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淡い桜の花びらが浮く水溜まりに、雨粒が落ち波紋が広がる。
映されていた空が歪み、遠い灰色の空を鳥が一羽横切って行く。
肌寒い風が、濡れた街路樹を揺らしている。
通り過ぎる車のタイヤから水飛沫が上がり、何時もと違う音を立てて行く。
無償の愛、ってあると思う?先日友人に質問された。
無償の愛。有ってしかるべきだと思う。が、やはり其処にも個人の欲望が絡んでいる。
動物は餌や散歩の為、人は会いたい、優しくされたい、その人の幸せを願う。そうすれば自分も幸せ。
もちろん本気で相手の為に動く人も居るだろう。しかし優しさはエゴだ。
植物に水をやる、それは自分も癒されたいから。
無償とは、自由と同じで只の不在を意味しているのかも知れない。
人それぞれ愛の形を持っているだろう。生活すればどうしても個人的意見が発芽する。
相手に求めるのは依存だ。自分でどうにかしようとするのは、欺瞞だ。
決して同じ愛は存在しない。心が有るからだ。無償の愛、それは与える愛、保証の無い愛では無いだろうか。人の気持ちは日々移り変わる。決して同じ気持ちで日々を過ごせない。
感情が有るからだ。無償の行為は有るだろうか?
それも疑問だ。人は結局自分の為に生きる動物だ。新たな獲得を目指し、活動している。
無償の愛に悲劇生を求めるならそれは甘えだ。
人と関われば、必ず摩擦が生まれる。感情の衝突、そうした愛の方が、進化的で、美しいのでは無いか?
人間とは結局世界の矛盾を映す鏡、純粋無垢には生きられない。矛盾を受け入れ生きて行く。
無償の愛とは、無保証の愛の裏返しでは無いだろうか?相手の重荷を放棄した。
愛に関しては、生きる事と同じ様に難しい。
昨日観葉植物を買った。癒されたい気持ちも、育ててやりたい気持ちもある。無償では無い。
休日の雨の日は外で遊ぶ子供達の声もしない。静かな時間だ。
無償とは、無保証と同義語かも知れない。
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