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10000ヒット記念企画『ちょっとこれ、やってみ?』特別編
「司(つかさ)、昼飯なにか食べたいものあるか?」
「んー。平賀(ひらが)殿が作る料理ならなんでもいいでござるよー」
「……その答えが一番困るんだけどな」
冬の足音が近づいてきた昨今。
今年は寒波が来るらしいと、少し早めに出したコタツ。居間の中央にでんと構えたそれに俺と司は足を突っ込みながら、休日をのんびりと満喫していた。
俺はいつものジャージ(ただし、中にはヒートテック)、司はスウェットの上に半纏という格好だった。しまりのない顔でダラーっとだらしなく伸びて……いうなれば「たれ司」というべきか。何所から見ても、幸せそうだった。
最近、ふと思う。
あの『事件』は、はたして現実の出来事だったのか、と。
あの夏から秋に変わろうとしている頃に起きた事件。世間では犯人は未だ不明とされ、時折都市伝説として語られている『首刈り事件』。その真犯人の顔を、俺は知らない。ただスピーカーから聞こえてきたムカつく声と、実行犯の――『首刈り人形』の冷たい視線だけは覚えている。 俺があの人形に出会ったあの夜。確かに、歯車は回り出したんだ――
「――と、思ったんだけどな。今のところ、特に何もなし、か」
たれ司とコタツにしばしの別れを告げ、一人台所に立つ。人気のなかったその空間は、さっきの居間とは比べ物にならないくらいに寒々しく感じた。
俺はそこまで考えて、くすりと笑みをこぼす。――昔は、こんな風に感じたこともなかったのに。
婆ちゃんが亡くなってからこっち、ずっとこの家には一人だった。居間でも台所でも自分の部屋でも。何時も何所でも寒かったし、落ち着かなかった。こんな風に、笑って食事の準備をしようとは思わなかった。
そんな些細な事を感じられる今が、とても幸せだと思う。願わくば、このまま――。
ピンポーン
突然聞こえてきた音に、はっと顔を上げる。若干間の抜けたその音は、この家に客が訪れた事を告げていた。
「はーい、今出まーす!」
料理のためにぬれていた手をエプロンで拭きながら、玄関へと向かう。うちにはインターホンカメラや防犯カメラなんて上等なものはついていない。とりあえず声をかけてから、ガチャリとドアを開ける。
「はーい、平賀君、元気しt」
バタン!
外に開こうとするドアを、腕の力だけで無理やりに方向転換。開けた時とは比べ物にならない速度で、思い切り閉めた。腕が若干痺れている。
……何かいた様な気がする。具体的に言えば、眼鏡をかけた妙齢の美女。スーツ姿のキャリアウーマン風の女性。……の、ような何か。
確かにそのような映像を観た気がするが、脳がそれを認めない。あの人が此処に来るはずがないというか来たら凄く困るよなー俺と司の平和的にだから来ないでくださいお願いします、と俺のなけなしの脳みそが必死に願い事なのか期待なのか、良くわからない事をまくしたてているが――現実というものは、常に淡い期待を裏切るものであって。 ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。
ピンピンピンピンポーン。
ピピピピピンポーン。
再びうちのインターホンが鳴らされる。それは徐々に激しく、情熱的に音を奏でていく。それはさながら、一人の音楽家が魂を込めた音楽を聴くようで――
ピピピピピピピピピpipipipipipipipipipipppppppppppppppppppppppppppppppppppp
「――ってうるさーい!!」
「あ、ようやく開けてくれたわね。もう平賀君ったら、私に会えてうれしいのはわかるけど、放置プレイはやりすぎじゃない?」
「色々と違います! というか、今の連打は何ですか?!」
「え? 秒速16連射のこと? 凄いでしょ、私はガチでスイカを割れるわよ?」
「そんなことは聞いてな……あー! うちのインターホンがーっ!?」
誰もが見とれるような笑顔でうちの玄関前に立つ女性、戦間 縁(いくさま ゆかり)さん。その外見だけを見れば、やり手のビジネスウーマンと思えるだろう。実際、司の所属している『組織』の中では若年ながらすでに上層部にいるそうだ。
が――この、まるで世紀末な救世主に秘孔(ひこう)を突かれて粉砕爆裂したようなうちのインターホンを見れば、そんなイメージも木端微塵である。
「まぁまぁ、後でちゃんと直させるから。ほら、こんなところで立ち話でもなんだから、中に入れてね?」
「直すって、これじゃ新しく作った方が……あ、ちょ、待って下さい!」
「何? あ、そっか。はいこれ、お土産。おせんべい、嫌い?」
「嫌いじゃないですけど――」
「んじゃ問題ないわね。お邪魔しまーす」
そんな事をのたまいながらずかずかと家に入ろうとする縁さん。渡された紙袋がずしりと重い。ちらりと見れば、結構有名な店のものだった。
「縁さん、待って下さいって!」
「――例の『事件』」
縁さんがその言葉をぽつりとつぶやいた瞬間。
俺の見ていた世界が、ピシリと固まった。
「ようやく、事後処理が終わったのよね。色々と工作もしたから、こんなに長引いちゃったけど。今日はその話と――ちょっと『危ない物』を、司君に渡したくて、ね」
そう続ける縁さんは、先ほどと全く変わらない態度でそこに佇んでいた。変わったのは、その雰囲気。全く見た目が変わっていないのに、そこから感じられる空気が――匂いが、全く別人に変わった気がする。
口から吸い込まれた空気が、肺で温められることなくまた口から出ていく。気がつけば、俺の呼吸は浅く早くなっていた。腕や足の毛が、服の下で逆立っているのが分かる。
あの『事件』以来、久しく感じていなかった感覚。
それを今、俺は久しぶりに全身で味わっていた。
「――縁。とりあえず、あがるでござるよ」
いつの間にか、半纏に身を包んだ司がすぐ傍まで来ていた。
鋭い眼光。引きしまった中世的な顔立ち。つややかに流れる黒い髪。何より、全身から流れる『戦士』独特の気配。
そこにいたのは、『人形を狩るモノ』。戦間 司(いくさま つかさ)その人だった――
(中篇へ続く)
ついでに、Blogramの方も。 |
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