倉雁洋の蔵の中

まあ、そうはいってもまーたすぐ戻ってきそうな気はするんですけどねー。

記念部屋

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「――っと、いうわけで。世間的にはそんな感じで終結させるわ。さすがに久野部(くのべ)だけが起こした事件ってするには無理がありすぎるけど……まあ、適当に噂になって消えるでしょうね」
 
 お茶とせんべいを齧りながら話をしていた縁さんは、そうやって言葉を纏めた。
 久野部 道(くのべ どう)。完璧な人形を作るため、人の顔――首を集めていた男。世間から、社会から外れていたその男は、こうして死んでから自分の名前が人の噂になる事を、どう思うのだろうか。
 心臓を握りつぶされて死んだという彼の真意を知る者は、もういない。
 決して同情はできない。彼がやったことは最悪だった。俺の友人も――次美(つぐみ)も命の危機にさらされた。俺自身も危なかった。そんな彼を、許すことはできない。
 しかし何故か、俺は彼の存在を身近に感じた。
 
「さて。それじゃここからが本題」
 
 ドサ、とコタツの上に置かれる紙袋。縁さんがお土産以外に持ってきたものだった。
 
「これはね、久野部の部屋から発見されたもので――今まで、あっちこっちの機関にたらい回しにされていた物なのよ。一体どういうものなのか調べたり、犯罪心理を探ったり。そうしたもろもろの検査を受けて――これが、非常に“危険な物”だと分かったのよ」
 
 ごくり、とつばを飲み込む。目の前に湯気を立てる湯のみが置かれているが、手を伸ばす気にはなれなかった。
 そんな俺の様子をちらりと見ながら、縁さんが話を続ける。
 
「とは言っても、このままなら特に問題は無いわ。ちょっと特別な条件をそろえて、初めて効果を発揮するものなの。その条件が――司君。貴方なのよ」
「……拙者が?」
 
 話をふられた司が、凛々しい顔つきのままほんの少し目を見開く。それはそうだろう、何故司が久野部が作ったものに関係しているのだろうか。それが良くわからない。
 ほんの少し視線を外して考え事をしていた司は、やがて何かに思い至ったのか。
 大きくため息をつきながら、口を開いた。
 
「はぁ。つまり、――拙者の体が重要、という事でござるな?」
「御名答。さすが司君」
 
 そのやり取りを聞いて、俺もようやくそれに思い至る。なるほど、久野部の作ったもので、司にも共通するもの。何よりも重要なその事実が、ぴたりと一致するじゃないか。
 
「そういうわけで、司君にこれを試してもらいたいの。報告するのに、『効果はわかりません』じゃどうにもしまらないし……いざという時に、使えるかもしれないしね」
「効果は分からない? “危険な物”だって分かっているんじゃないんですか?」
「それはそうなんだけど……」
 
 ちろりと舌を見せた縁さんは、俺の質問に答えられる範囲で答えてくれた。よく細かいところは分からなかったが、国の仕事という物はややこしい手順が必要だ、ということは分かった。
 
「最悪、相手が使って来た場合の防衛手段を見つけておかないといけないから。どうしても、一回は使ってもらう必要があるのよね」
 
 縁さんが申し訳なさそうに司を見る。司の方も司の方で、そんな縁さんに対して何も言えないようだった。同じ組織に所属する者同士。きっと、その苦労がわかるのだろう。
 
「やれやれ。……それで、危険というのは具体的には?」
「命の危険、ないし物理的な被害はない……はずよ。精神に影響を与える武器って所ね」
「な……精神、でござるか!? まさか、そんな物まで作れたとは……!」
 
 精神に影響を与える。いまいちピンとこないが、要するにやる気を奪うとか、鬱になるとかそういうものだろうか? なるほど、物理的な攻撃であるなら対応することができるが、精神を攻撃してくるとなるとどうやって防いだらいいかわからない。どうにかしてその原理を理解して、防衛に回る必要があるのか。
 そう考えれば、司のこの戦慄具合も分かる。分かるのだが……。
 
 あの、司に気づかれないように小さくガッツポーズをしている縁さんが、妙に気になる。
 
「そうなの! それじゃ、早速司君には試してもらうわね!」
 
 俺の視線を知ってか知らずか、すぐに普通の笑顔に戻った縁さんは、例の武器が入っているという紙袋を持って立ちあがった。雄々しく、猛々しく。
 
「ちょ、ちょっと待つでござる! そんな物をこんなところで、そんな不用意に使って――」
 
 それにつられるように立ちあがった司であったが、縁さんの顔に何か嫌なものを感じたのか。必死になだめようとしているが、縁さんはそんな司の言葉もどこ吹く風である。
 
「大丈夫、その辺りは私が保証するわ! さ、早く!」
「そ、そんなに急かさなくても……分かったでござる! とりあえず、どんなものか見せ――」
「よかった! それじゃ、部屋に行きましょう! さあ、善は急げ!」
「へ? ちょ、縁? どういう――」
 
 ピシャン!
 
 ……勢いよく襖が閉じられ、二人の姿があっという間に居間から消える。文字通り火が消えた様な寂しさが漂うが、それと無関係に俺の背筋に寒気が走った。
 
 正直、嫌な予感しかしない。
 
 最後の縁さんの行動。どう考えても裏がある、と思う。
 いや、途中まではまともだったのだ。言っていることの筋も通っていたし。ただ――後半、あれはもう何か別の目的があったようにしか見えない。というか、あからさま過ぎる。
 
「……本当に、これがそんな物なのでござるか!?」
 
 廊下の向こうから、司の叫んでいる声が聞こえる。司の部屋は2階、俺の部屋の前。そこから襖をはさんだこの部屋まで声が届くという事は、結構大きな声で話しているということになるが、さて――。
 俺はちょっとした好奇心から、襖をほんの少し開けて聞き耳を立ててみた。
 
「縁、お前本当に嘘をついてないでござるなっ?!」
「ええ、間違いないわ。ほら、私の目を見て。どう? 嘘ついてるように見える?」
「……至って澄んだ瞳でござるな」
「ね? 嘘なんてついていないでしょ?」
「……お前は欲望には嘘をつかないでござるからな。これで信用できるとは……」
「ええい、つべこべ言わない! こうなったら実力で――」
「ちょ、やめるでござる! 分かった、自分で脱ぐからやめるでござるー!!」
 
 ――パタン
 
 聞き耳を立てていた姿勢のまま居間に戻り、襖を閉じる。どうやら、上は想像以上のカオスのようだ。これ以上聞いていても、きっと混乱するだけだろう。
 俺はすっかり冷めてしまったお茶を飲みながら、ぽつりと思う。
 ――何事もなければいいのだけど。



(後篇へ続く)




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