンより少し年下。つまりは三十路すぎ。それでもこれだけ遊び回っているのは何の冗談だろうかと、孤児院出身のリックはいつも思う。
「イシューさんも暇そうですよね……うちの隊長とどっこいじゃないですか?」
「はは、リック君。そんなことを言うものじゃないよ。私の方がどう考えたって仕事しているでしょう?」
「……遊び人なのに?」
「遊び人だからこそ、です!」
リックの言葉に即座に反応し、立ちあがって叫ぶイシュー。足をテーブルにガッとのせ、店の中を見渡しながら演説を始める。
「遊び人とはそもそも何か。それはそう、遊ぶ人の事です。ただ遊んでいるわけじゃない、遊ぶことを職業としているということ。それは一体どれだけに困難な職業でしょうか、なぜなら仕事していても周りからは遊んでいるとしか見られず決して仕事しているとは思われないのですから。仕事をしているはずなのに誰も金を払ってはくれない! ああ、何と言う世知辛い世の中! これほどに失業者が世に溢れ、もはやどんな仕事も貴賎なしとまで言われるようになったというのに我々遊び人の仕事は蔑まれたまま! そんな失業者達に国は何をしてくれているだろう、炊き出し? 彼らが求めるのはそんな物ではない! 彼らに必要なのは、そう、仕事なのです! 我々が我々らしく、人間が人間らしく生きていくためには社会に貢献していきたい! それは遊び人とて同じこと、否! 遊び人として仕事を見つけその体を世間の冷たい目線に曝し続ける我々をこそ国は認めるべきだ! つまり何が言いたいかというと私も仕事しているのだということだよ、分かったかいリック君!」
「……はぁ」
「いいぞあんちゃん!」
「でも仕事しろよ!」
「ありがとう諸君! 今日の私は機嫌がいい、なぜならギャンブルでたっぷり勝ったから! さあ、ここの払いは任せてください!」
おおおっ!! と店中で雄たけびが聞こえてくる。その直後、注文の嵐が数少ないスタッフを困らせることになった。その原因を作った男は、いい仕事をしたと満足げな笑顔を作って改めて席に着く。イアンとリックはただただその店の雰囲気に圧倒されていた。
「相変わらず金遣いが荒いなぁ、イシューは。親父さんも泣くんじゃないか?」
「別に構わないでしょう。ただ使わずにため込むよりは、私みたいな放蕩息子が使った方が経済を回せるってものです」
貯蓄は消費を滞らせ、消費が減れば国の経済が弱まる。何処かの学者だかが唱えたその新しい説を、このイシューという男は何かと引き合いに出してくる。単に自分の浪費を正当化するための詭弁としか思えないが、学のないイアンにしてみればその真実は分からない。偉い学者が言ったんならそうなんだろ、という程度にしか考えていなかった。
そうこうしているうちに、テーブルの上にはどんどんとイシューが頼んだ食事が運ばれてくる。見るからに、イシュー一人に対して多すぎる。
「おいおい、そんなに頼んでも食べきれないだろう」
「君達も手伝ってください。それでも無理なら残せばいいでしょう?」
「だ、ダメですよ!」
イシューの言葉に一番反応したのは、他ならぬリックだった。彼にしてみれば、これほどの料理は見たことが無いどころか目の毒。どうにも心配になってしまう。
「そんな事をしたら、『赤い髪の魔女』に攫われますよ!?」
赤い顔をして叫ぶリック。喧騒に包まれていた店の中でも、その高い声はよく通った。店中の人間が彼の顔に注目している。
『プッ、ワハハハハハハ!!』
次の瞬間、店の中は爆笑の渦に巻き込まれた。中にはリックに対して拍手を送っている輩もいる。その笑いの中で、ただリックとイアンの王国中央軍第二十番隊の面々だけが静かにしていた。イアンは少しだけ真面目な顔をして無言。リックは顔を真っ赤にして俯いている。
「ハハハ、『赤い髪の魔女』は懐かしいですね。昔話の、悪魔たちを従えた魔女。子どもの頃は悪いことをしたら連れて行かれるぞっていうのが大人たちの脅し文句でしたね。いやぁ、懐かしい。こんな時代になってからすっかり聞かなくなってました!」
イシューは葡萄酒を飲みながら、心底面白そうにそう言った。食べ物を残したら『赤い髪の魔女』に連れて行かれる。物を大切にしなければ『赤い髪の魔女』に連れて行かれる。イシューくらいの歳の人間は、常にそうやって戒められてきた。
しかし大戦からこちら、王国はずっと発展を続けてきている。巷には新製品が毎日のように発売され、以前から使っていた物はすぐさま捨てられる。そんな生活が普通になってしまったこの国では、すでに『赤い髪の魔女』も効果が無くなってしまっていた。
大人たちがそんな生活をしているのに、どうして子ども達を戒められようか?
この国では、もはやそうした伝承も数を減らして来ていた。科学の可能性が広がっていく。山は穴をあけられた。森は切り開かれた。そこに、魔女はいなかった。
――すでに、この国に魔女の住む場所はない。
「……まぁ、俺も子どもの頃は村の人達に口を酸っぱくして言われたからな。『赤い髪の魔女』が来るって。だから俺は未だに割れた皿で飯を食ってるぞ」
「……隊長は早く食器を変えてください。あれ、スープが零れるんです。もったいない」
イアンは隣で俯いているリックの赤髪にポンポンと手を乗せる。思えばリックの髪も燃えるような赤髪。何らかしら、思うところがあるのかも知れない。リックも口ではそっけない言い方をしているが、それほど嫌がっているわけでもないようだった。
「いやぁ、リック君も面白い。今まで半年以上経ってイアンとそんなに仲良くしている兵士は初めてですよ。大抵はもう来なくなるか、呆れるかで関わらないようにするかのどっちかですから。そうしてるとアレですね、親子……いや、恋人みたいですね」
「誰がですかっ!?」
リックがイアンの手を振り払いながら立ち上がる。その顔は真っ赤なままだった。
「いや、リック君女みたいな顔してますし、結構ありかと思ったんですけど。今リック君、いくつでしたっけ?」
「やめてくださいよ! 僕は男ですし、仮に女だとしてもこんなうだつの上がらない中年のおっさんなんて絶対お断りです! 歳は十五です!」
「ほんと、お前は言うねぇ」
リックの物言いに若干イアンも引いているが、彼はお構いなしだった。どれだけイアンが無能か、どれだけ使い道がないかをこんこんとイシューに説いていく。
イシューの方はそれを面白がって聞いているだけだった。
「――だから僕がイアン隊長とだなんてあり得ない、って何ニヤニヤしてるんですか! 僕の話聞いてますか!?」
「ええ、聞いてます聞いてます。――そうか、それだけイアンの事を知ってるのですね」
リックに怒られながらも、イシューは楽しそうだった。
さっき彼が言った通り、この部隊に配属されて半年でこれほどにイアンの事を理解しようとする人間は皆無だった。だいたいが辞めるか諦めるか。そのことが、イアンの親友を自称しているイシューには嬉しかった。
イシューはにやにやしながらも、テーブルに載せられた料理を指差す。
「とりあえずこれを片付けましょう。もったいないというのなら、リック君が頑張って食べればいい。私は応援しましょう」
「だから、僕の話を……って、確かにせっかくの料理が冷めちゃうのももったいない! ほら隊長、さっさと手を動かして下さい! 足がダメでも手と口は動くでしょ!」
そう言いながら、リックはその料理群をテキパキと小皿に分けて行く。何気にイアンに渡す量が多いのは嫌がらせなのかそれとも無意識の好意からなのか。
なんにせよ、その日イアン隊+αは騒がしく面白い夜を過ごしたのだった。
(四へ続く)
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