|
散った花びらが茶色くなり道路に散乱し、木々の枝には緑の葉が芽吹いている。
灰色の雲が垂れ込める空には青々としたその新芽が美しい。
緑豊かな季節の到来を告げている。黄色い花が庭先で揺れている。
自然は必ず何かしらの合図を送り、季節の到来も、災害も起こしているのかもしれない。気ずか無いのは我々だけで。
気ずか無いのでは無く、日々の生活に追われ見逃しているのだろう。
生きて行くのは難しい、お金を稼ぐ手段をまず得なければならない。不本意な労働でもさせられる。
もちろん個人の選択の問題だ。幸せのイメージもあらゆる情報として流れ込んで来る。
幸せの基準、それには大体お金が掛かる。しかし最近では少しの人間にそれらが効かなくなっても居る。
自分が好きな事をするのが生き甲斐、そう考え、お金より、地位より、やりたい事を優先させる人達だ。
しかし自分が何をしたいのか?これを捜すのは難しい。刷り込まれて来たイメージ、まず自分自身が自分の事を知る必要がある。これは思いのほか困難な作業だ。
他人のまねごとが、いつの間にか自分自身にすり替わってしまう時もある。これは悲劇だ。
お金を貸せげば、幸せの真似事はは出来る。しかし、働いてる時は常に奴隷だ。他人の目を気にする。
理想より、現実より、高い自分を演じつずけ無ければならない。
これは苦痛だ。崩壊も恐れなくてはならない。個人には個人の心の羅針盤が必要だ。
それにはまず自分の羅針盤を獲得知らなければならない。きっとそれが自分を知ると言う事だろう。
時代は変わる、人も生き方を変えて行かなければならない。
もう拝金主義が幸せのイメージでは無くなった。自分のやりたい事を見付け実行する。
貴方は子供の頃、どんな空想をしていただろう。今の自分に当てはまるだろうか?
他人の批判、目を気にしないで生きているだろうか?答えは貴方しか知らない。
木々の葉はあっという間に芽吹き、枝の間を覆い隠すだろう。
優しい葉音を立てて。
|