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朝早くに目が覚めた。夜明け、夜明けの街はとても静かだ。小鳥達のサエズリが至る所から、響き渡って来て、空はまだ、群青の色をたたえている。
完全に起床した時、初夏の透明な陽射しが降り注いでいた。
こんな日は、ある光景を思い出す。
コインランドリー、選択を待つ人が、外に椅子を出し、日光浴しながら漫画を読んでいる。
とても優しい情景だ。音も無い。
絵画の様な風景の一部。
昨日、友人とやっと連絡が取れた。
生きる意味が無い、どうして死にたいのか解らないけど、死にたくてしょうがない。
そうメールがきてから、三日、連絡は途絶えた。
自分の無力さを実感した。痛感した。まだ其処からは抜け出せない。
戦死者よりも自殺者の方が世の中には多いいそうだ。
内戦の時代、しかも、兵力は自分一人。救済も救援も無い。
野戦病院のスタッフも居ない。傷は自ら処置しながら、生きて行くしか無い。
しかし、思いどうりの戦況には持ち込めない、決定的なのは、敵の不在だ。
自分が戦っている者の姿が無い。ただ自分の執着と偏見、揺れつずける心と戦っているからだ。
存在を掛けた戦い、もちろん、降伏は死を意味する。
勝ち負けのハッキリしない戦、何を持って自分の武器とするか見当もつかない装備。
何をも損ねる事無く、個人的な戦争に取って代わる物は無い。
彼女は、知り合いからの連絡があった時、泣きながら自らの腕を切り刻んでいたそうだ。
励ましの言葉も耳に入らず、ただ泣きながら携帯を握っていたらしい。
彼女はまだ若い、若さは何がしかの役に立つ事を祈りたい。
彼女から、三日振りにメールが入った時、心配を掛けてすまなかったと謝った。
謝る必要等無い。それともまだ、他人に目を向ける余裕が彼女を救ったのか?
僕たちは、他人の戦争に付いては、余りにも無関心で無力だ。
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