「待たせたわね!」
「いえ、特に待ってません」
「……待たせたわね!」
十数分後、ピシャンと激しく襖を開けて入ってきた縁さんは、満足げに微笑みながらそう言った。もちろん、俺の言葉は本心である。が、縁さんは気にせず先に進めるようだった。
何と言うか、心ここに非ずというべきか。どうにも浮き足立っているように見える。
「はぁ。で、結局例の武器の方は――」
「平賀君。それを見せる前に、ちょっといいかしら?」
縁さんがまた表情を変える。オフからオンに。夜から朝に。……炎から氷に。
全く相反するものながら、スイッチ一つで切り変わるように。そのどちらの顔が本来の彼女の物なのか、もう俺には判断できなかった。
「いい? その武器は、それを使用している姿を見た人間に作用するの。最終的な姿は私も見ていない。……正直、多分平賀君よりも私の方が影響を受けると思う。だから、平賀君」
ギュッと手を握って、言葉を続ける。縁さんの目は、至って真摯だった。
「もし私が武器に負けて、あなたが平気だったら――私を止めて。いいわね?」
「――、は、はい!」
縁さんの言葉に、俺は大きくうなずく。それがどんなものなのか知らない。けれども、縁さんの目が本当に澄み渡っていて、何所までも綺麗だったから――俺は、その願いだけは、かなえなければならないと思ったんだ。
――後になって思う。「自分の方が影響を受ける」と言い切った縁さんに、何故なのかを聞いておけばよかったと。
「うん、それじゃ、お願いね。……司君! こっちの準備はいいわ、入ってきて!」
「……」
縁さんの言葉に合わせるように、スッと襖が開く。
そこに立っていたのは、果たして司だった。
つややかな黒髪はいつもよりも尚輝いていて、自分から光を放っている。中性的な顔もいつものように、いやいつもよりも魅力的に見えるくらいだ。頬が赤く染まり、目を伏せている姿はまるで――まるで、憂いを帯びた少女のようで。
うん。いい加減現実逃避は止めよう。
そこに立っていたのは――果たして、司だった。……猫耳メイド服姿の。
パシャパシャパシャパシャ!
呆気にとられている俺の横から、激しいシャッター音が聞こえてくる。何所から取り出したのかわからないが、いつの間にか巨大な一眼レフカメラを構えて、何回も何回もシャッターを切っていた。
「ハァハァ、はい、司君! そこで例のアレを!」
もう何もかもがどうでもよくなってきた俺の目の前で、今まで沈黙していた司が動き出す。左手を胸の前に。右手でスカートの端を持って。今まで伏せていた目を上げて――こう、口にした。
「ひ、平賀殿……に、“にゃんにゃん❤”……でござる」
「キャーキャー!!!」
パパパパパパパパ!
その言葉に縁さんの暴走は頂点に達する。シャッター音は既に人間の耳で拾いきれるものではない。まるで嵐その物だ。うちのインターホンを破壊したというその秒速16連射の秘儀をもって、途切れることなく激写し続けていた。それで壊れないあのカメラは、例の『組織』の特注品なのだろう。何という無駄技術。
鼻息荒く、恍惚に表情を歪める縁さん。その姿はまさしく――
「――変態だ」
「キャーキャ……平賀君?」
俺の呟きに、つい今しがたまで暴走していたはずの縁さんの動きがピタリと止まる。
またスイッチが切り替わったようだった。嵐のように鳴り響いていたシャッター音が消え、居間に静寂が訪れる。
「いい、平賀君。私は変態じゃない。もし仮に変態だとしても――それは、変態という名の“淑女”よ。“貴腐人”でも可」
彼女のその言葉は、静まり返った居間の中で何所までも透き通って響いた。
――うん。今すぐ病院に行け。
そう頭の中で呟いた俺が電話で警察を呼ぶよりも先に、さっきの姿勢のまま固まっていた司がゆらりと動いた。これまたどうやって入れていたのか、スカートの中から木刀を取り出す。
その切っ先を縁さんに向けた司の眼には、明確な殺意が浮き上がっていた。
「……縁? この服はお前が言っていた“武器”ではなかったのでござるか?」
「ええ、間違いなく“武器”よ。あなたのような子が着ることで、こんなにも私の心がかき乱される。くっ、やるわね久野部 道! 貴方とはもっと違う形で出会いたかった……!」
切っ先をつきつけられて両手を上げながら、ぺらぺらと真相を語り出す縁さん。先ほどのカメラは首にかけられている。その二人の様子に、どういうわけか二人が崖の上にいるイメージを幻視する。
「その服を久野部の部屋で見つけた瞬間、どうしても司君に着てもらいたくなった。でも、出来なかった。証拠品として押収され、他の官庁に回され――私の手元には、全然回って来なかったから」
「それがようやく回ってきたから――こんな暴挙に出たと? 嘘までついて」
どうでもいいのだが、こんなに殺気だった探偵だか刑事だかで物語は大丈夫なんだろうか。どう考えても、この後に惨劇待っているとしか思えないのだけれども。具体的には、犯人が身を投げる前に木刀で撲殺。
「そうよ! 普通に言っても司君は絶対に着てくれない。ならどうする? 簡単、逃げ場を塞いじゃえばいいのよ。ここなら、平賀君がいるここなら――絶対に、あなたは逃げない!」
縁さんは「目論見通りだったわ」と続ける。
「実際、あなたは怪しんでも決して逃げず、それを着込んで平賀君の前に姿を見せた。完敗よ。あんな表情、私じゃ絶対に引き出せない。もう――」
そこで縁さんは言葉を止める。一抹の寂しさが胸に宿る、悲しげな瞳。そんな表情で、彼女は静かに言葉をつないだ。その瞳に、きらりと光るものが見える。
「もう――あなたは、大丈夫よね」
それは母親のように、姉のように。大人の女性が幼い子供に向ける、優しげな表情。そんな大人の女性の顔で、彼女は微笑んだ。
「長い間戦い続けた司君だから、まだこういう生活になれないかと思って心配したけど。もう、大丈夫みたいね。これで、私も安心できるわ」
縁さんはまたどこからか取り出した鞄の中に、カメラをしまって行く。そうして自分のいた痕跡を残さず片付けた後――彼女は、驚いて動きを止めていた司の横を抜け、玄関へと向かった。
俺達も慌ててその後に続く。
「平賀君、今日はごめんなさいね。おかげでいい休日を過ごせたわ」
「えっと、あ、はい」
「司君。そのメイド服と猫耳はあげるわ。せっかくだから、平賀君と“にゃんにゃんする”ときにでも使って」
「縁……」
「それじゃね!」
胸にわずかな感動を残して、玄関から外へと出ていく縁さん。その後ろ姿は、確かに人の上に立つ器量を見せつけているようだった。この人にならついて行ってもいいかも。そう思わせるだけの何か大きな器が――
「――って、待つでござる! 結局嘘をついた事は変わらないでござるよ! っていうか、平賀殿と“にゃんにゃんする”って、何を言っているでござるか縁!」
ああ、そう言えば。結局謝罪もなにも全くしていないや、あの人。
うまく話が逸らされたから気付かなかったけど、今回あの人一人勝ちじゃん。
「ゆぅぅぅうかぁぁぁあありぃぃいいいいい!!!」
「じゃあね! とっつぁ〜ん!!!」
「誰が銭形でござるかあぁああああ!!!」
逃げる縁さん。それを追う、顔を真っ赤にした猫耳メイド服姿の司。
なるほど、あの人、犯人は犯人でも怪盗役だったのか。それじゃ、あの状況からでも逃げ出せるのも仕方ない。盗んで行ったのは司の恥ずかしい写真と、俺達の貴重な休日。
ぐぅ、と腹が抗議の声を立てる。そう言えば、昼飯にせんべいしか食べていない。かといって、今からでは食事の支度をするのも……。
仕方ない。もったいないが、出前でも頼むとしましょうか。
ひらひらと遠ざかっていく司の服を見ながら、俺は大きく伸びをした。空を見上げれば、だいぶ空気が澄んでいるのが分かる。もう、冬はすぐそこまで迫っていた。
――それは、ある休日のお話。
尚。
後日、「猫耳メイド服で疾走する男の娘」という珍奇極まりない噂がうちのクラスを中心に流行り出し、次美に小一時間ほど問い詰められたのは――完璧に、余談である。
私「はい、というわけでリクエスト『あの、しな・・・じゃない司くんにお願いしたいんですけど猫耳メイドになって、均くんに向かって「にゃんにゃん」って言ってみてください!!』、これにて了。ネタばれに気を使って若干変えてますが、ご了承ください。分かる方は上の小説含めて、『逆』にしていただければよろしいかと。副題をつけるなら――『歯車外伝:あの子が猫耳メイドになった理由』?」
均「ちょっと待てー!?」
私「やだ、待たない」
小町「いや、そこは待ってやれよ」
私「小町ちゃんがそう言うなら。で、何?」
均「相変わらず、俺には厳しいな!? ……いや、そんなことよりも。何だよこの内容!」
私「え? 文字通り、『猫耳メイドの司君を出す話』ですけど? 私にしては珍しくプロットも書かず、ただ『どうやったら司君がメイド服を着てくれるか』だけを考えた話です。あ、ちなみに元絵はこちら。いつものように『キャラクターなんとか機』を利用です」
均「いや、おま、ちょ!」
イアン「おー、混乱してる混乱してる。でも、確かこの均は『秋頃』だったよねぇ? って事は、さっきの話は未来の?」
私「んー、いや、“あり得るかもしれない平行世界”ですかね。完全番外編ですし、あるかもしれないし無いかもしれないです」
イアン「だってさ、均。その時はちゃんと“にゃんにゃんする”んだぞー。据え膳食わぬは何とやら」
私「あー、その辺りはどうしましょうかねぇ。書こうと思って書けないこともないでしょうけど、“にゃんにゃんする”シーン。でも一応、此処は健全なブログですし」
均「あー、言いたいことは色々あるけど! まず、“にゃんにゃんする”ってどういう意味だよ!? 猫みたいじゃないのか?!」
私&イアン「「……」」
私「あらあら、聞きました、奥様?」
イアン「ええ、聞きましたわ。まさかこんな所でカマトトぶるなんて……均には失望しましたわ」
私「全くですわね。高校生にもなって、“にゃんにゃんする”の意味が分からないはずないでしょうに」
均「何この小芝居!? いや、俺はほんとに――」
私&イアン「「またまた」」
均「気持ち悪っ!」
小町「……単純に、その“にゃんにゃんする”って言葉が死語なんじゃねぇか?」
私&イアン「「!!?」」
私「え……? いやまさか。この言葉はナウなヤングにバカウケだと――」
小町「おお、正しい三大死語の使い方。いや、とにかく普通の高校生が使うとは思えないぞ。しかもおっさん二人が使うのはちょっと、というかかなり引く」
私「ちょ! イアンさん(39)はともかく、私はまだ24!」
イアン「……いやいや。洋もそろそろ自覚してる頃じゃ?」
私「自分では認めるけど、他人には言われたくないお年頃!」
小町「さもしいヤツ……」
私「言わないでぇ! うう……」
イアン「あ、沈んだ」
均「……で、結局どういう意味?」
小町「あー、その、何だ。……俺の口からは無理。後でおっさん二人に聞くんだな」
均「? まあ、分かったけど……何か、誰に怒っていいやら……」
私「……フン! 復活!」
イアン「おお、復活した。ってか、早いねぇ」
私「耳年増のせいで言葉の意味がわかり、でも恥ずかしいから口に出せない小町ちゃんを見たら。恥じらいって大事ですよねー。まさに、“にやんにやん”――」
小町「そのまま寝てろっ!」
私「ゲフッ!!」
均「……結局、おいしいところを全部持って行かれた気が」
イアン「作者だからねぇ。やりたい放題。というか、やられたい放題? Mは大変なんだよ」
均「……なんか、今日はこういう会話ばっかりな気がする。いいや、もう終わりだろ?」
小町「ああ、次がエンディングなはずだ。サクッと行こうぜ」
イアン「はいはい、それじゃ、最後の記事へゴー」
ちょっと追記。
文字数の関係で、ブログ村とBlogramのリンクが晴れなかったのが残念だったり(泣)。
2011/1/25(火) 午後 5:07
司奈ちゃん、かわっいい〜☆
まさにスペシャルな感じですっ!
2011/1/25(火) 午後 5:35 [ セツ ]
セツさん。
いやもう、さっきのセツさんに頂いた絵に比べたら……(汗)。
でも喜んでいただけて嬉しいです。また頑張りますね! ……いや、小説の方を(笑)。
2011/1/25(火) 午後 6:02
おおwwかわいいwwていうか、オチがww
うん、にゃんにゃんは死後、もとい死語。
三十路でも使わない、かも(笑)
お茶どうぞ( *´▽`)_旦~(/◎\)ゴクゴクッ・・・
2011/1/25(火) 午後 7:23 [ - ]
にゃんにゃんが死語というのはナウい現役学生として異論を挟みますが、
話の途中までの、あの怪しすぎる雰囲気はかなり好きです。
2011/1/25(火) 午後 7:31 [ - ]
AKARIさん。
にゃんにゃんは生きています。私の心の中に……。
お茶、頂いておきますです……。
2011/1/25(火) 午後 7:57
おしんさん。
”にゃんにゃん 死語”で検索かけたら死語事典にしっかり登録されていました。知恵袋でも言われていますもの。まさに、”袋叩き”……失礼しました。
縁さんが入ってくると、話が勝手に動いて行くから困ります(笑)。
2011/1/25(火) 午後 7:59