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「た、隊長。なんかすごい人がいるんですけど」
「ん?」
リックに言われて、列をよく探してみる。リックの指さす方にはなるほど、確かに目立つ二人組がいた。
格好がまず怪しい。二人して真っ黒いローブを着こんで、顔を隠している。片方は普通の男くらいの大きさ。もう片方は随分と小さい。恐らく、子どもだろう。
そのでこぼこな感じが人目を引くが、イアンはそれ以上に男に注目していた。ローブの不自然なふくらみ、そしてローブの下から僅かに見える、籠手や足。何処の国の物かはわからないが、恐らく鎧を着込んでいる。それもかなり実践的な……昔使われていた、フルプレートのようなものを。
イアンは笑いながらも、腰に下げたナイフを意識する。すでに戦わなくて久しいが、あの当時から使っていた最も身になじんだ武器。かつてはこれを手に戦場を駆け巡っていたが、今は足も使えない。相手の力量は分からないが、恐らく時間稼ぎくらいにしかならないだろう。
万が一の時は、シスターとリックを逃がす。それだけを、イアンは心に決める。
そのイアンの緊張が伝わったのか、リックはおどおどとしていた。麦粥を配る手も震えている。
一刻、刻一刻と彼らが自分たちのところに近づいてくる。それに合わせるように張りつめて行く空気。
男の方がリックの目の前まで来る。リックはもはや麦粥をその震える手で慎重に器によそうと、ゆっくりと彼にその皿を渡した。その男は恭しくそれを受け取り、子どもの方に手渡す。その流れは見事で、イアンの目にはこの男が何処かの騎士であるように思えた。
重たい時間の中、男が再びリックに向き直り深々と一礼。そして――
「サンキュー、○ァッキン兵士」
――空気が、凍った。
低く重い声で辺りに響く、あまりにも軽い言葉。この男の今までの動き、そしてその落ち着いた声とその言葉のあまりのギャップに、その場にいたイアン、リック、そしてシスターたちは置いてけぼりを食らっている。列に並んでいる人間たちすら、その空気に何も言えなくなっていた。
『ちょ、ちょっとアクタマル。なんか皆変な顔してるよ? ちゃんとお礼言ったの?』
『はて。あの男の知識では今の言葉がこの国の最高の礼だとあったのですが……』
空気があまりにもおかしくなったことに気がついたのか、二人組は突然その場にしゃがみこんで会議をしていた。その言葉は異国の物で、イアン達には理解できない。ただ、小さい方が慌てていることだけは分かった。
「悪ぃ悪ぃ。ちょっちこの国の言葉に慣れてなくってよぉ。そんなに気にすんなって。この○ァッキン兵士ども。テメェのおかげでうちの姫さんがイキそうだってさ。サンキューな、○ァッキン兵士」
立ちあがった男が再び声を発す。大仰な身振り、そして恭しい態度。その態度だけを見れば、彼はまさに一角の騎士と言うにふさわしいだろう。しかし口から出てくるのはFで始まる言葉に加え、あまりにも汚い言葉達。
イアンは思わず頭を抱える。誰だ、この武人にこんな変な言葉を教えたのは、と。
『あ、アクタマル! 早く行こう、どう考えてもおかしいよ!』
『お待ちください、姫。最後にこの、恐らく隊長と思しき人物に挨拶を。この御仁の緊張、そして動き。恐らくはなかなかな力量。同じ武士として見過ごすわけには……』
『分かった、分かったから早くして!』
『ふむ。感謝します、姫。しからば』
小柄な、姫と呼ばれた方が男のローブを引きながら何かを言っている。恐らくは早くここから離れたいのだろう。それはイアンにもわかる。後ろの方からも早く行けという空気が流れてきているし、正直あまり好ましくない。
それでもその男はそんな雰囲気を完全に無視し、イアンの方に向き直って長い口上を上げ始めた。
「テメェが○ァッキン兵士の頭か? 世話んなったな。俺っちの名前はアクタマル。こっちはうちの姫さんだ。ちょい長旅してたんだけどよ、この辺りで食いもんがつきかけてな。テメェらの○ァッキン飯のおかげで助かったぜ。考えてみりゃ、ずっとあっちの方から歩きっぱなしだったんでよ、もうへばってへばって。も一度、サンキューな」
そこまで言って頭を下げる男、いやアクタマル。その動作は洗練され、長く貴人に仕えているだろう事が良く分かった。流麗な動きが美しいとすら思える。だが、やっぱり言っていることは意味不明。イアンは結局、曖昧な笑顔で返すしか他なかった。
「えっと、こちらこそ、ご丁寧なあいさつどうも」
「ああ、邪魔したな。んじゃ」
イアンが礼を返すと、アクタマルと名乗った男は満足そうに頷き、姫に手を惹かれてその場を去って行った。姫の足は駆け足。まさに逃げるようである。
その光景に列に並ぶ人々は一時言葉を失っていた。その瞳も、怨むべき相手ではなく妙な二人組の去る姿を見続けている。
しかしそれもつかの間。しばらくすれば、やがて忘れまた配給を受け取る作業に戻る。再び恨みのこもった目線でイアンを睨み続ける。何事も無かったかのように元の流れになる。
ただ一人、リックだけがその場に取り残されていた。彼は麦粥をよそうお玉を手にしたまま、大きく口を開けて二人の行く先を見ている。
「……結局、何だったんでしょうね、あの人たち」
「さぁ。多分、悪い奴らじゃないとは思うけど。ほら、リック。早く配らないと」
「あ、はい。すいません、お待たせしました!」
イアンに肩をたたかれ、自分の職務を思い出すリック。またテキパキと器に麦粥を流し込み、渡していく。彼もまた、遅ればせながら本来の流れに戻っていった。
イアンはその後ろで、一人へらへらと笑い続けていた。その様子はいつもと変わらないように感じるが――その実、彼だけが未だにあのアクタマルという男に心奪われたままだった。
リックは気付かなかったが、イアンの額には玉のような冷や汗。そして片手はまだ腰のナイフに伸ばしたままで、さらにもう片方の手は震えていた。
もしあのまま戦っていたら、自分はここにいるリック達を守れただろうか。
イアンは自分で自分に問いかけ、そして自らそれに答える。恐らく守ることだけはできる。逃げる時間だけは稼げる。しかし自分は――無理だ。
ただでさえイアンは片足を失い、しかも粗悪な義足の所為でバランスもとれるか怪しい程である。その状況であれほどの身のこなしの人間を相手にするのは、はっきり言って自殺行為でしかないだろう。仮にもかつては英雄と呼ばれた男。戦わなくなって久しいとはいえ、イアンの頭の中にはその手の危機感知能力が未だに作動し続けている。
「イアン隊長、そろそろ材料が切れそうで……って、何笑ってるんですか?」
「ん? ああ材料か。リックはそのまま配ってな。俺が行って来るから」
「え、でも隊長、足が……」
イアンはそうリックに指示し、コツコツと義足を鳴らしながら歩いていく。思いのほか素早く去ってしまったそのイアンに、リックはそれ以上言葉をかけられなかった。
イアンはリックに言われてようやく自分の口角が上がっていることに気がついた。歩きながら、頬に手を当ててその感触を確かめる。その笑みは、決して消えない。
勝てない。今のイアンでは、勝てない。
イアンの脳裏に今の男のイメージが浮かび上がる。どういう戦法をとるのか、どういう道具を使うのか。それすら分からないが、間違いなく自分はそのイメージの中で負けていた。
彼は自嘲する。それほどまでに役立たずになっていた自分を。そんな人間を使い続けているこの国を。
彼は――いや、彼を使い続けるこの国自体が。
どこまでも、しけていた。
(閑話一へ続く)
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しけた英雄の使い道。
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出版してほしぃですぅ!!
あたし買いますっ!
ほしいなのですっ
2010/10/2(土) 午後 10:14 [ - ]
赤猫さん、こちらもどうも。
う〜ん、出版はどうでしょう(笑)。
まず完成させて、応募して、賞をもらって……。
中々難しいですね(苦笑)。あくまで趣味でかいてますので……。
でも、そうやって言ってもらえると嬉しいです。
赤猫さんの期待に添えるよう、まずは面白い作品を書けるように頑張りますね。
2010/10/2(土) 午後 10:18