倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

しけた英雄の使い道。

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「はぁ、まだ鳥肌立ってる」
 
 あの炊き出しがあった日から数日後。イアンは義足を引きずるように、豪奢な赤絨毯の上を歩いていた。彼にしては珍しく、げんなりとした表情である。
 彼がいるのは、この国で最も格式高い場所。すなわち、王宮。
 『英雄』が訪れる場所としてはこれほどしっくりくる場所はないはずだが、イアンは当然ながらこの場所が苦手だった。
 第一に、格式が高すぎる。イアンはさびれた農村の出身、こんな豪華なんだかよくわからないつぼを見せられたところで、何故使わずに飾って置くのかと言いたくなる。
 第二に、ここで出会う人間のほとんどが嫌いだった。王宮に入れるのは、軍や市民の中で名誉ある働きをしたもの、貴族、そして王族。貴族のボンボンはともかく、そこに来るほとんどの人間が一癖も二癖もありそうな顔をしている。そのくせ、イアンの顔を見るとあからさまに嫌そうな顔をしてくるから余計に気が滅入る。イアンはそういう時、ただ曖昧な笑顔を返して答えるのだった。
 彼がそれほどまでに嫌がるこの場所にいる理由は、たった一つ。
 
 『貴族会』からの呼び出し。
 
 文字通り、王国上層部にある有力貴族達の集まり。そこに、イアンは呼び出されていた。
 そもそも、貴族会はイアンの事をトカゲのごとく嫌っている。なぜなら、彼が騎士の称号を持つ平民だから。
 騎士とは貴族の功績を称える称号であり、英雄とはいえ平民のイアンにそれが与えられているのが我慢ならないという貴族は少なくない。
 ましてや、貴族会はその貴族達の中でも特に伝統と格式を重んじる集まりである。そんな彼らにとって、イアンは目の上のタンコブであった。
 実際、貴族会かは知らないがかつてイアンが『英雄』になりたての頃は、あからさまに刺客なんかも送られてきたこともある。その度に生き延びてきたが……今思えばその時に殺されていれば楽だったかもしれないとイアンは思う。
 刺客がぱったりと来なくなったと思ったら、それから定期的に貴族会の呼び出しを受けるようになった。やれ『英雄』としての仕事ができていない、やれ『英雄』として外交に参加しろ、などなど。呼び出される理由は毎回異なり、それでいて毎回同じ内容だった。
 言われなくても分かる。結局彼らが望んでいるのは、イアンという人間を『英雄』から引きずり降ろすこと。ただその一点なのだ。
 イアンを『英雄』と認めたのは王である。それを否定することは、王に反対するということ。さすがに、彼らもそこまでの危険は犯さない。だからこそ、ここしばらくはイアンに地味な嫌がらせをするにとどめている。
 ……のだが。
 
 この日は、いつもと会そのものの雰囲気が違った。
 
 まず、彼らの目が違う。普段はイアンの事をまるで虫か何かのように見下してくるのに、今日はそれがない。むしろ、こちらの機嫌を伺って来る者までいる。
 そして口調。彼ら特融の偉そうなしゃべり方は変わらないが、どこか威圧感が消えうせていた。
 正直な話、気持ち悪くてしょうがない。
 イアンはただその場から離れたくて必死だった。それが新しい彼らの嫌がらせだったなら、どれほどに効果的なものだっただろうか。
 その彼にとって地獄のような雰囲気の中聞かされたものは、ある任務だった。何でも、国有になっているゴミ捨て場に妙な人物が住み始めたので、それを調査、可能ならば追い出して欲しいとのことだった。
 今までの外交しろとかに比べれば、かなり拍子抜けする任務ではある。リックに伝えたら恐らくまたそんなことですかと言って来るだろう。だからこそ、イアンにはしっくりこなかった。
 恐らく、何か裏がある。
 そう思うのだが……逆に、あそこまで怪しい態度をとられてしまうと、そう思わせることが嫌がらせなんじゃないかとも思ってしまう。そこでまた、イアンは頭をひねるのであった。
 無心になって歩き続けたせいか、彼はいつの間にか王宮の外まで来ていた。二人の門番が直立の姿勢で構えている横を、へらへらと笑いながら抜ける。彼らの視線が強くなった気がしたが、イアンは特に気にするそぶりを見せずに通り過ぎた。
 王宮内の空気は、堅苦しいだけでなく何所か物理的な重さすら伴っている気がする。こうして外に出てみれば、遠くから汚れた空気が風に運ばれ、人々の雑踏が耳に届く。その雑多な感じの方が、イアンにはふさわしかった。
 
「おやイアン。こんなところで奇遇ですね」
「イシュー。お前こそこんなところで何やってんだ? 遊んでんのか?」
「嫌ですね、『遊び』じゃなくて『仕事』と言って下さいよ」
 
 イアンが王宮を離れて行こうとするその瞬間を狙ったかのように、彼の親友を自称する金髪のエセイケ面が現れた。わざわざ人ごみから飛び出して、イアンに手を振っている。
 彼はイアンの方まで歩いてくると、何所か芝居がかったその動きでイアンに指を向けた。
 
「この時間に君がここにいるということは……貴族会ですか?」
「ご明答。よくわかったな」
「何、簡単な推理ですよ。王宮嫌いで有名な君がそれ以外でここに来る理由が、私には見つかりません。やれやれ、困った英雄さんです」
 
 よく言う。
 イアンは心の中で呟いたが、口には出さないでいた。イアンとて、彼との付き合いが長い。イシューもまた出来るだけ王宮に近づかないようにしていることなんて百も承知である。彼の父親が王宮で働いているのだ、無理して近づいて雷を落とされる理由もない。それなのにイアンが王宮に来るたびに彼と出会うということは――
 
「――それで、イアン。今回の彼らの嫌がらせは?」
 
 イアンの考え事を遮るように、イシューが真剣な声で彼に問いかける。その顔は「遊び人」イシューの物ではない。いつもよりもはるかに真面目な表情をしていた。
 
「特に何も。変な任務があったくらいか」
「その任務とは?」
「ゴミ捨て場に住みついた怪しい人間の調査と追い出し」
「……確かに変な任務ですね」
 
 イアンから任務の事を聞くと、イシューの目が細くなる。
 
「他に何か情報は? 例えば、どんな人物が住みついたのか、とか」
「いや、そのあたりも調査対象だってさ。ただ……」
「? 何か、思うところでも?」
「いやなぁ」
 
 イシューの問いかけに、イアンはいつもの曖昧な笑いをしながら答える。
 確証はない。本当に、何となくそうじゃないかと思う程度の、直感。
 
「どうも心当たりがあるみたいなんだよな、その人物に」
 
 その命令を聞いた瞬間、何故かイアンの頭の中には妙な言葉でしゃべる厳格な武人が思い出された。
 
 
(八へ続く)
 
 
 
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