|
「うう〜」
「何だ、まだ痛むのか? そりゃあの子はいい女だが、そこまでがんばらなくてもいいだろ」
「なるほど、リック君にもそういう相手が。いやはや、私はイアンの事をあんなに考えてくれているから、またてっきり男色の気でもあるのかと――」
「何の話ですか!? 違います、僕はこの現状を憂いているんです!」
イシューと話をしたあの後、任務のために別行動していたリックと合流したイアンは、彼ら行きつけのパブで休憩していた。昼から葡萄酒を飲んでいるのはご愛嬌である。
イシューとイアンの前に座るリックの姿は、いつもと一味違う。紅顔の美少年という顔はなりをひそめ、頭はぼさぼさ、顔には引っかき傷が多数と荒々しい。体の方も似たようなもので、イメチェンしたかのようなワイルドさが全身からにじみ出ていた。
「また、昼には仕事が終っちゃうんですよ。それを悩まずして、何を悩むんですか。しかも例の犬、隊長がいないからいつまでたっても僕で遊ぶし! あま噛みじゃなくて、本気噛みですよね、アレ!!」
「いいじゃないかリック。モテモテだな」
「嬉しくありませんって!」
とある犬好きな貴族が飼っている超大型犬(体重九十キロ超)。彼女はいつも邸宅を飛び出し、行方不明になることで有名だった。今回イアン隊に下された任務は、その犬の確保。
何故か彼女はイアン隊、と言うかリックが気に行っているようで、彼が道を歩くだけでその尻尾を振りながら、有り余るパワーでリックを押し倒していく。
当然、かなり華奢なリックは彼女の猛烈なアタックに耐えきれない。いつもなら危なくなったらイアンが止めに入るのだが、今回は例の貴族会のせいでそれができなかった。
結果、ワイルドなリックが誕生したというわけである。
「それはいけませんね、リック君。女性には常に優しく、時に厳しく。そうしないと立派なヒモになれませんよ」
「僕は別にヒモになんてなりたくありません! っていうかイシューさんはヒモなんですか?」
「私が? まさか! リック君、君はまだ私の職業を理解していないようですね」
「……遊び人でしょう?」
「そう、遊び人。そして本気でない恋はすべからく遊びなのですよ、リック君。つまり私はヒモではなく正当な報酬として――」
「どうしましょう、隊長。この人ナチュラルにゲスです」
「そうだなぁ。とりあえず、通報しておこうか」
「了解しました」
「待って下さいリック君。冗談は冗談として受け取ってくれないと、私の立つ瀬がないじゃないですか。まあひとまず席について。私の話を聞いてからでも遅くはないはずです」
外に憲兵を呼びに行こうとしたリックの肩を押さえるイシュー。その顔は相変わらずうざったいまでの爽やかな笑顔だが、若干リックの肩を握る手には力がこもっている。リックはその妙な気迫に押されて、しぶしぶ席に腰をおろした。
イシューはその様子に満足げにうなずくと、にこやかに給仕に声をかける。またしても適当に注文を頼むと、自分も堂々とイアンの横に座った。
「いいですか、リック君。遊び人という人種は常に遊んでいるのですよ。いえ、言い方がおかしかったですね。常に仕事をしているんです。リック君は二十四時間兵士としての仕事をしていますか? ……失礼。そもそもイアンの下じゃ仕事そのものが限られますね。ああ、そんなに顔を赤くして肯定しなくてもいいですよ、全部分かってますから。さて、何所まで話しましたっけ? そうそう、私達遊び人が常に仕事しているという話でしたね。どうですかリック君、普通それだけ真面目に仕事している人間なんて、王を含めてもまずいないでしょう。つまり遊び人という職業は王よりも仕事している、つまり王よりも偉いということが言えるでしょう。ええ、分かっています。そんなまさかと言いたいのでしょう? しかし私の言うことは事実です」
イシューはそこまでを一息にしゃべると言葉を止めた。何事かとリックが横を見てみると、ちょうど給仕の一人がイシューの注文した料理を運んでくる途中。彼女はイシューの前に次々に出来立ての料理を運ぶと、イシューにもらったチップに心驚かせながら離れて行った。
給仕の姿が無くなった所で、イシューが再び口を開く。
「――どんなに頑張っても、今の王にかつてほどの力はない。そう、もっぱらの噂です。昔は自ら軍の指揮をとっていましたが、そうした栄光もかつての物。徐々に貴族や商人の圧力に押されているとか」
さすがに話題が話題のためか、イシューの声が小さくなる。知らず、リックは身を乗り出して彼の話に聞き入っていた。イアンは興味なさげに葡萄酒を飲んでいる。
「もちろん、曲がりなりにも大戦が終わって十七年の時を支え続けた王ですので、すぐにどうなるというものではないでしょう。しかし王もさすがに高齢。王子は最近では全く表に出てきませんし、次の代は危ないかもしれません。貴族会の方も、王の権限を委譲するべきだという一派がいるようです」
コクリとイシューが葡萄酒を飲む。仮にも貴族と名乗っているこの男、確かに貴族会の内部事情にも詳しいようだった。
貴族会。リックから見れば一生関わりない機関だろう。しかし、リックは今この貴族会に内心腹を立てていた。なぜなら――今日彼がこんなひどい目にあっているのも、一端はその貴族会のせいなのだから。
「王子がもっとしっかりしていれば話も違うのでしょうが……っと、話が脱線しました。とにかく、そんな王よりは私達遊び人の方が働いているんですよ」
イシューが葡萄酒を飲みほしつつ、話をまとめる。その表情にあるのは自信。彼は確かに、自分の仕事に誇りを持っているようだった。
「そんなこと言ったら、うちのリックだって仕事で王に負けてないよな」
「は? 僕がですか?」
イアンが何の気概も無くそう呟く。言われたリックとしては戸惑うばかりだった。イシューが言うとおり、彼は自分が仕事しているとは思っていない。そんなリックの様子を見ながら、イアンはへらへらと笑いながら言葉を口にした。
「だってお前、毎日仕事ないのにうちの執務室の掃除したりして、最近じゃ俺の家まで掃除してくれるじゃないか。今日なんてそんだけ青痣作りながら仕事したしな。そんだけ体張って仕事してるんだ、王より偉いだろうよ」
「……それ言っちゃったら、世の中の主婦の方々は皆王様より偉いことになっちゃいますよ」
「おや、言いますねリック君。確かに夫のために家庭を守る夫人の方々は王なんかよりずっと貴い。かくいう私も、この間知り合った夫人の家で大変お世話になりました。夫の帰りを待つという彼女の体、もとい心を慰めるのも私の――」
「リック、憲兵呼んで来い」
「了解しました」
「あ、ちょっと!」
珍しく真面目にリックに命令を出すイアンと、イシューの制止を振り切って飛び出すリック。イシューは少しだけ困った顔をしていたが、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻っていた。
「まあいいでしょう。さすがに、この位置からだとすぐに憲兵を見つけられるとも思いませんし……そんなことより、イアン」
「何だ?」
「気を付けてください。先ほどの命令の話、必ず裏があります」
イシューの顔が真面目になる。再び、遊び人ではないイシューの顔へと。
「貴族会は未だに君の事を嫌っています。常に君の粗を探し、引きずり降ろそうとしている。恐らく、今回の一件もその為の布石でしょう」
「そんなもんかねぇ。それじゃ何か、例の不審者が貴族会の刺客だと?」
「さあ。今更そんな直接的な手段を使って来るとは思いませんが……可能性はありますね」
かなり危機感のある話だというのに、イアンは相変わらずのほほんとしていた。イシューはその態度に思わず苦笑してしまう。この年上の友人は、いつもこんな感じだ。
「確かに、今更そんなことしてくるとも思えないんだよなぁ」
「それでも、警戒したことにこしたことはありません。ちなみに、もし相手が刺客だったとして、勝てる可能性は?」
「善処するってとこか」
イシューの言葉に、彼には珍しく自信ありげに答えるイアン。その様子に引っかかることを感じながらも、イシューは頷いた。
「それならまあ、いいです。さて、では私はリック君が戻ってくる前に行きますね。本当に憲兵を連れてこられては困ります。仮にも、家名がありますから」
「はいはい。んじゃ、気をつけてな」
笑ってイアンに頭を下げると、イシューはさっさと店から出て行ってしまった。後に残されたのはにへらと笑うイアンと、イシューが頼んだ大量の料理のみ。
イアンがその料理の山を見ながらどうしようかと悩んでいるところに、息を切らせたリックが戻ってきた。後ろには憲兵が二人ついて来ている。
「隊長、あの変質者、いえイシューさんはどこに?」
「おまえ、本当に言うねぇ。あいつならもう帰ったよ。ああ、でもちょうどよかった」
イアンが指差すものを見て、リックは固まった。とてもじゃないが、イアンとリックだけでは食べきれない。自然、二人の視線が憲兵の方へと向かう。
「後ろの二人も、一緒に飯でもどうです?」
イアンのにへらとした笑顔に、二人の憲兵はただ呆然と立ち尽くしていた。
(九へ続く)
にほんブログ村に参加しています。面白ければワンクリックお願いします。
https://novel.blogmura.com/ ←にほんブログ村 小説ブログ ついでに、Blogramの方も。
http://blogram.jp/users/agent/vote/?uid=93448#ref=vote |
しけた英雄の使い道。
[ リスト | 詳細 ]
|
「はぁ、まだ鳥肌立ってる」
あの炊き出しがあった日から数日後。イアンは義足を引きずるように、豪奢な赤絨毯の上を歩いていた。彼にしては珍しく、げんなりとした表情である。
彼がいるのは、この国で最も格式高い場所。すなわち、王宮。
『英雄』が訪れる場所としてはこれほどしっくりくる場所はないはずだが、イアンは当然ながらこの場所が苦手だった。
第一に、格式が高すぎる。イアンはさびれた農村の出身、こんな豪華なんだかよくわからないつぼを見せられたところで、何故使わずに飾って置くのかと言いたくなる。
第二に、ここで出会う人間のほとんどが嫌いだった。王宮に入れるのは、軍や市民の中で名誉ある働きをしたもの、貴族、そして王族。貴族のボンボンはともかく、そこに来るほとんどの人間が一癖も二癖もありそうな顔をしている。そのくせ、イアンの顔を見るとあからさまに嫌そうな顔をしてくるから余計に気が滅入る。イアンはそういう時、ただ曖昧な笑顔を返して答えるのだった。
彼がそれほどまでに嫌がるこの場所にいる理由は、たった一つ。
『貴族会』からの呼び出し。
文字通り、王国上層部にある有力貴族達の集まり。そこに、イアンは呼び出されていた。
そもそも、貴族会はイアンの事をトカゲのごとく嫌っている。なぜなら、彼が騎士の称号を持つ平民だから。
騎士とは貴族の功績を称える称号であり、英雄とはいえ平民のイアンにそれが与えられているのが我慢ならないという貴族は少なくない。
ましてや、貴族会はその貴族達の中でも特に伝統と格式を重んじる集まりである。そんな彼らにとって、イアンは目の上のタンコブであった。
実際、貴族会かは知らないがかつてイアンが『英雄』になりたての頃は、あからさまに刺客なんかも送られてきたこともある。その度に生き延びてきたが……今思えばその時に殺されていれば楽だったかもしれないとイアンは思う。
刺客がぱったりと来なくなったと思ったら、それから定期的に貴族会の呼び出しを受けるようになった。やれ『英雄』としての仕事ができていない、やれ『英雄』として外交に参加しろ、などなど。呼び出される理由は毎回異なり、それでいて毎回同じ内容だった。
言われなくても分かる。結局彼らが望んでいるのは、イアンという人間を『英雄』から引きずり降ろすこと。ただその一点なのだ。
イアンを『英雄』と認めたのは王である。それを否定することは、王に反対するということ。さすがに、彼らもそこまでの危険は犯さない。だからこそ、ここしばらくはイアンに地味な嫌がらせをするにとどめている。
……のだが。
この日は、いつもと会そのものの雰囲気が違った。
まず、彼らの目が違う。普段はイアンの事をまるで虫か何かのように見下してくるのに、今日はそれがない。むしろ、こちらの機嫌を伺って来る者までいる。
そして口調。彼ら特融の偉そうなしゃべり方は変わらないが、どこか威圧感が消えうせていた。
正直な話、気持ち悪くてしょうがない。
イアンはただその場から離れたくて必死だった。それが新しい彼らの嫌がらせだったなら、どれほどに効果的なものだっただろうか。
その彼にとって地獄のような雰囲気の中聞かされたものは、ある任務だった。何でも、国有になっているゴミ捨て場に妙な人物が住み始めたので、それを調査、可能ならば追い出して欲しいとのことだった。
今までの外交しろとかに比べれば、かなり拍子抜けする任務ではある。リックに伝えたら恐らくまたそんなことですかと言って来るだろう。だからこそ、イアンにはしっくりこなかった。
恐らく、何か裏がある。
そう思うのだが……逆に、あそこまで怪しい態度をとられてしまうと、そう思わせることが嫌がらせなんじゃないかとも思ってしまう。そこでまた、イアンは頭をひねるのであった。
無心になって歩き続けたせいか、彼はいつの間にか王宮の外まで来ていた。二人の門番が直立の姿勢で構えている横を、へらへらと笑いながら抜ける。彼らの視線が強くなった気がしたが、イアンは特に気にするそぶりを見せずに通り過ぎた。
王宮内の空気は、堅苦しいだけでなく何所か物理的な重さすら伴っている気がする。こうして外に出てみれば、遠くから汚れた空気が風に運ばれ、人々の雑踏が耳に届く。その雑多な感じの方が、イアンにはふさわしかった。
「おやイアン。こんなところで奇遇ですね」
「イシュー。お前こそこんなところで何やってんだ? 遊んでんのか?」
「嫌ですね、『遊び』じゃなくて『仕事』と言って下さいよ」
イアンが王宮を離れて行こうとするその瞬間を狙ったかのように、彼の親友を自称する金髪のエセイケ面が現れた。わざわざ人ごみから飛び出して、イアンに手を振っている。
彼はイアンの方まで歩いてくると、何所か芝居がかったその動きでイアンに指を向けた。
「この時間に君がここにいるということは……貴族会ですか?」
「ご明答。よくわかったな」
「何、簡単な推理ですよ。王宮嫌いで有名な君がそれ以外でここに来る理由が、私には見つかりません。やれやれ、困った英雄さんです」
よく言う。
イアンは心の中で呟いたが、口には出さないでいた。イアンとて、彼との付き合いが長い。イシューもまた出来るだけ王宮に近づかないようにしていることなんて百も承知である。彼の父親が王宮で働いているのだ、無理して近づいて雷を落とされる理由もない。それなのにイアンが王宮に来るたびに彼と出会うということは――
「――それで、イアン。今回の彼らの嫌がらせは?」
イアンの考え事を遮るように、イシューが真剣な声で彼に問いかける。その顔は「遊び人」イシューの物ではない。いつもよりもはるかに真面目な表情をしていた。
「特に何も。変な任務があったくらいか」
「その任務とは?」
「ゴミ捨て場に住みついた怪しい人間の調査と追い出し」
「……確かに変な任務ですね」
イアンから任務の事を聞くと、イシューの目が細くなる。
「他に何か情報は? 例えば、どんな人物が住みついたのか、とか」
「いや、そのあたりも調査対象だってさ。ただ……」
「? 何か、思うところでも?」
「いやなぁ」
イシューの問いかけに、イアンはいつもの曖昧な笑いをしながら答える。
確証はない。本当に、何となくそうじゃないかと思う程度の、直感。
「どうも心当たりがあるみたいなんだよな、その人物に」
その命令を聞いた瞬間、何故かイアンの頭の中には妙な言葉でしゃべる厳格な武人が思い出された。
(八へ続く)
にほんブログ村に参加しています。面白ければワンクリックお願いします。
https://novel.blogmura.com/ ←にほんブログ村 小説ブログ ついでに、Blogramの方も。
http://blogram.jp/users/agent/vote/?uid=93448#ref=vote |
|
ガキンと、金属同士がぶつかり音が弾ける。刃と刃、互いの命運をかけた道具が火花を散らす。そこはまさに戦場。武人が命を散らす決闘の場だった。
「隊長!」
リックが少し離れたところで倒れたまま、叫ぶ。彼の目の前ではイアンが今まで見たことのない形相でナイフを振るっていた。ナックルガードがついた、肉厚で特殊なナイフ。イアンはそれを両手にはめ、襲い来る刃を逸らして受け流し、反撃する。
リックはその光景をただただ見ているしかできなかった。今年十五歳になったばかりである彼は、当然戦争になんて参加したことがない。鎧も剣も、ほとんど傷がない新品そのもの。そんな彼は、イアンと相手から発する闘気にそしてその場の空気に、完全に呑まれていた。
頭では応援を呼びに行かなければならないことが分かっている。イアンにもそう言われていた。今回の任務では、もし戦いになって二人きりじゃどうしようもない時、助けを呼びに行けと。
しかしリックは動けない。怖くて体が動かなかったということも確かにある。確かにあるが――リックはただ見とれていた。
自分の隊長の、あの現ダメおやじと自分が称した彼に。『英雄』イアン・スタッブズのその独特の剣技の美しさに。
彼はただ、英雄にあこがれる瞳で彼を見つめていたのだ。
リックの視線の先で、イアンのナイフが走る。それは相手の剣先を見事に叩き、横に逸らせる。その瞬間にもう片手で相手の急所に的確にナイフを突き刺していく。
しかしそれは、固い音とともに弾かれる。見れば相手の蒼い籠手がイアンのナイフを弾いていた。その固い拳は、そのままイアンへと向かって来る。
「っく!」
イアンは上半身の動きだけでその拳をかわし、すぐに態勢を整える。戻った視界に見えたモノは、大きく剣を振りかぶった相手の姿。全力でそれが振り下ろされれば、彼にそれを逸らすことはできない。
「……!」
だからイアンは前に出た。
それと同時に振り下ろされる剣。しかし接近してくるイアンには、その最大威力をふるうことができない。イアンは振り下ろされる途中の剣を十字に構えたナイフで受け止めると、そのまま相手の胴に蹴りを叩き込んだ。
「って、無理か!」
一瞬の均衡。
弾き飛ばされたのは、しかし相手ではなくイアンの方だった。軸足にした義足がぎしりと痛む。彼はただその痛みに耐えながら、それでも相手の剣をかわして距離をとった。
「はぁ。やっぱり強いなぁ、あんた」
「……」
イアンの軽口にも、相手は何も答えない。彼はただ、自身の剣を構えることでイアンに答えた。それを受けるイアンもまた、ナイフを構える。
一拍の後、彼らは再び激突した。
イアンは笑う、笑う、笑う。太陽が照らすその場所で、彼は狂ったように笑い続ける。眼前には幾重にも重なる剣撃。それをただかわし、受け、そして逸らす。
かつて英雄と呼ばれた彼も、すでにその最盛期を過ぎている。さらには慢性的に運動不足だったことも重なり、イアンの肉体はとうに限界を超えていた。それでもイアンは痛む体を押さえ、使えない下半身を庇い、上半身のバネと筋肉を存分に生かして相手の喉元に食らいつこうとする。
イアンは王国軍の中でも別格だ。腐っても、かつて数多の戦場を駆け抜けた英雄。衰えてきたとはいえ、体もよく動けているし、経験も豊富。しかしそれだけでは、相手に食らいつけなかった。
相手はさらに別格なのだ。その長い片刃の剣。見たことのない蒼い籠手やすね当て、そして剣技。さらには経験。そのすべてが、イアンの上をいっている。相手の剣をまともに受けていたら、イアンはその軽鎧すら切り裂かれて絶命しているだろう。イアンの目にはその光景がありありと浮かんでいた。
だからイアンは笑い続ける。いつものへらへらとした笑顔ではなく、唇を釣り上げ、目を血走らせた狂人の笑顔で。
――そう。今の彼は、狂っていた。
「……」
相手はただ無言でイアンに斬りかかり続ける。彼もまた武人。彼は冷静に、勝ちを拾いにいく。彼の見つめる先には、すでにこの戦いの終末が見えていた。
ガキンとイアンと彼の剣が幾度目かの衝突を繰り返す。その衝撃の変化が二人に同じことを伝えていく。すなわち、終幕の合図。
その合図に答えるかのように、唐突にイアンのナイフが砕け散った。
強度に劣っていたわけではない。ただイアンがかつてのように足を使えず、無理をしすぎたことがナイフの負荷を高めてしまったのだ。
まるで満足しているかのように、大戦期からの相棒は無数のかけらに砕けて散る。
ただそれを見てもなお、イアンの腕は止まらなかった。ナイフは無くなったが、ナックルガードは生きている。それを拳に嵌めたまま、イアンは渾身のストレートを相手に突き出す。
『……御免』
相手が何処の国のものか分からない言葉でしゃべる。イアンの冷静な部分がその言葉を理解しようとしたのがいけなかった。
固まった腕に振り下ろされる剣。ボキリと、嫌な音が右腕で奏でられた。
「隊長!?」
「〜〜〜!!」
片刃の剣の、刃が無い方で腕をたたかれた。切れなかったとしてもそれは鉄の棒でたたかれたということ。人の骨がその衝撃に耐えられるはずがない。イアンの右腕は妙な形に折れ曲がっていた。僅かに遅れて伝わってくる鈍痛。そして熱を持ってくる、腕。
痛い痛い、腕が痛い、義足が痛い、心が痛い。イアンはそんな痛みを感じつつも、それでも進もうとする。進んでしまう。
「やめてください隊長、もう無理です!!」
リックの叫び声も、今の彼には届かない。彼はただ狂ったように前に進み続けていた。相手の姿も、剣も見えていない。まるで――まるで、それが己の役割だとも言うばかりに前に進み続ける。
リックの目に、砕けたナイフが映った。
『――その心意気や見事』
イアンの相手――アクタマルが優しくイアンに語りかける。もちろん、彼にはその言葉の意味なんて理解できない。ただイアンはほんの少し、いつもの彼らしくにへらとアクタマルに笑い返した。
アクタマルの拳がイアンの体を貫く。その威力は凄まじく、イアンの体を大きく吹き飛ばす。遠くまで転がされたイアンは、近くに泣き叫んでいるリックがいることを感じた。彼の涙が、頬を伝う。
そこでイアンは意識を手放した。
(七へ続く)
にほんブログ村に参加しています。面白ければワンクリックお願いします。
https://novel.blogmura.com/ ←にほんブログ村 小説ブログ ついでに、Blogramの方も。
http://blogram.jp/users/agent/vote/?uid=93448#ref=vote |
|
「姫。目的の物は見つかりましたかな?」
「ううん、まだ。ここじゃないのかな……」
闇の中で、二人の人影が蠢く。一人は黒いローブを身にまとった小柄な人影。もう片方は、同じく黒いローブを身にまとった男の影。すでに辺りは夜の帳に包まれ、丸い月の光だけが僅かに二人を照らし出していた。
「そうですか。しかしこれほどに大きなゴミ捨て場。恐らくは何処かに有るかと」
「うん……でも見て、アクタマル。これなんてまだ使えそう。都会の人って、物を大事にしないのね」
姫の視界に映るのは、壊れた柱時計に車輪の外れた馬車、穴のあいた鍋。それらは人のために生まれ、人の役に立ち、そして朽ちて捨てられたもの。いわゆる、ゴミ。そのうち手元にあったティーカップを、彼女は持ち上げる。淵が欠けている以外、そのまま使っても問題が無さそうだった。
今まで見たほとんどの村だったら、これくらいの破損なら問題なく使っている。旅暮らしが長い彼女たちならなおさらだ。粉々に砕けるまで使い続けるだろう。彼女たちからしてみれば、こんなものを捨ててしまうこの国はいささか正気を失っているように思えた。
二人がいるのは、サディアス王国のとある場所にあるゴミ捨て場の中だった。使われなくなった家具、道具の墓場。そこで二人はゴミをあさっていた。
彼女たちは知らないが、昔はこの国もこうではなかったのである。特に大戦中などは多くの物が徴発されたこともあり、むしろ市民達は物を大切に使ってきた。
しかし大戦が終わってから早十七年。発展していく工場と毎日のように発売されていく新製品達。今や巷には物があふれ、次から次へと買い換えて行くのが美徳と思う人間すらいる。そのために経済発展を果たしたとはいえ、代償にしている物も大きかった。
その一つが、ここのようなゴミ捨て場問題である。溢れだしたゴミを処理しきれず、こうして街のあちこちに同じようにゴミ捨て場を作り続けて行く。ただでさえ土地が少なくなってきているというのに、さらにそれを圧迫するゴミ捨て場。この国はこうした点でも問題を抱えていた。
とはいえ、姫もアクタマルもただの旅人。この国がどれほどの問題を抱えていようとも、彼女たちにはそれほど関係が無い。彼女たちはただ、自分達の目的のためにこのゴミ捨て場に逗留しているにすぎなかった。
「しかし今日あったあの隊長殿。あれは中々の御仁でしたな」
「あの冴えない顔してた人? う〜ん、私にはそう思えなかったんだけど……」
「確かに目に力が無かった。恐らくは心を閉じたくなる事があったのでしょう。しかし拙者の呼吸を読もうとするあの動き、そして一瞬感じた武士の心。彼はきっと名のある武人でしょう」
「アクタマルが言うならそうなんだろうけど……」
ローブの中から聞こえてくる姫の声は晴れない。アクタマルの事は信じているが、どう考えてもあの冴えないおじさんがそれほどにすごい人物だとは、彼女には到底思えないのだ。
「あら、その冴えないおじさんって、もしかしてイアンちゃんの事じゃない?」
「おばさん。あのおじさんの事、知ってるの?」
姫のものでもアクタマルのものでもない声が辺りに響く。二人がいるのは夜の帳の中。彼女たちが見える範囲に、人影はない。ただ声だけが聞こえてきていた。
「そりゃもう。イアンちゃんとは同じ村に住んでてねぇ。一応はお隣さんだったのよ。あの子も昔はもっとやんちゃな子だったんだけど、今じゃ随分枯れ果ててるみたいね。噂によると」
「ほう、その話、詳しくお聞かせ願えないだろうか」
「アクタマルさんがそうおっしゃるなら、話してあげてもいいんだけど……」
姫とアクタマルが静かに聞き入っている中で、声の主は少しそのトーンを落とした。若干、申し訳なさそうに声を出す。
「いえね、村が大戦の戦禍に巻き込まれてからこっち、全く姿を見てないのよ。精々がうわさ話くらいで。だから詳しい話はちょっと」
「そっか……」
姫が残念そうに呟く。アクタマルはともかく、姫も実は結構楽しみにしていたらしい。アクタマルはその様子に微笑ましいものを感じていた。
姫が故郷を追われたのはまだ五つの時。それから七年近くを二人で過ごしてきたが、どうやら年相応に、立派に成長してくださっているらしい。子育てをしたことのない彼にとってそれは非常に嬉しく、ありがたいことだった。この調子ならいつか必ず、お家を再興出来る日が来るだろう。
その時まで自分は、姫の傍にいられるだろうか。
アクタマルは自身の手を握る。ぎしりと軋む、蒼い籠手。すでに自身の鎧が作られてから幾星霜。姫と出会ってからだって、長い旅と数知れない戦いがあった。一年二年で動かなくなることはないだろうが――十年、二十年は難しいだろう。
だからアクタマルは願い続ける。自身はまだ、姫の傍にいたいと。姫の役に立っていたいと。
「でも、噂も最近じゃいい話を聞かなくなってるのよね。それどころか、むしろ悪いものばかり。昔は英雄って言われてたのに、ちょっと前は使えない人、今じゃ影で裏切り者呼ばわりされてるのよ」
「裏切り者? あのおじさんが?」
姫の脳裏に、へらへらと笑う中年の顔がうつる。
彼女もあの炊き出しの最中、彼に色々な人の目線が向いているのは分かっていた。こそこそと彼を非難する声も聞こえていた。ただそれでも笑い続けていたあの人は、とても悲しそうだったことを覚えている。
あの人が裏切るというのなら、何を裏切るというのだろうか。
「いやね。あんな使えない人が英雄だなんておかしい。本当は敵国と通じていて、あの手柄も仕組まれたものだったんだって。そういう噂よ。全く、イアンちゃんを知っているなら絶対にそんな事ないって言えるのにね。イアンちゃんの事をよく知らない若い子らの間では、そういう噂がまことしやかに言われてるらしいのよ」
「なんとまあ……」
アクタマルは思わず呆れてしまった。彼が何者なのか、彼が何をしたのか、彼がどう考えて生きているのか。アクタマルは何一つ知らなかったが、それでもそうした若者達の声には気分が悪くなる。真偽のほどはともかく、それでも自身の国の英雄をあしざまに言うなんて、忠義にもとる行いだろう。
しかし同時に、さもありなんとも考えていた。『英雄』と呼ばれる条件の一つ。多くの人の希望を集め、多くの人の恨みを集めること。
足元を見る。転がっているのは、まだまだ使えるものばかり。そして思い出す。昼の炊き出しに並ぶ、無数の人々の暗く沈んだ顔を。
アクタマルは昔話を聞くのが好きだった。あまり学のない自分に、多くの事を語ってくれた人がいた。その人は語る、多くの国が滅ぶ時はまずその仁の心から消えて行くのだと。
仁とは思いやりの心。今この国では、それが失われつつあるように感じる。
滅びかけた国を支えるためにはどうすればいいのか。その人はこう答えてくれた。――生贄をささげればいい、と。それは王かもしれないし、貴人かもしれないし、英雄かもしれない。ただ生贄をささげた時、人は心を落ち着ける。
恐らく、今この国は『英雄』という名の生贄を欲しているのだろう。もしそれを知っていて尚笑っていたとしたのなら――あの男は、一体どれほどの人間なのか。
「何か、悲しいね。国のために頑張ったのに、怨まれなきゃならない何て」
アクタマルの気持ちを察してか、姫が呟く。アクタマルが無言でうなずく横で、彼女は頭からローブを外し、月を仰ぎ見た。
さらり、と風に姫の髪が揺れる。肩までの長さで揃えられた、カラスの濡れ羽のように黒い髪。その髪型は、彼女の故郷で「かむろ」と呼ばれるものだった。顔つきもそれにふさわしい童女の物だが、しかし長い苦労の所為でずっと大人びた顔をしている。
「祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす――」
姫の澄んだ声が辺りに響く。朗々と謳われるは、彼女の故郷で有名な歌の一節。
ゴミ捨て場には彼女とアクタマルの姿しか見えない。遠く離れたその地で、異国の姫の歌は何処までも響いていた。
(六へ続く)
|
|
「た、隊長。なんかすごい人がいるんですけど」
「ん?」
リックに言われて、列をよく探してみる。リックの指さす方にはなるほど、確かに目立つ二人組がいた。
格好がまず怪しい。二人して真っ黒いローブを着こんで、顔を隠している。片方は普通の男くらいの大きさ。もう片方は随分と小さい。恐らく、子どもだろう。
そのでこぼこな感じが人目を引くが、イアンはそれ以上に男に注目していた。ローブの不自然なふくらみ、そしてローブの下から僅かに見える、籠手や足。何処の国の物かはわからないが、恐らく鎧を着込んでいる。それもかなり実践的な……昔使われていた、フルプレートのようなものを。
イアンは笑いながらも、腰に下げたナイフを意識する。すでに戦わなくて久しいが、あの当時から使っていた最も身になじんだ武器。かつてはこれを手に戦場を駆け巡っていたが、今は足も使えない。相手の力量は分からないが、恐らく時間稼ぎくらいにしかならないだろう。
万が一の時は、シスターとリックを逃がす。それだけを、イアンは心に決める。
そのイアンの緊張が伝わったのか、リックはおどおどとしていた。麦粥を配る手も震えている。
一刻、刻一刻と彼らが自分たちのところに近づいてくる。それに合わせるように張りつめて行く空気。
男の方がリックの目の前まで来る。リックはもはや麦粥をその震える手で慎重に器によそうと、ゆっくりと彼にその皿を渡した。その男は恭しくそれを受け取り、子どもの方に手渡す。その流れは見事で、イアンの目にはこの男が何処かの騎士であるように思えた。
重たい時間の中、男が再びリックに向き直り深々と一礼。そして――
「サンキュー、○ァッキン兵士」
――空気が、凍った。
低く重い声で辺りに響く、あまりにも軽い言葉。この男の今までの動き、そしてその落ち着いた声とその言葉のあまりのギャップに、その場にいたイアン、リック、そしてシスターたちは置いてけぼりを食らっている。列に並んでいる人間たちすら、その空気に何も言えなくなっていた。
『ちょ、ちょっとアクタマル。なんか皆変な顔してるよ? ちゃんとお礼言ったの?』
『はて。あの男の知識では今の言葉がこの国の最高の礼だとあったのですが……』
空気があまりにもおかしくなったことに気がついたのか、二人組は突然その場にしゃがみこんで会議をしていた。その言葉は異国の物で、イアン達には理解できない。ただ、小さい方が慌てていることだけは分かった。
「悪ぃ悪ぃ。ちょっちこの国の言葉に慣れてなくってよぉ。そんなに気にすんなって。この○ァッキン兵士ども。テメェのおかげでうちの姫さんがイキそうだってさ。サンキューな、○ァッキン兵士」
立ちあがった男が再び声を発す。大仰な身振り、そして恭しい態度。その態度だけを見れば、彼はまさに一角の騎士と言うにふさわしいだろう。しかし口から出てくるのはFで始まる言葉に加え、あまりにも汚い言葉達。
イアンは思わず頭を抱える。誰だ、この武人にこんな変な言葉を教えたのは、と。
『あ、アクタマル! 早く行こう、どう考えてもおかしいよ!』
『お待ちください、姫。最後にこの、恐らく隊長と思しき人物に挨拶を。この御仁の緊張、そして動き。恐らくはなかなかな力量。同じ武士として見過ごすわけには……』
『分かった、分かったから早くして!』
『ふむ。感謝します、姫。しからば』
小柄な、姫と呼ばれた方が男のローブを引きながら何かを言っている。恐らくは早くここから離れたいのだろう。それはイアンにもわかる。後ろの方からも早く行けという空気が流れてきているし、正直あまり好ましくない。
それでもその男はそんな雰囲気を完全に無視し、イアンの方に向き直って長い口上を上げ始めた。
「テメェが○ァッキン兵士の頭か? 世話んなったな。俺っちの名前はアクタマル。こっちはうちの姫さんだ。ちょい長旅してたんだけどよ、この辺りで食いもんがつきかけてな。テメェらの○ァッキン飯のおかげで助かったぜ。考えてみりゃ、ずっとあっちの方から歩きっぱなしだったんでよ、もうへばってへばって。も一度、サンキューな」
そこまで言って頭を下げる男、いやアクタマル。その動作は洗練され、長く貴人に仕えているだろう事が良く分かった。流麗な動きが美しいとすら思える。だが、やっぱり言っていることは意味不明。イアンは結局、曖昧な笑顔で返すしか他なかった。
「えっと、こちらこそ、ご丁寧なあいさつどうも」
「ああ、邪魔したな。んじゃ」
イアンが礼を返すと、アクタマルと名乗った男は満足そうに頷き、姫に手を惹かれてその場を去って行った。姫の足は駆け足。まさに逃げるようである。
その光景に列に並ぶ人々は一時言葉を失っていた。その瞳も、怨むべき相手ではなく妙な二人組の去る姿を見続けている。
しかしそれもつかの間。しばらくすれば、やがて忘れまた配給を受け取る作業に戻る。再び恨みのこもった目線でイアンを睨み続ける。何事も無かったかのように元の流れになる。
ただ一人、リックだけがその場に取り残されていた。彼は麦粥をよそうお玉を手にしたまま、大きく口を開けて二人の行く先を見ている。
「……結局、何だったんでしょうね、あの人たち」
「さぁ。多分、悪い奴らじゃないとは思うけど。ほら、リック。早く配らないと」
「あ、はい。すいません、お待たせしました!」
イアンに肩をたたかれ、自分の職務を思い出すリック。またテキパキと器に麦粥を流し込み、渡していく。彼もまた、遅ればせながら本来の流れに戻っていった。
イアンはその後ろで、一人へらへらと笑い続けていた。その様子はいつもと変わらないように感じるが――その実、彼だけが未だにあのアクタマルという男に心奪われたままだった。
リックは気付かなかったが、イアンの額には玉のような冷や汗。そして片手はまだ腰のナイフに伸ばしたままで、さらにもう片方の手は震えていた。
もしあのまま戦っていたら、自分はここにいるリック達を守れただろうか。
イアンは自分で自分に問いかけ、そして自らそれに答える。恐らく守ることだけはできる。逃げる時間だけは稼げる。しかし自分は――無理だ。
ただでさえイアンは片足を失い、しかも粗悪な義足の所為でバランスもとれるか怪しい程である。その状況であれほどの身のこなしの人間を相手にするのは、はっきり言って自殺行為でしかないだろう。仮にもかつては英雄と呼ばれた男。戦わなくなって久しいとはいえ、イアンの頭の中にはその手の危機感知能力が未だに作動し続けている。
「イアン隊長、そろそろ材料が切れそうで……って、何笑ってるんですか?」
「ん? ああ材料か。リックはそのまま配ってな。俺が行って来るから」
「え、でも隊長、足が……」
イアンはそうリックに指示し、コツコツと義足を鳴らしながら歩いていく。思いのほか素早く去ってしまったそのイアンに、リックはそれ以上言葉をかけられなかった。
イアンはリックに言われてようやく自分の口角が上がっていることに気がついた。歩きながら、頬に手を当ててその感触を確かめる。その笑みは、決して消えない。
勝てない。今のイアンでは、勝てない。
イアンの脳裏に今の男のイメージが浮かび上がる。どういう戦法をとるのか、どういう道具を使うのか。それすら分からないが、間違いなく自分はそのイメージの中で負けていた。
彼は自嘲する。それほどまでに役立たずになっていた自分を。そんな人間を使い続けているこの国を。
彼は――いや、彼を使い続けるこの国自体が。
どこまでも、しけていた。
(閑話一へ続く)
にほんブログ村に参加しています。面白ければワンクリックお願いします。
https://novel.blogmura.com/ ←にほんブログ村 小説ブログ |





