倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

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 ガキンと、金属同士がぶつかり音が弾ける。刃と刃、互いの命運をかけた道具が火花を散らす。そこはまさに戦場。武人が命を散らす決闘の場だった。
 
「隊長!」
 
 リックが少し離れたところで倒れたまま、叫ぶ。彼の目の前ではイアンが今まで見たことのない形相でナイフを振るっていた。ナックルガードがついた、肉厚で特殊なナイフ。イアンはそれを両手にはめ、襲い来る刃を逸らして受け流し、反撃する。
 リックはその光景をただただ見ているしかできなかった。今年十五歳になったばかりである彼は、当然戦争になんて参加したことがない。鎧も剣も、ほとんど傷がない新品そのもの。そんな彼は、イアンと相手から発する闘気にそしてその場の空気に、完全に呑まれていた。
 頭では応援を呼びに行かなければならないことが分かっている。イアンにもそう言われていた。今回の任務では、もし戦いになって二人きりじゃどうしようもない時、助けを呼びに行けと。
 しかしリックは動けない。怖くて体が動かなかったということも確かにある。確かにあるが――リックはただ見とれていた。
 自分の隊長の、あの現ダメおやじと自分が称した彼に。『英雄』イアン・スタッブズのその独特の剣技の美しさに。
 彼はただ、英雄にあこがれる瞳で彼を見つめていたのだ。
 リックの視線の先で、イアンのナイフが走る。それは相手の剣先を見事に叩き、横に逸らせる。その瞬間にもう片手で相手の急所に的確にナイフを突き刺していく。
 しかしそれは、固い音とともに弾かれる。見れば相手の蒼い籠手がイアンのナイフを弾いていた。その固い拳は、そのままイアンへと向かって来る。
 
「っく!」
 
 イアンは上半身の動きだけでその拳をかわし、すぐに態勢を整える。戻った視界に見えたモノは、大きく剣を振りかぶった相手の姿。全力でそれが振り下ろされれば、彼にそれを逸らすことはできない。
 
「……!」
 
 だからイアンは前に出た。
 
 それと同時に振り下ろされる剣。しかし接近してくるイアンには、その最大威力をふるうことができない。イアンは振り下ろされる途中の剣を十字に構えたナイフで受け止めると、そのまま相手の胴に蹴りを叩き込んだ。
 
「って、無理か!」
 
 一瞬の均衡。
 弾き飛ばされたのは、しかし相手ではなくイアンの方だった。軸足にした義足がぎしりと痛む。彼はただその痛みに耐えながら、それでも相手の剣をかわして距離をとった。
 
「はぁ。やっぱり強いなぁ、あんた」
「……」
 
 イアンの軽口にも、相手は何も答えない。彼はただ、自身の剣を構えることでイアンに答えた。それを受けるイアンもまた、ナイフを構える。
 一拍の後、彼らは再び激突した。
 
 イアンは笑う、笑う、笑う。太陽が照らすその場所で、彼は狂ったように笑い続ける。眼前には幾重にも重なる剣撃。それをただかわし、受け、そして逸らす。
 かつて英雄と呼ばれた彼も、すでにその最盛期を過ぎている。さらには慢性的に運動不足だったことも重なり、イアンの肉体はとうに限界を超えていた。それでもイアンは痛む体を押さえ、使えない下半身を庇い、上半身のバネと筋肉を存分に生かして相手の喉元に食らいつこうとする。
 イアンは王国軍の中でも別格だ。腐っても、かつて数多の戦場を駆け抜けた英雄。衰えてきたとはいえ、体もよく動けているし、経験も豊富。しかしそれだけでは、相手に食らいつけなかった。
 相手はさらに別格なのだ。その長い片刃の剣。見たことのない蒼い籠手やすね当て、そして剣技。さらには経験。そのすべてが、イアンの上をいっている。相手の剣をまともに受けていたら、イアンはその軽鎧すら切り裂かれて絶命しているだろう。イアンの目にはその光景がありありと浮かんでいた。
 だからイアンは笑い続ける。いつものへらへらとした笑顔ではなく、唇を釣り上げ、目を血走らせた狂人の笑顔で。
 ――そう。今の彼は、狂っていた。
 
「……」
 
 相手はただ無言でイアンに斬りかかり続ける。彼もまた武人。彼は冷静に、勝ちを拾いにいく。彼の見つめる先には、すでにこの戦いの終末が見えていた。
 ガキンとイアンと彼の剣が幾度目かの衝突を繰り返す。その衝撃の変化が二人に同じことを伝えていく。すなわち、終幕の合図。
 その合図に答えるかのように、唐突にイアンのナイフが砕け散った。
 強度に劣っていたわけではない。ただイアンがかつてのように足を使えず、無理をしすぎたことがナイフの負荷を高めてしまったのだ。
 まるで満足しているかのように、大戦期からの相棒は無数のかけらに砕けて散る。
 ただそれを見てもなお、イアンの腕は止まらなかった。ナイフは無くなったが、ナックルガードは生きている。それを拳に嵌めたまま、イアンは渾身のストレートを相手に突き出す。
 
『……御免』
 
 相手が何処の国のものか分からない言葉でしゃべる。イアンの冷静な部分がその言葉を理解しようとしたのがいけなかった。
 固まった腕に振り下ろされる剣。ボキリと、嫌な音が右腕で奏でられた。
 
「隊長!?
「〜〜〜!!
 
 片刃の剣の、刃が無い方で腕をたたかれた。切れなかったとしてもそれは鉄の棒でたたかれたということ。人の骨がその衝撃に耐えられるはずがない。イアンの右腕は妙な形に折れ曲がっていた。僅かに遅れて伝わってくる鈍痛。そして熱を持ってくる、腕。
 痛い痛い、腕が痛い、義足が痛い、心が痛い。イアンはそんな痛みを感じつつも、それでも進もうとする。進んでしまう。
 
「やめてください隊長、もう無理です!!
 
 リックの叫び声も、今の彼には届かない。彼はただ狂ったように前に進み続けていた。相手の姿も、剣も見えていない。まるで――まるで、それが己の役割だとも言うばかりに前に進み続ける。
 リックの目に、砕けたナイフが映った。
 
『――その心意気や見事』
 
 イアンの相手――アクタマルが優しくイアンに語りかける。もちろん、彼にはその言葉の意味なんて理解できない。ただイアンはほんの少し、いつもの彼らしくにへらとアクタマルに笑い返した。
 アクタマルの拳がイアンの体を貫く。その威力は凄まじく、イアンの体を大きく吹き飛ばす。遠くまで転がされたイアンは、近くに泣き叫んでいるリックがいることを感じた。彼の涙が、頬を伝う。
 そこでイアンは意識を手放した。
 
 
 
(七へ続く)
 
 
 
 
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