本日緩解(かんかい)につき

8か月ぶりにブログ再開,1年ぶりにロード練習再開

黒帯への道

 

3.昇級試験とその代償

 

できるだけ週二回は練習するように心がけていた。

練習は,怪我の多さから,打ち込みと寝技中心であった。

道場に行く度に,まだ黒帯を取らないの?と聞かれることも多くなり,そろそろ昇級試験を受けてもいいのかという錯覚のまま,昇級審査を受けることにした。

黒帯取得の昇段審査の受験資格は一級所有者であり,昇段審査の前に一級の昇級審査を受ける必要があった。
 
 

審査は暑くなりかけたH24年7月中旬。

会場は慣れ親しんだ岡山武道館大本道場。

岡山県の昇級昇段審査の基準は,5,6人一組で総当たりの一定の点数をクリアしなければならない。

引き分け,技あり負けには点数があるが,一本負けはゼロ点である。

組み合わせは当日行われ,私は5人の組に入った。

ほとんどが中学,高校生。

大学生と社会人が数人。
この日の参加者の最高齢(ジジイ)であることは間違いなかった。

 
 

初めてで緊張していたが,S先生に視覚障害者の方の面倒を見てくれといってきた。

その方は,一緒に道場で稽古したこともある知り合いであったので,快く引き受けさせていただいた。

ウォーミングアップやら審査の手続きやらお手伝いをさせてもらうことになり,幾分過度の緊張もほぐれた。

 
 

さて,私のグループが決まった。

対戦相手は中学生3人に高校生1人。

私よりも大きな選手が3人もいるではないか!

一人は100kgはあろうかという県内強豪校の高校生だ。


狭い道場を数会場に分け,一つの試合場は狭い。

昇級試験は試合ではなく,技量が達しているかを判断する審査であるので仕方がないのであろうが,少々やりにくい。

 

 

初戦は中学生。

緊張もほぐれ,相手との体格差もあるので,勝てるだろうと鷹をくくっていた。

試合開始のはじめという挨拶とともに,相手が鋭い目つきで襲いかかってきた。


おおぉ!
乱取り練習とは違うぞ。


何かに襲われるような気持ちは,中学生の時の以来の感覚だ!

 
 

その時気づいた。


これは真剣勝負の格闘技,命と命のやり取りをする戦(いくさ)なんだと!

 
 

容赦なく攻めてくる相手に技を出す暇がない。

腕力でかわしていくのが精いっぱいであった。

 
 

相手が少し疲れたのか,一瞬攻めが止まった。

さあ反撃開始だ。

まるで柔道覚えたての小学1年生がやるような力任せの大外刈りか払い腰かわからない技で相手を押し倒した。


有効!?と思ったが昇級試験では有効はない。


が,そのまま袈裟固めに!

申し訳ないが勝つために締め上げた。

こっちも必至だった。

 

一本それまで!

 

実践で初勝利。

幸先よく勝ち点をゲットできた。

 公式戦初勝利!


 

試合は,総当たり。

選手は番号が振り分けられ,番号で呼ばれる。

次に行われた試合は数秒で終了,100kgの彼だ。

前の試合の興奮と息が収まらないまま,私の番号が呼ばれた。

二試合目も中学生。背は私と同じくらいだが線は細い。


はじめ!


変な興奮状態のまま組み手争い,簡単に釣り手を取らせてくれない。

こちら腕力を警戒してか,引手だけとって素早く一本背負いを仕掛けてくる。

S教室のK先生がいつもおっしゃっているように,おへそを出して踏ん張り何とかしのいだ。

 

はぁはぁと息の上がる相手に反撃開始。

またよくわからず相手をなぎ倒した,


技あり!?


そのまま袈裟固めで抑え込んだが,十分ではなく,抑え込み一本勝ちを前に逃げられてしまった。


技ありで勝ち名乗り。

 
よし!


これで次の試合,引き分けか技あり負けでも昇級ポイントを獲得できるぞ。この取らぬ狸の皮算用が後の悲劇を生む原因となるのであった。



 
 

3試合目もすぐやってきた。

時間が経つにつれ,道場内の温度は上昇!

高い湿度とも相まって,不快指数は急上昇。

試合の疲れで脱水症状気味,心拍も下がらないまま,番号が呼ばれ,はじめ!の声。

 

次の対戦相手も中学生であったが,県大会でも上位に来るくらいの子だった。

先の二人とは気迫も腕力も違っていた。


引き分けでもいいと消極的な気持ちでは殺られる!


全く組むことができないまま,一本背負いで巻き込んでくる相手に,お腹で踏ん張るだけでは全くかわすことができず,ゴロリと一回転!


技ありを取られた。


 

その後も,同じ技を繰り返してくる相手になすすべなく,左手をついて何とか背中を突かないようにするのが精いっぱいであった。


左手を何回も畳について踏ん張った。

その度に左手の指は腫れ上がっていった。



釣り手と引き手の両手をしっかり組んでこない相手に,なかなか技を出せないでいた。

技という技がない小生は,力任せに大内刈りや大外刈りをいってみるも簡単にはかからない。

なんとか挽回しようと必死にももがいた末,どうやって技に入ったか記憶にないが,抑え込みに入ることができた。


しかし,またしても規定時間抑え込むことができず,技あり負けに。



 

試合後半は,疲労困憊,思考回路ゼロ,気力だけで戦っていたようだ。



 

昇級試験という初めての実戦で味わった命のやり取りに神経が磨り減らされ,またサウナのように暑い室内で二試合連続で3分間フルに戦い終え,身も心もズタボロになっていた。


 

この時点で,昇級審査ポイントはクリアしたが,大した実感はなかった。


 
 

最後にもう一試合,あの100kgの高校生だ。

試合前,すでに昇級を決めている相手に,「巻き込まんといて」とだけお願いしておいた。

後で考えるとなんと図々しいことかと思うのだが,その時は一家の大黒柱として身を守るための本能的に出た言葉だった。

畳に叩き付けられた挙句に,ズタボロの体の上に100kgの体重が乗っかってくれば,タダじゃすまないと思ったからだ。



 

はじめの号令で,すぐに両者ガップリ組みあった。さすが重量級。

勝たなくていいんだと気持ち的には楽であったが,もう全く体が動かない。

相手も,社会人のオッサンに遠慮していたのか,私の戯言を真に受けていたのか,それまでの試合のように激しく攻めてこなかった。


ここぞとばかりに,動かない体に気合を入れつつ,支え釣り込み足からの袖釣り込み腰の連続攻撃を試みた。


重い,ビクともせんがな!!



仕切り直しで,巻き込み気味の払い腰をかけられ宙を舞い一本負けで終了。


 
 

昇段試験は,時間的にはトータルで30分程度だったが,非常に長く感じた。

めでたく柔道修行手帳なるものをいただくことができた。

見事,一級合格!おめでとう。
ヤッタね!お父さん
のはずだった。

 
 

死闘からしばらくの間は,左手,首,腰など身体のあちこちが炎症しており,普通に寝返りが打てないほどのダメージを負っていた。

二週間後,腫れ上がっていた指も,細く元の状態に戻ってきつつあったのだが,左手の中指第二関節辺りだけ腫れが引かなかった。

抑えると激痛が走った。


 

もしやと思い整形外科でレントゲン写真を撮ってもらうと診断は,


 

剥離骨折


 

であった。


 
 

一級合格の代償は,人生二度目の骨折であった。

一度目の自転車レースでの鎖骨骨折で,前周り受け身ができれば骨折は回避できたかも,という思いは柔道を始めたきっかけでもあったのだが,その柔道で骨折をしてしまうとはまさに本末転倒,愚の骨頂である。

 

左手中指は,いまでも起床後は完全に曲げることはできず,深く曲げると激しく痛くなるのだ。

 
 

骨折という始末に,家族からは「何のために柔道やってるのかわからんな!」と非難轟轟。

一家の大黒柱としての意識の欠如を指摘され,合格のうれしさも半減。



さらに過酷な試練となるであろう昇段試験(黒帯取得)に,挑んでやろうという気持ちには,しばらくなれなかったのであった。

 
 
 

(まだまだ続く)

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黒帯への道


2.乱取りと寝技

 
長女は柔道部のない地元の中学校に進学し,地元の教室で小学生の間ずーっと一緒で共に全国大会に行った同級生が居なくなり,練習相手に事欠いていた。
したがって,道場が休みの日の木曜日は練習相手を求めて,できるだけ岡山武道館へ出稽古に行くようにした。
岡山武道館もいつも練習相手がいるというわけではなく,半分くらいは自分が相手をした。
打ち込みで,自分の身体にぶつかってくる圧力が日に日に強くなっていくのを体感する度に,娘の成長を感じた。

 
さらに,社会人が地元の武道館で毎週火曜日に練習していること知り,少々場違いな感があったが,こちらにも親子で参加させてもらうようになった。
参加している社会人のほとんどが,S柔道教室の指導者(元マスターズアジアチャンピオン)K先生の門下生と地元の高校生であった。
年に数回ある社会人大会に向けて練習する場であった。
同じ道場の出身という安心感もあり,またインターハイや国体出場の経験のある選手も多く皆が先生になってくれ,頼もしかった。
M先生は,普段はとても温厚だが,練習になると厳しくはっぱかけ,選手をやる気にしてくれる熱心な先生だ。


 あくまでも長女の練習が優先であった。
おかげで,長女は中一で全国大会に出場できた。
(残念なことに,今年,中二では逃したが,,,これも実力)
 


私は,どちらの稽古でも,柔軟体操した後,受け身,寝技,打ち込みまでしっかりやった。
一方,乱取りはというと,中量級の長女か一般の同じ白帯の方と,やっても1,2本しかやらなかった。
 


体力が続かないだけでなく,怖かった。
投げられるのもそうだが,投げるのも,,,


しっかり受け身ができるのか?相手を怪我させてしまわないか!?
 

柔道は,相手がいないと練習も試合もできない競技であり,怪我をしてもさせてもいけないというが,あくまでも相手にダメージを負わせる行為をポイント化し,そのポイントを競う格闘技であって,肉体へのダメージは避けられない。
修行に打ち込めが打ち込むほど,怪我との戦いとなる。
テーピングやサポーターをしない社会人はほとんどいない。

 
案の定,立ち技の約束練習や乱取りをやると,必ず,どこかを痛めた。
畳の隙間で指を取られて足首や指を捻挫,組み手争いで突き指,背負い投げで肘間接を痛めたり,投げられた際,腰を強打し打撲,その後常習的な腰痛へと発展した。
怪我をすると治るまでは練習できず,加齢により完治するのも時間がかかり,その進展は牛歩の如くであった。


いまでも腰痛・膝痛が酷く,整骨院通いだ。
(なんとかならぬか,,,,)


 
一方,寝技は,練習で怪我することはほとんどなかった。
しかも,技の理合い理解しやすく,一つ一つの動作を確認しながらじっくり技をかけることができるのだ。
立ち技では,打ち込みが完璧にできるようになったとしても,動いている相手に技をかけることは容易ではなく,いわゆる柔道センスが問われるが,寝技は,技の動作を覚え,理合いを理解すれば,あとは練習すればするほど早く技に入れるようになるし,技も多彩で面白い。
体からではなく頭から柔道を始めるアラフォーには寝技は適しているといえるだろう。


 
こうして,決して乱取り練習が十分でないままに,H24年7月,昇級審査に挑み,そして事件は起きた。




(つづく)



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黒帯への道
 
平成25年5月某日,岡山武道館にて昇段試験が開催された。
中学生の長女とともに同じ初段を受験し,めでたく親子で審査に合格した。
このめでたいバカ親の黒帯を取得するまでの道のりを記念に記す。
 
初段証書がまだ来ない平成25年8月某日
全柔連and講道館のゴダゴダのせいで遅くなってんのかぁ!?
 
 
 
1.きっかけと受け身
 
柔の道のきっかけは単純だった。
柔道をやっている長女の打ち込み相手をする羽目になったからだ。
 
 
長女が柔道を始めたころから,その練習で楽しそうにやってる子供たちの姿にワシでもできるかな?と思ったり,お父さんもやってみれば!?という声にその気になったりもしたが,奥さんの「はずかしいし,あんたがやりだしたら稽古で子供が面倒見てもらえなくなるからやめて!」とか,うちのS柔道教室K先生の「40歳以上は面倒を見ない。」という発言に,その気は失せていった。
 
それ以降,たまに子供の練習を道場横で眺めたり,励ましたり,怒鳴ったり,また試合では先生に頼まれ付き添いの監督をしたり,カメラマンをする程度の一父兄であった。
 
長女が小学生の間は,いい思いをさせてもらった。
三回も全国大会に連れて行ってもらった。
特に,学年で二人しか選出されない日整の大会に県代表として参加させてもらったことはとても思い出深い。
講道館の大畳で彼女が戦う姿は印象的だった。
 
長女が小学5年生の全国大会後,一緒に出場した6年生の女の子が通っていていた岡山武道館で練習させてもらうようになった。
全国大会で優勝するつもりで夏休み返上で練習に打ち込んできたものの上位入賞者との実力差を痛感した長女の意思によるものだった。
これを機に,S柔道教室の練習のない木曜日に,仕事が早く切り上げられると長女を連れて岡山武道館へ行くようになった。
 
打ち込み相手に事欠くといけないという理由で,知人から柔道着をいただき,真っ白な柔道着に袖を通したというのが,柔の道へのキッカケであった。
もちろん長女のために。


 
初めのころは,道着の上からキュット白い帯を締めつけると,背筋がシャキッとし,小さな悩みや体調不良は一気に吹き飛ぶくらいの錯覚を覚えた。
大量のアドレナリンが分泌されるに違いない。
今でも練習前に気分がすぐれなくても,道着に着替えると気持ちがシャキッとするのは変わらない。
これぞ道着マジック!

 
岡山武道館は,誰でも気軽に練習できる環境のある岡山県内で唯一の道場である。
ここで指導くださっているH先生は,決して暴力や暴言を吐いたりすることない穏やかな方で,全くずぶの素人である小生にも,まず受け身と体裁きをとても丁寧に教えてくださった。
それから月に数回のペースではあるが,基本的な寝技,立ち技を一通り教えてくださった。
 
三十歳過ぎの健康診断でメタボと指摘されて以来,マラソンやら自転車やらである程度の体力を維持してきたつもりではあったが,柔道には,柔軟性やバランス感覚,上半身の筋力など,全く別の能力を要求されていると実感した。
 
 
乱取りやったら死ぬかも!!
 
 
このころ中学校武道必修化に伴い,柔道の安全性について議論され,柔道事故に関する記事も新聞をにぎわせていた。柔道事故は入門して間もない初心者であることも統計的に言われていていた。
 
柔軟性もバランス感覚も欠如したアラフォーが,受け身もできないまま,乱取りで頭でも打てばどうなるだろうか,,,
 
 
まず,受け身をマスターしよう!

 
2009年自転車レースで落車骨折したのだが,前周り受け身ができていれば鎖骨骨折を回避できたのではなかろうかという思いもあった。
 
それから一年間は,受け身と長女の打ち込み相手しかしなかった。
 
後ろ受け身と横受け身,また腹筋や腕立て伏せなどの筋トレはどこでもできるので,家の硬い畳の上でほぼ毎日続けた。
道場では,しつこいくらい前周り受け身をやった。
ただ,加齢による三半規管の衰えにより,前周り受け身の後の立ちくらみは不可避であった。いまだにそうである。
 
この頃,黒帯を取りたいという思いはまだ漠然としたままであり,黒帯を取得するには昇級試験と昇段試験で実践を行い勝たなければならず,それは無謀な行為であるということは明確に認識できた。
 
(つづく)

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すべてがリセットされた正月休みも最終日。
喧騒とした日常が始まる前に,昨年の総括と今年の抱負を記す。
 
【昨年の総括】
昨年,正月に思い立ったフルマラソンを,地元で完走できた。
しかも目標としていた5時間も切れた。積年の思いを果たせた結果に満足であった。
 
4月になり,長女は中学校,次男は小学校に入学し生活は一変した。
長女の中学校には柔道部がなく,練習場所を確保するために,毎週火曜日は地元の社会人のクラブに,木曜日は岡山まで出稽古を連れて行くことに。
出稽古先の先生方から親子共々の指導いただくができ,長女は1年生にして全国大会出場を果たすことができた。また,小生も昇級試験に挑み一級を取得。しかし,その代償は左指剥離骨折。
 
柔道中心の生活へ変わった中,限られた時間内でロード練習時間を確保するために,朝練を始めた。県立大学周辺道路は整備され,近場での絶好の練習環境が整った。
最初はソロで行っていたが,スーさんやカッパーさんらと一緒に朝からくるくるいい汗かけた。朝練した日は,午前中の仕事の効率がUPするという効果もあった。
 
5月のカートクリテ,バンク記録会はそこそこ走れたので結構楽しめた。今年も出たい。
特にケイリンで丸福氏を捲れなかったのが悔しい。たまにYpuTubeを眺めては,,,
 
5月頃から休日は小学生と中学生の柔道の大会が多く,ロード練習はさらに時間の確保が難しくなってきたが,2009年落車鎖骨骨折したあの鈴鹿ロードに参加申し込んだ。
 
小5長男の全国大会予選は,初戦敗退でその夢は途絶えた。長女と比べ男子軽量級は競争率の激しく予選突破な並大抵のことではないが,ライバルたちと勝ちたいという気持ちで負けていた。読書と魚が大好きでいつもクールなイケメン長男をその気にさせるべきかどうか,今年は本人の意思を尊重しよう。
 
8月は,3年連続で長女に柔道全国大会に連れて行ってもらった。私はコーチという名目で監督と会場内まで同行できた。小学生の大会と最も異なるは,団体戦での熱気だった。選手,監督,応援の気迫がすさまじかった。選手はもちろん勝つための柔道に徹していた。
個人戦初戦は兵庫の3年生に見たこともない大技で一本負け。試合直後,本人から「やっぱり私立の中学校に行けばよかったかなぁ~」とポロリ。未だ一年生,来年に向けていい刺激となった。
 
3年ぶりに日本最大のサイクルイベント鈴鹿ロードに参加した。今年は2日目だけで,マスターズ40+,オープン1,インターミディエイトと3レースにエントリーした。
レースは,マスターズ40+ではS字で,オープン1では最終コーナーで先頭に出てしまい最後のスプリントに絡めなかったが,落車もせず久々の鈴鹿でのレースを存分に楽しめた。疲労の残る午後からのインターメディエイトではスプリント賞を狙いに行くも競争率が高く撃沈。
広い道幅にきれいなピット,集団で高速で駆け抜ける爽快感!落車がなければ最高の鈴鹿ロードには今年も参加したい。(前方で展開していらばほとんど落車には巻き込まれない)
 
例年,9月から大腸(潰瘍性大腸炎)が再燃してくるのだか,今年は10月くらいから仕事が忙しくなってくるのと同時に体調も悪化していった。柔道と筋力トレーニングは続けていたものの,ロード練習はさっぱりやめてしまっていたが,少しでも続けていた方が腸の悪化を抑制できていたかもしれない。
ツールド沖縄に参加するためにためておいた500円玉貯金を取り崩し,三本ローラーを購入した。本年より毎日乗って体調維持に努めたい。
 
柔道の試合で写真を撮ってきた。Lレンズを購入する余裕はなかったので,100mmf2.0を中古で入手。ISO800開放で撮影,調整,トリミングでWebアルバムにアップというの一連の流れ。当初は,技のログがメインだったが,勝っても負けても真剣に戦う子供たちの表情に心が惹かれ,今しかない子供たちの一瞬を共感できるような写真を撮りたいという気持ちに変わっていった。いいレンズ,いいカメラへの物欲がさらに沸々と。その前にカメラテクニックも上達していきたい。自転車も同じ。
 
一方,仕事では国からの補助金研究事業(3+2年)の最終年度であり,その成果のとりまとめが必至であるが,本年は特許申請,学会発表を予定どおりこなすことができ,また10件の共同研究も実施することもできた。正直,自分のキャパ以上の仕事をしている。
 
2012年の総括の総括としては
・フルマラソン完走,柔道生活,柔道一級取得,鈴鹿ロード復活,体調悪化,仕事多忙
 
【今年の抱負】
昨年度の反省を踏まえ,
「日々のトレーニングを欠かさず,暴飲暴食をせずに体調管理に努める」
ことを抱負とす。
 
今年の目標は
・黒帯獲得 ・鈴鹿ロード入賞。
 
以上
 
本年もよろしくお願い申し上げます。

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神庭の滝にて

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先月家族でいった神庭の滝でパチリ!
神庭の滝といえば,”サル”でしょう
息子が襲われりゃしないかと,ヒヤヒヤでした

なんでも加工できちゃうPicasaでLOMO風処理すると味が出てくるね



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こちらは1960年代風処理
60年代の神庭の滝PRパンフレットに有りそう〜かな
70年代生まれの癖に適当なこと言ってますが,,,



気が付けば師走
やり残したことばかりだ

時間もそうだが気持ちに余裕が欲しい

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【写真】富士山 ケータイ投稿記事

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Sent from iフォトアルバム




ゆりかもめのホームから、ふと目に入ったその姿に、気付けばカメラをかざしていた。スマホだけど。

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○福氏が面白いと話題にしていたので、Amazonでポチりして、本日やっと完読!

明治時代初期、海外から激しい西欧の文化、文明が流れ込んでくる激動の時代に、日本人が学ぶべきものは日本である。それには柔術が一番良い。と嘉納治五郎が考えたからこそ、世界に受け入れられる柔道となったのではないのだろうか。

兎も角、面白い!

姿三四郎のモデルになった西郷四郎の幾つもの死闘シーンは手に汗を握る。血がしたたり、靭帯はブチ切れ、骨が砕けてなお続けら試合は、まさに死合である。

この時代の試合というものが、今の時代のスポーツ化されたJUDOの試合とは全く異なる次元のものであることが理解できる。

東天の獅子とは、ブラジリアン柔術の祖となったコンデコマこと前田光世の物語のことをさすらしいが、その前章てきな話でこの面白さ。

続編が楽しみだ。

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柔練習再開

今晩、長女と武道館での柔道練習に参加した

左足首捻挫は良くなったたが、左膝に違和感あり

練習が始まるまで、長女と投の形を練習した

崩し、作り、掛けを意識するには及ばず、技を順番をトレースするので精一杯

ボチボチ覚えていくしかない


寝技一本、打ち込み三本の後、膝の具合が悪く、乱取りを見送っていたが、娘からお願いしますの声がかかった

鋭い内股を右に右に動くいてかわしたつもりが、その自分の動きで目を回す始末

小内→大内→体落としの連続技を試したが、二回程上手くいった

最期の体落としはもっと引き手を意識した方が良いだろう

娘の小内刈りはわかっていてもかかってしまう
少し前にはかわせていたのに、成長は早いものだ

大内刈りを堪えた瞬間、今度は右足首をゴリ!
軽い捻挫をしてしまった


乱取りは楽しいが、ダメージ無しで終わることはない

自分の体と相談しながら前進あるのみだ

黒帯目指して

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簡単ピザ釜 その2

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先週の課題を克服すべく、ピザ釜作りにリトライ

1.異物の混入を防ぐために、アーチ内部に耐火セメントをコーティングした

2.位置が低すぎ腰を痛めたので、ブロックで嵩上げ

3.煙たかったので簡易煙突を設けた

結果、生乾きのセメントがはげ落ちる事なく、綺麗にサクサクやけた。

モッツァレラチーズやらノリやら色々トッピングを楽しんで8バッチ程

炉が小さいためキチンと回してやらないと焼きムラが生じ安い
いいピールを作らないとな

生地がなかなかパリッとならなかった
温度不足か、生地が厚すぎるせいか?


さて、おもてなしするにはピザだけでは物足りないと家族からの意見有

次はナンを焼いてみたい

以上

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久々にブログに投稿

Facebookと連動できるようになったんだね


今日,長男が参加した岡山県少年柔道錬成大会は5人の団体戦

副将の欠席で,先鋒で出場予定の長男は次鋒に

一試合目は抑え込み一本勝ち

二試合目は,同学年軽量級県チャンピオンとの対戦

もちろん今まで一度の勝ったことのなく,前回は腕力の差に抑え込まれたたが
,今回は袖釣り,背負い,内股と多彩な攻めに防戦一方
得意の足技を繰り出せず,背負い投げ一本負けだった

チームもグループ最下位という結果に
試合の前に気持ち,気合で負けている
当然の結果かもしれない

最近,内股の返し技をよく教えてもらうけれども,うちのチームは背負い投げや
袖釣り込み腰に極端に弱いので,こちらの返し技こそ教えてほしいものだが,,,



さて,試合が思ったより早く終わったので,ずっと気になってた10分でできるピザ釜を
作ってみたく,帰宅途中にホームセンターでレンガや土など2500円分調達した

作り方は,ドゥーパ10月号49ページ

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超かんたんピザ釜

狭い庭の一角に,レンガを組み立てて,隙間を固まる土で覆った

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なかなか温度が上がらないと伺っていたので,BBQ用の炭も使ってでガンガンに火を起こした

入れるとすぐにチーズが溶けだし,生地がふっくら膨らんだ
約2分間でアツアツピザが完成!

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豚バラピザ

炉の上面の隙間を埋めた固まる土がピザに降りかかってしまった
アルミホイルの上で焼くと生地にくっついてしまい,取るのが厄介だった

この後,数種類のピザを堪能
生地がなくなったので,奥さんの発案でご飯ピザを焼いてみたが,こちらもアルミホイルについてしまった

残り火で,鶏モモのホイル焼き
表面カラット焦げて,中はジューシー 
うまかった


おもてなし料理にするには,まだまだ不十分
問題点を挙げると
・火加減を見るのと,ピザの出し入れを考えたらもう少し高い方がいい
・異物の付着問題
・ピザの出し入れにはピザピールがあった方がいい
or鉄板を曳くか?
・温度が上がるまでの時間,要短縮
・小さいピザしか焼けない
・BBQコンロとの併用を考えた方がいい,その方がつぶしがきく
・おいしいピザを作るには,生地を薄くして,おいしいチーズを載せないとね


再度挑戦しようかしまいか考え中


以上

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