日々これ戯れ言

皆が楽しければ、世界は平和

自意識が必要に要求する傷

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執着する傷への憂鬱

桜が満開に咲き誇っている。散れば道路に敷かれ、人々の抱える重みの歩みに踏み潰されゴミと見なされるだろう。もう、綺麗だと目さえ奪われない。悲し気結末。価値観の喪失。
自然は人の目等気にせず、真っ当にその義務を果たしている。
雨が上がり始めると子供達の声が外で響き始め、雲が垂れ込める憂鬱な世界に花を与える。

桜は散る事に不満を抱いていないだろう。義務に似た循環があるから。
しかし人は見向きもされない事を、恐ろしく怖がる。それは存在しないと同じだからだ。
だから、せめてもの慰めを得る為に、あらゆる物に執着する。病気であり、悩みであり、不幸であり。
つまり病気にさえ甘え、こんなに辛いんだと訴える。誰かが構ってくれれば。

その為に転院を繰り返したりもする。もちろん進歩的な転院ももちろんある。
しかし多くの患者は自分の病気に依存するそうだ。治るのも怖くなると言う。
治れば新たな世界で生きて行かなければならない。社会復帰だ。
これ迄苦しんで来たと言っても、その生活に慣れてしまっているのだ。

慣れは怖い、新たな生活に対する恐怖しか産まない。これ迄は他人、医者、誰にでも責任を押し付けられた。しかし自立して行くにはそうも行かない。自分に対する責任は自分で取らなければならない。
世の中には同情好きの人が多いい、その恩恵を奪われたく無くなるのだ。
自立と言う孤独、理屈の為に理屈を作って何とか其処から逃げ出す事を考えるらしい。

悪循環、病は直したいが、孤独の中で自己責任を負う勇気がない。もちろん甘えだ。
しかし我々も孤独を全面に受け入れ、自己責任だけでやっているかと言うとそうでも無い。
社会の公式に呑まれ、欲望にの不潔感に悩み、日々を何となく送っている。
防御する術を養い、日々自分を守りながら不安定に生きている。生きる事の大変さに気ずいたのは何時だろう?

幾つもの悲しみが通り過ぎて行った、悲しみを感じ処理して行く時間さえ無かった。
その中で、自分が自分である事に、いつの間にか疲れ果てて居る。
雨が上がり、空から陽射しが射して来た、つかの間の小さな恵みを味わおう。
子供達の声も降り注いで来るだろう。

夜になると風は涼しく肌をなぜる。昼の熱気を冷ます様優しく、夏と言うより秋の気配を漂わせて。
虫達の鳴く夕暮れ、暖められた空気は、等に連れ去られた。
全てが、過去になる瞬間。
どんな大惨事の元に置かれた?燭の炎も揺らめかせる。

傷、過去に負った傷を、心理学的にトラウマと言うそうだ。
自分を守るため、忘れている事が多いらしい。
自己防衛本能と言おうか、人間の生きる力だ。良く出来ている。
しかし、人間は良く忘れる人間だが、原体験はそう簡単に忘れないらしい。

人は、自ら傷つく事でしか、自分の存在を確認出来ない種類の人も居るらしい。
トラウマの影響だと言う説もある。果たしてそうだろうか?
一時期、自意識が過剰に傷を求めるときがある。
好奇心の奴隷となる時期、苦しい時期、周りと自分との距離をに失う時。

無理に自らを傷つける。
自分がもっとも苦しむ方法で、自分を切り刻む。
本当に傷が見える場合もあるし、心の深淵に残る傷もある。
衝動が止められないのだ、沸き起こるもの、それをコントロールする事は不可能だ。

他人から見れば、簡単に見える事、しかし本人にはどうする事も出来ない。
そう言う体験をして来たもの、している物は、他人からの解決策を否定する。
必要としないのだ。
そんな物は鼻から信用していないのだ。

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