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のんびり歩くのにはぴったりの「哲学の道」。その道沿いに、ひっそりと佇んでいるのがここ「弥勒院」です。注意して歩いていないと見逃してしまうでしょう。さらに、御朱印等、販売はすべてセルフサービス!御朱印は書き置きを頂いてお金は貯金箱にチャリンと置いていきます。微妙。。。 御朱印は、書き置きをいただきます。お願いをすれば書いてくれるのでしょうか?関係者の影、全くなし。 |
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さすがに世界遺産!人多すぎ!さらに訪れた日は、残暑が大変厳しく命がけの参拝となってしまいました。訪れたことのある人は分かると思いますが、たどり着くまでに結構な坂をのぼるんです。もう汗だくでビショビショ。ベンチにはぐったりした老人がたくさん休んでいます。息も絶え絶えになんとか御朱印だけ頂きました。(大げさすぎ) 御朱印は、それぞれのお堂付近で頂けます。全部でいくつもらえるのでしょうか? |
天暦5年(951)醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創された西国第17番の札所。当時京都に流行した悪疫退散のため、上人自ら十一面観音像を刻み、御仏を車に安置して市中を曵き回り、青竹を八葉の蓮片の如く割り茶を立て、中へ小梅干と結昆布を入れ仏前に献じた茶を病者に授け、歓喜踊躍しつつ念仏を唱えてついに病魔を鎮められたという。 街中に小さくひっそりと佇んでいるお寺でした。こんなに小さいの?と思ってしまいました。昔は、豪華絢爛で大きな寺だったようです。境内は無料でお参りできますが、超有名な空也の口からは6体の阿弥陀仏の小像が吐き出されている木造空也上人立像は有料で見学することが出来ます。思ったより小さかったが・・・。 御朱印は、本堂内の御朱印受付で頂きました。また、弁財天は境内奥のほうで頂けます。 |
日本で最初の禅寺であり、京都五山の第3位に列せられている。臨済宗建仁寺派の大本山。開山は栄西禅師。開基は源頼家。鎌倉時代の建仁2年(1202)の開創で、寺名は当時の年号から名づけられています。諸堂は中国の百丈山を模して建立されました。創建当時は天台・密教・禅の三宗兼学でしたが、第十一世蘭渓道隆の時から純粋な臨済禅の道場となりました。800年の時を経て、今も禅の道場として広く人々の心のよりどころとなっています。 ちなみに、豊臣秀吉を祀る高台寺や、「八坂の塔」のある法観寺は建仁寺の末寺である。 ここは、何とも良心的なことにカメラ撮影を全面的に許可しているようです。法堂の中も無問題。ですが、受付で撮影OKなのか確認して、よろしくお願いしますの一声でもおかけくださいね。 庭も素晴らしかったので庭を見つめて30分くらいマッタリしてしまいました。歩きつかれた体にはよかったです。また、風塵雷神図もレプリカですがじっくり見えますし、法堂内の双龍も立派でした。見所満載です! 御朱印は、有料エリアの入口の受付で頂きました。 |
「富士本宮浅間社記」によれば、第7代孝霊天皇の御代、富士山が大噴火をしたため、周辺住民は離散し、荒れ果てた状態が長期に及んだとあります。第11代垂仁天皇はこれを憂い、その3年(前27)に浅間大神を山足の地に祀り山霊を鎮められました。これが当大社の起源です。 その後は姫神の水徳をもって噴火が静まり、平穏な日々が送れるようになったと伝えられています。この偉大な御神徳は、万人の知るところとなり、篤い崇敬を集める事となりました。また、富士山を鎮めるため浅間大神をお祀りしたのは当大社が最初であり、全国にある浅間神社の起源ともなっています。駿河国一之宮。全国にある浅間神社の総本社です。ご神体が富士山そのもの、日本人誰もが知っている富士山をご神体にするのは全く違和感がないですね。境内近くの駐車場に止めて歩いていくと朱色の立派な拝殿と本殿が!気になったのは、背が高いことです。二階建てになっているようですね〜、珍しい。 御朱印は、拝殿横の授与所にて頂きました。 |







