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「うう〜」
「何だ、まだ痛むのか? そりゃあの子はいい女だが、そこまでがんばらなくてもいいだろ」
「なるほど、リック君にもそういう相手が。いやはや、私はイアンの事をあんなに考えてくれているから、またてっきり男色の気でもあるのかと――」
「何の話ですか!? 違います、僕はこの現状を憂いているんです!」
イシューと話をしたあの後、任務のために別行動していたリックと合流したイアンは、彼ら行きつけのパブで休憩していた。昼から葡萄酒を飲んでいるのはご愛嬌である。
イシューとイアンの前に座るリックの姿は、いつもと一味違う。紅顔の美少年という顔はなりをひそめ、頭はぼさぼさ、顔には引っかき傷が多数と荒々しい。体の方も似たようなもので、イメチェンしたかのようなワイルドさが全身からにじみ出ていた。
「また、昼には仕事が終っちゃうんですよ。それを悩まずして、何を悩むんですか。しかも例の犬、隊長がいないからいつまでたっても僕で遊ぶし! あま噛みじゃなくて、本気噛みですよね、アレ!!」
「いいじゃないかリック。モテモテだな」
「嬉しくありませんって!」
とある犬好きな貴族が飼っている超大型犬(体重九十キロ超)。彼女はいつも邸宅を飛び出し、行方不明になることで有名だった。今回イアン隊に下された任務は、その犬の確保。
何故か彼女はイアン隊、と言うかリックが気に行っているようで、彼が道を歩くだけでその尻尾を振りながら、有り余るパワーでリックを押し倒していく。
当然、かなり華奢なリックは彼女の猛烈なアタックに耐えきれない。いつもなら危なくなったらイアンが止めに入るのだが、今回は例の貴族会のせいでそれができなかった。
結果、ワイルドなリックが誕生したというわけである。
「それはいけませんね、リック君。女性には常に優しく、時に厳しく。そうしないと立派なヒモになれませんよ」
「僕は別にヒモになんてなりたくありません! っていうかイシューさんはヒモなんですか?」
「私が? まさか! リック君、君はまだ私の職業を理解していないようですね」
「……遊び人でしょう?」
「そう、遊び人。そして本気でない恋はすべからく遊びなのですよ、リック君。つまり私はヒモではなく正当な報酬として――」
「どうしましょう、隊長。この人ナチュラルにゲスです」
「そうだなぁ。とりあえず、通報しておこうか」
「了解しました」
「待って下さいリック君。冗談は冗談として受け取ってくれないと、私の立つ瀬がないじゃないですか。まあひとまず席について。私の話を聞いてからでも遅くはないはずです」
外に憲兵を呼びに行こうとしたリックの肩を押さえるイシュー。その顔は相変わらずうざったいまでの爽やかな笑顔だが、若干リックの肩を握る手には力がこもっている。リックはその妙な気迫に押されて、しぶしぶ席に腰をおろした。
イシューはその様子に満足げにうなずくと、にこやかに給仕に声をかける。またしても適当に注文を頼むと、自分も堂々とイアンの横に座った。
「いいですか、リック君。遊び人という人種は常に遊んでいるのですよ。いえ、言い方がおかしかったですね。常に仕事をしているんです。リック君は二十四時間兵士としての仕事をしていますか? ……失礼。そもそもイアンの下じゃ仕事そのものが限られますね。ああ、そんなに顔を赤くして肯定しなくてもいいですよ、全部分かってますから。さて、何所まで話しましたっけ? そうそう、私達遊び人が常に仕事しているという話でしたね。どうですかリック君、普通それだけ真面目に仕事している人間なんて、王を含めてもまずいないでしょう。つまり遊び人という職業は王よりも仕事している、つまり王よりも偉いということが言えるでしょう。ええ、分かっています。そんなまさかと言いたいのでしょう? しかし私の言うことは事実です」
イシューはそこまでを一息にしゃべると言葉を止めた。何事かとリックが横を見てみると、ちょうど給仕の一人がイシューの注文した料理を運んでくる途中。彼女はイシューの前に次々に出来立ての料理を運ぶと、イシューにもらったチップに心驚かせながら離れて行った。
給仕の姿が無くなった所で、イシューが再び口を開く。
「――どんなに頑張っても、今の王にかつてほどの力はない。そう、もっぱらの噂です。昔は自ら軍の指揮をとっていましたが、そうした栄光もかつての物。徐々に貴族や商人の圧力に押されているとか」
さすがに話題が話題のためか、イシューの声が小さくなる。知らず、リックは身を乗り出して彼の話に聞き入っていた。イアンは興味なさげに葡萄酒を飲んでいる。
「もちろん、曲がりなりにも大戦が終わって十七年の時を支え続けた王ですので、すぐにどうなるというものではないでしょう。しかし王もさすがに高齢。王子は最近では全く表に出てきませんし、次の代は危ないかもしれません。貴族会の方も、王の権限を委譲するべきだという一派がいるようです」
コクリとイシューが葡萄酒を飲む。仮にも貴族と名乗っているこの男、確かに貴族会の内部事情にも詳しいようだった。
貴族会。リックから見れば一生関わりない機関だろう。しかし、リックは今この貴族会に内心腹を立てていた。なぜなら――今日彼がこんなひどい目にあっているのも、一端はその貴族会のせいなのだから。
「王子がもっとしっかりしていれば話も違うのでしょうが……っと、話が脱線しました。とにかく、そんな王よりは私達遊び人の方が働いているんですよ」
イシューが葡萄酒を飲みほしつつ、話をまとめる。その表情にあるのは自信。彼は確かに、自分の仕事に誇りを持っているようだった。
「そんなこと言ったら、うちのリックだって仕事で王に負けてないよな」
「は? 僕がですか?」
イアンが何の気概も無くそう呟く。言われたリックとしては戸惑うばかりだった。イシューが言うとおり、彼は自分が仕事しているとは思っていない。そんなリックの様子を見ながら、イアンはへらへらと笑いながら言葉を口にした。
「だってお前、毎日仕事ないのにうちの執務室の掃除したりして、最近じゃ俺の家まで掃除してくれるじゃないか。今日なんてそんだけ青痣作りながら仕事したしな。そんだけ体張って仕事してるんだ、王より偉いだろうよ」
「……それ言っちゃったら、世の中の主婦の方々は皆王様より偉いことになっちゃいますよ」
「おや、言いますねリック君。確かに夫のために家庭を守る夫人の方々は王なんかよりずっと貴い。かくいう私も、この間知り合った夫人の家で大変お世話になりました。夫の帰りを待つという彼女の体、もとい心を慰めるのも私の――」
「リック、憲兵呼んで来い」
「了解しました」
「あ、ちょっと!」
珍しく真面目にリックに命令を出すイアンと、イシューの制止を振り切って飛び出すリック。イシューは少しだけ困った顔をしていたが、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻っていた。
「まあいいでしょう。さすがに、この位置からだとすぐに憲兵を見つけられるとも思いませんし……そんなことより、イアン」
「何だ?」
「気を付けてください。先ほどの命令の話、必ず裏があります」
イシューの顔が真面目になる。再び、遊び人ではないイシューの顔へと。
「貴族会は未だに君の事を嫌っています。常に君の粗を探し、引きずり降ろそうとしている。恐らく、今回の一件もその為の布石でしょう」
「そんなもんかねぇ。それじゃ何か、例の不審者が貴族会の刺客だと?」
「さあ。今更そんな直接的な手段を使って来るとは思いませんが……可能性はありますね」
かなり危機感のある話だというのに、イアンは相変わらずのほほんとしていた。イシューはその態度に思わず苦笑してしまう。この年上の友人は、いつもこんな感じだ。
「確かに、今更そんなことしてくるとも思えないんだよなぁ」
「それでも、警戒したことにこしたことはありません。ちなみに、もし相手が刺客だったとして、勝てる可能性は?」
「善処するってとこか」
イシューの言葉に、彼には珍しく自信ありげに答えるイアン。その様子に引っかかることを感じながらも、イシューは頷いた。
「それならまあ、いいです。さて、では私はリック君が戻ってくる前に行きますね。本当に憲兵を連れてこられては困ります。仮にも、家名がありますから」
「はいはい。んじゃ、気をつけてな」
笑ってイアンに頭を下げると、イシューはさっさと店から出て行ってしまった。後に残されたのはにへらと笑うイアンと、イシューが頼んだ大量の料理のみ。
イアンがその料理の山を見ながらどうしようかと悩んでいるところに、息を切らせたリックが戻ってきた。後ろには憲兵が二人ついて来ている。
「隊長、あの変質者、いえイシューさんはどこに?」
「おまえ、本当に言うねぇ。あいつならもう帰ったよ。ああ、でもちょうどよかった」
イアンが指差すものを見て、リックは固まった。とてもじゃないが、イアンとリックだけでは食べきれない。自然、二人の視線が憲兵の方へと向かう。
「後ろの二人も、一緒に飯でもどうです?」
イアンのにへらとした笑顔に、二人の憲兵はただ呆然と立ち尽くしていた。
(九へ続く)
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おぉ、出来る!!!
もう憲兵さん、勝てませんね〜><
Wポチ!
2010/10/9(土) 午後 8:51
フェクトさん。
ポチどうもです!
2010/10/9(土) 午後 9:02
イシュー、強者ですね(笑)
イアンとイシュー、暴れん坊将軍のお庭番との会話の匂いがします。
2010/10/10(日) 午後 4:49 [ - ]
おお、誰かと思えばAKARIさん。
以前からのブログのバージョンですね?
何か新鮮ですね(笑)。
そうですね、イシューもちょっと曲者です。
でも彼は彼なりにイアンの事を思っているのですよ。
そのうち彼も活躍させたいですけど……どうだろ?
2010/10/10(日) 午後 4:53
あ。本宅のIDでコメントしてしまった(汗)
同じAKARIですので、気にしないでください。
2010/10/10(日) 午後 4:54 [ - ]
AKARIさん。
大丈夫です、分かってますよー。
こうして並ばれると面白いですね(笑)。
2010/10/10(日) 午後 4:59