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「姫。目的の物は見つかりましたかな?」
「ううん、まだ。ここじゃないのかな……」
闇の中で、二人の人影が蠢く。一人は黒いローブを身にまとった小柄な人影。もう片方は、同じく黒いローブを身にまとった男の影。すでに辺りは夜の帳に包まれ、丸い月の光だけが僅かに二人を照らし出していた。
「そうですか。しかしこれほどに大きなゴミ捨て場。恐らくは何処かに有るかと」
「うん……でも見て、アクタマル。これなんてまだ使えそう。都会の人って、物を大事にしないのね」
姫の視界に映るのは、壊れた柱時計に車輪の外れた馬車、穴のあいた鍋。それらは人のために生まれ、人の役に立ち、そして朽ちて捨てられたもの。いわゆる、ゴミ。そのうち手元にあったティーカップを、彼女は持ち上げる。淵が欠けている以外、そのまま使っても問題が無さそうだった。
今まで見たほとんどの村だったら、これくらいの破損なら問題なく使っている。旅暮らしが長い彼女たちならなおさらだ。粉々に砕けるまで使い続けるだろう。彼女たちからしてみれば、こんなものを捨ててしまうこの国はいささか正気を失っているように思えた。
二人がいるのは、サディアス王国のとある場所にあるゴミ捨て場の中だった。使われなくなった家具、道具の墓場。そこで二人はゴミをあさっていた。
彼女たちは知らないが、昔はこの国もこうではなかったのである。特に大戦中などは多くの物が徴発されたこともあり、むしろ市民達は物を大切に使ってきた。
しかし大戦が終わってから早十七年。発展していく工場と毎日のように発売されていく新製品達。今や巷には物があふれ、次から次へと買い換えて行くのが美徳と思う人間すらいる。そのために経済発展を果たしたとはいえ、代償にしている物も大きかった。
その一つが、ここのようなゴミ捨て場問題である。溢れだしたゴミを処理しきれず、こうして街のあちこちに同じようにゴミ捨て場を作り続けて行く。ただでさえ土地が少なくなってきているというのに、さらにそれを圧迫するゴミ捨て場。この国はこうした点でも問題を抱えていた。
とはいえ、姫もアクタマルもただの旅人。この国がどれほどの問題を抱えていようとも、彼女たちにはそれほど関係が無い。彼女たちはただ、自分達の目的のためにこのゴミ捨て場に逗留しているにすぎなかった。
「しかし今日あったあの隊長殿。あれは中々の御仁でしたな」
「あの冴えない顔してた人? う〜ん、私にはそう思えなかったんだけど……」
「確かに目に力が無かった。恐らくは心を閉じたくなる事があったのでしょう。しかし拙者の呼吸を読もうとするあの動き、そして一瞬感じた武士の心。彼はきっと名のある武人でしょう」
「アクタマルが言うならそうなんだろうけど……」
ローブの中から聞こえてくる姫の声は晴れない。アクタマルの事は信じているが、どう考えてもあの冴えないおじさんがそれほどにすごい人物だとは、彼女には到底思えないのだ。
「あら、その冴えないおじさんって、もしかしてイアンちゃんの事じゃない?」
「おばさん。あのおじさんの事、知ってるの?」
姫のものでもアクタマルのものでもない声が辺りに響く。二人がいるのは夜の帳の中。彼女たちが見える範囲に、人影はない。ただ声だけが聞こえてきていた。
「そりゃもう。イアンちゃんとは同じ村に住んでてねぇ。一応はお隣さんだったのよ。あの子も昔はもっとやんちゃな子だったんだけど、今じゃ随分枯れ果ててるみたいね。噂によると」
「ほう、その話、詳しくお聞かせ願えないだろうか」
「アクタマルさんがそうおっしゃるなら、話してあげてもいいんだけど……」
姫とアクタマルが静かに聞き入っている中で、声の主は少しそのトーンを落とした。若干、申し訳なさそうに声を出す。
「いえね、村が大戦の戦禍に巻き込まれてからこっち、全く姿を見てないのよ。精々がうわさ話くらいで。だから詳しい話はちょっと」
「そっか……」
姫が残念そうに呟く。アクタマルはともかく、姫も実は結構楽しみにしていたらしい。アクタマルはその様子に微笑ましいものを感じていた。
姫が故郷を追われたのはまだ五つの時。それから七年近くを二人で過ごしてきたが、どうやら年相応に、立派に成長してくださっているらしい。子育てをしたことのない彼にとってそれは非常に嬉しく、ありがたいことだった。この調子ならいつか必ず、お家を再興出来る日が来るだろう。
その時まで自分は、姫の傍にいられるだろうか。
アクタマルは自身の手を握る。ぎしりと軋む、蒼い籠手。すでに自身の鎧が作られてから幾星霜。姫と出会ってからだって、長い旅と数知れない戦いがあった。一年二年で動かなくなることはないだろうが――十年、二十年は難しいだろう。
だからアクタマルは願い続ける。自身はまだ、姫の傍にいたいと。姫の役に立っていたいと。
「でも、噂も最近じゃいい話を聞かなくなってるのよね。それどころか、むしろ悪いものばかり。昔は英雄って言われてたのに、ちょっと前は使えない人、今じゃ影で裏切り者呼ばわりされてるのよ」
「裏切り者? あのおじさんが?」
姫の脳裏に、へらへらと笑う中年の顔がうつる。
彼女もあの炊き出しの最中、彼に色々な人の目線が向いているのは分かっていた。こそこそと彼を非難する声も聞こえていた。ただそれでも笑い続けていたあの人は、とても悲しそうだったことを覚えている。
あの人が裏切るというのなら、何を裏切るというのだろうか。
「いやね。あんな使えない人が英雄だなんておかしい。本当は敵国と通じていて、あの手柄も仕組まれたものだったんだって。そういう噂よ。全く、イアンちゃんを知っているなら絶対にそんな事ないって言えるのにね。イアンちゃんの事をよく知らない若い子らの間では、そういう噂がまことしやかに言われてるらしいのよ」
「なんとまあ……」
アクタマルは思わず呆れてしまった。彼が何者なのか、彼が何をしたのか、彼がどう考えて生きているのか。アクタマルは何一つ知らなかったが、それでもそうした若者達の声には気分が悪くなる。真偽のほどはともかく、それでも自身の国の英雄をあしざまに言うなんて、忠義にもとる行いだろう。
しかし同時に、さもありなんとも考えていた。『英雄』と呼ばれる条件の一つ。多くの人の希望を集め、多くの人の恨みを集めること。
足元を見る。転がっているのは、まだまだ使えるものばかり。そして思い出す。昼の炊き出しに並ぶ、無数の人々の暗く沈んだ顔を。
アクタマルは昔話を聞くのが好きだった。あまり学のない自分に、多くの事を語ってくれた人がいた。その人は語る、多くの国が滅ぶ時はまずその仁の心から消えて行くのだと。
仁とは思いやりの心。今この国では、それが失われつつあるように感じる。
滅びかけた国を支えるためにはどうすればいいのか。その人はこう答えてくれた。――生贄をささげればいい、と。それは王かもしれないし、貴人かもしれないし、英雄かもしれない。ただ生贄をささげた時、人は心を落ち着ける。
恐らく、今この国は『英雄』という名の生贄を欲しているのだろう。もしそれを知っていて尚笑っていたとしたのなら――あの男は、一体どれほどの人間なのか。
「何か、悲しいね。国のために頑張ったのに、怨まれなきゃならない何て」
アクタマルの気持ちを察してか、姫が呟く。アクタマルが無言でうなずく横で、彼女は頭からローブを外し、月を仰ぎ見た。
さらり、と風に姫の髪が揺れる。肩までの長さで揃えられた、カラスの濡れ羽のように黒い髪。その髪型は、彼女の故郷で「かむろ」と呼ばれるものだった。顔つきもそれにふさわしい童女の物だが、しかし長い苦労の所為でずっと大人びた顔をしている。
「祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす――」
姫の澄んだ声が辺りに響く。朗々と謳われるは、彼女の故郷で有名な歌の一節。
ゴミ捨て場には彼女とアクタマルの姿しか見えない。遠く離れたその地で、異国の姫の歌は何処までも響いていた。
(六へ続く)
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面白いです!
設定やキャラクターがしっかり作られてますね。
そういえば、本文に書いてたんですが、アクタマルって漢字で表記すると芥丸なんですか?
2010/10/3(日) 午後 4:41 [ 大和 ]
大和さん。
おほめいただき光栄です。
でも結構行き当たりばったりなんですよ(笑)。
おっと、アクタマルはアクタマルです。
まあ、実際漢字にすると芥丸なんですけど。
一応、本編には関係ないところで意味があります。
本編の方はなおしときますね。
2010/10/3(日) 午後 4:53
中世ヨーロッパと、中世日本が合体している世界観なんですね。
たしかに、その当時の日本だと、十二歳はもう大人。
女性は成人して、嫁に出されてもおかしくは無い歳ですね。
だから、姫にはもう大人の知識と自覚があるのでしょうか。
しかし、この国って…高度成長期を経た日本がダブりますね。
使えるゴミから、国が滅びる予兆を感じますよ。
2010/10/3(日) 午後 7:26 [ - ]
AKARIさん。
そうですね、この国実際高度経済成長期、
さらには現代日本をモデルにしてます。
だから彼らの考え方は日本人的なところが多いんですよね。
いえ、自分が思いつかないということもありますけど。
姫は……微妙なところですね。
作中でもありますけど、五つの時に追い出されてずっと旅暮らしだとすれば、嫌でも大人っぽくなるでしょう。
ただしアクタマルの教育の問題で知識がどの程度あるかは不明(笑)。
一応、日本ではなく『彼らの故郷』ですので、十二歳が大人として扱われるかも不明です。……と、いうことにしておきます(笑)。
2010/10/3(日) 午後 7:32