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雨は優しい、全てを覆い尽くす様に降り注ぐ。
喧噪は吸い込まれ、屋根で跳ねる雨音は心を慰める木琴を思わせる。
そして雷、空が唸り夜を輝かせる。
天空のフルオーケストラの演奏、自然からの恵み。
我々は自然の驚異的な現象に合わなければ、自然の事等忘れて行きている。考えもしない。
同じ様に、日常生活で多々迫られている、選択の事も。
自分に取っ手に重大事件でない意外、深く考えずに決定してしまう。
皆さんは公園を駆け回っていたあの頃、本当は何になりたかったのだろう?
将来には夢がある、しかし生活もある。何時から夢が夢になったのか。
夢の無い生活は色あせて行く、しかし僕らはあらゆる娯楽にうつつを抜かし、生活に色を付けようと必死。
雑踏からの絡み付く視線を意識し、背筋を伸ばそうとしている。
卑下されない人間に見せようと、ネクタイで首をくくる。
時折思い出される夢の旋律に心乱されても、支払い過ぎた夢の代償を思い歯を食いしばる。
逃れる術等無い、不安を受け入れるか、流れる時間を只見つめるか。
あの頃、周りさえ見えない程執着していた物を、何時諦めたのだろう?
それを何時、許したのだろう。もちろん諦めと許しでは違う。
現実を、あるがままの現実を、認め、そして諦める。しかしそれは存在する事への諦めである。
許す事は、自分の努力と誠意に対する、心模様に思う。
どちらも辛い決断だ、しかし人間が自分が生きるのに一番困難な存在なら、救いでもある。
人、他人との関係もそうだと思う。諦めと許し。相手に完璧を求めるのはエゴだ。
雨が連れ去った汚れた空気のおかげで、今日は晴れ渡り暖かな陽射しがさしている。
幾つかの日傘が人波の上で揺れている。
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