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歯や花を落とした木々の枝は、捩れ湾曲し、紆余曲折しながらも最終的に空へと向かい伸びている。
太陽がある空へと。もちろん重みで下を向いている物のいる。
今日も世界の情勢等関係無しに、暖かな陽射しが降り注いでいる。
人が生活して行く上で最も避け難く困難なのは人間関係ではないだろうか?
人生には少なからず、野望、目標がある。
しかし人との関わりを無しして、目標への階段を一人登るのは無理だろう。
我々の周りには絶えず人がいて、他人の感情と言う面倒も考えなければならない。
関係を持てば摩擦が生まれ、良きにし悪にし、解決して行かなければならない。些細な事でも。
生活の最前線とは、人間関係ではないかとも思う。
コミニケーションは体力を使う。それが報われるとは限らないから。暖かな陽射しは日向、日陰を産む。
自己を進化させる事だけに人間は全精力を使えない、もちろん進化する事も苦痛の旅だ。
人間が勝手に社会的な都合で決めた価値観、人間関係の円滑化、それを行うのは苦行だ。
人はそれぞれに価値観、趣味を持って生きている。一人一人のそれを理解するのは不可能だ。
しかし我々は、あたかも解った振りをしなければならない場合もある。知らずの重荷。
人は自分を欺くと、平気で他人も欺く様になる。
それは人間関係の希薄化、欺瞞、怠惰への坂道に思う。抑制は消え、甘えに走る。
人は敢えて自分の物語を話したがる生き物だ。だから話し上手は、聞き上手と言うのだろう。
しかし生活情、他人の物語ばかりを考えている訳にもいかない。自分の物語が優先だ。
人は流すと言う技法を身につける。これを人間関係と呼べるだろうか。当たり障りの無い話題、ありきたりの無い流行、それを共有するだけの関係。桜の下での宴会、たわいの無い会話。明日には忘れる。
競い合って話される出来事、遣りたい事は切りがない、しかしやりたく無い事に裂かれる時間。
しかし我々は、深刻過ぎる問題は話さない。友達、同僚の輪に空間の穴埋めとして配列されて行く。
世の中だ自分だけが例外なんて事は無いのだ。テレビで流れる話題、それよりも山積みの問題。
皆孤独なのだ、認めていて欲しいのだ。しかしチッポケなプライドに傷ついている。
通学路、木の影を踏まない様に女の子がスカートをハタメカセ大股で飛び越える。
背中の大きなランドセルが音を立てて揺れている。笛の音が青空へと舞い上がる。
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