|
ここ2日ほどブログ更新してませんでした。
したくなかったってゆーかそれどころじゃなかったってゆーか。
『おばーちゃんの入院』
少し前に吐血・下血して1週間ほど入院してたんですが
今度はペースメーカーの電池の交換。
さほど大したことではなく明日帰ってきはるんですが
前に入院してたときに発覚した胃ガン・・・
選択肢は2つ。
手術は難しくなく、摘出するのは可能。
ただ、1ヶ月ぐらい入院の入院が必要ということで
90歳という年を考えるとボケる可能性大とのこと。
いまは炊事・洗濯としてくれているのでしっかりしてはるんですが
僕・母・おばーちゃんの3人家族ではそうなると大きな負担が圧し掛かる。
親戚一同で話をし、僕らは2つ目の選択肢を取った。
「人間らしく自分の家で余生を送ってもらおう」
いますぐにどうこってことはない。
ただ近いうちにおばーちゃんの死と向き合うことになる。
この選択が正しかったのかどうかは分からない。
もちろんこの事実はおばーちゃんは知らない。
どうするのが正解だったのか僕はいまでも分からない。
『友達の7回忌』
6年前、友達は死んだ。
悪性リンパ腫、いわゆるガンです。
僕はその事実をバイト先で知った。
お見舞いとかは行ってたんやけどいまいち実感が湧かない。
病院へ駆けつけると友達は起きようとしていた。
必死になって起きようとしていた。
目を閉じさせてあげようとしても決して閉じようとはしなかった。
結局棺桶に入っても目は見開いたままやった。
死んでもなおガンバっていた。
あの顔はいまでも忘れることはできない。
49日を終えると僕はその友達のことを忘れようとしていた。
キレイに言うとその事実を受け入れたくなかったのかも。
でも違う。
死んだんやからもう遊ぶこともない。
人間死んだらもう終わり。
僕はいまここで生きている。
ものすごい冷めていた。
月日が過ぎ2週間ほど前、その友達の母親から電話が掛かってきた。
7回忌の法要するから来てやってくれへん?
そう言えばそんな時期か。
正直、お断りしたかった。
いまでも元気にしている僕の姿を見て両親は悲しむんじゃないか?
心の中でキレイ事を並べて行きたくなかった。
ドス黒く輝いた理由をつけて・・・
でも行ってきた。
生前遊びに行ったときのように笑顔で迎えてくれたお母さん。
我が子が久しぶりに帰省したかのような笑顔。
最近のことや周りの友達のこと
そして思い出話などを途切れることなくしゃべった。
1時間半ほどしゃべった後、お父さんが帰ってきた。
49日に正直君らとは会いたくないって言うてたお父さん。
なんでうちの息子だけ死ななあかんねんと。
涙も見せずに笑顔やった。
その笑顔になるまでは何年もかかったそうです。
泣いてばかりやったらあかん。
ふと思ったときがあったそうです。
そんなきっかけを与えてくれたのが僕達だったそうです。
4人組・・・ご両親はそう呼んでいる。
僕を含めて周りにいい友達がいてくれたから
あの子はガンバれたんやと。
やから報われたんやと。
悪いことはしなかったけど特にいいこともしていない。
普通に友達やってて普通に遊んでただけ。
ゲームマニア、でも勉強はできる。
大学受験の大事な時期に麻雀しまくり。
でもみんな合格。
僕のギターの師匠。
いつも一緒やった・・・
僕はやるせない気持ちでいっぱいになった。
死んだことによってその存在自体を消そうとしていた僕。
思い出は決して消えるものではない。
でもなぜか消そうとしていた。
あのとき変わりに僕が代わりに死んでたらよかったんじゃないか?
そんなことさえ思った。
2時間半後、僕は帰って泣いた。
つくづく小さい人間やと悟った。
|