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日韓併合 なぜ朝鮮は戦わなかったのか? 日本の保護下に入ることに賛成だったからか あるいは、国家の態を成していなかったから かのいずれかの証拠ではないのか? ー>合法論が世界の主流 自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったこと。 2001年にハーバード大学アジアセンター主催で開かれた国際学術会議において韓国併合の合法性が論議された。韓国や北朝鮮の学者は違法論を展開したが、欧米の国際法学者らからはまったく受け入れられず、 かえって合法論が英ケンブリッジ大学のJ・クロフォード教授(国際法)らから出され「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は国際法上は不法なものではなかった」。 また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(一九一四−一八年)以降のもので当時としては問題になるものではない」 などの意見が出たほか、併合条約に国王の署名や批准がなかったことについても、国際法上必ずしも必要なものではないとする見解が英国の学者らから出されたという。 また、日本の学者からも、併合条約に先立ち日本が外交権を掌握し韓国を保護国にした日韓保護条約(一九〇五年)について、皇帝(国王)の日記など韓国側資料の「日省録」や「承政院日記」などを分析し、高宗皇帝は条約に賛成し批判的だった大臣たちの意見を却下していた事実を紹介し注目された。 もし、日本が韓国を併合しなかったら・・・・・ 日本が当時の韓国〔朝鮮)を下関条約で中国から独立させてあげた。 しかし朝鮮は独立を維持できず結局日本が保護してあげたにもかかわらず 韓国人は感謝の気持ちすらない。 もし、日本が併合しなかったら韓国はどういう歴史を 歩んだの興味深いものがある。 多分、再び中国の属国になったかあるいは当時 南下政策をとっていたロシアに占領されたかの いずれかであろう。 結局韓国は独立できない運命だったように思われる。 P.S. どうしても朝鮮人が日本統治を気に入らないなら日本が投資したインフラ整備 費用、熨斗つけて返す位の気構え位持てないのだろうか。 全くけちで恥知らずな民族である。 |
歴史認識
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各国の謝意 ククリックド・プラモード (タイ国元首相 ) 「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」( 十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」において ) バ・モウ (ビルマ元首相 独立宣言より) 約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。英国はさらにその伝統的陰謀賄賂及び想像し得るあらゆる詐欺及び術策の武器をしようせり。・・・ビルマ人は徐々に搾取され時の進むに従い総ての国民的実質、莫大なる物資的資源、機会、文化、言語、さらに遂にはその生活様式までも失い・・・愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。・・ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。・・・ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり・・・」(一問に百答 日下公人 PHP研究所) ダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥) 日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった。(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言) |
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1950年10月、パール博士は二度目の来日をされた。約1ヶ月間の滞在中に次の言葉を残されている。 「この度の極東国際軍事裁判の最大の犠牲は《法の真理》である。われわれはこの《法の真理》を奪い返さ ねばならぬ。」 「たとえばいま朝鮮戦争で細菌戦がやかましい問題となり、中国はこれを提訴している。しかし東京裁判 において法の真理を蹂躙してしまったために《中立裁判》は開けず、国際法違反であるこの細菌戦ひとつ 裁くことさえできないではないか。捕虜送還問題しかり、戦犯釈放問題しかりである。幾十万人の人権と生 命にかかわる重大問題が、国際法の正義と真理にのっとって裁くことができないとはどうしたことか。」 「戦争が犯罪であるというなら、いま朝鮮で戦っている将軍をはじめ、トルーマン、スターリン、李承晩、金 日成、毛沢東にいたるまで、戦争犯罪人として裁くべきである。戦争が犯罪でないというなら、なぜ日本とド イツの指導者のみを裁いたのか。勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに罪悪であるというなら、もはやそ こには正義も法律も真理もない。力による暴力の優劣だけがすべてを決定する社会に、信頼も平和もあろ う筈がない。われわれは何よりもまず、この失われた《法の真理》を奪い返さねばならぬ。」 「今後も世界に戦争は絶えることはないであろう。しかして、そのたびに国際法は幣履のごとく破られるで あろう。だが、爾今、国際軍事裁判は開かれることなく、世界は国際的無法社会に突入する。その責任は ニュルンベルクと東京で開いた連合国の国際法を無視した復讐裁判の結果であることをわれわれは忘れ てはならない。」 「日本は独立したといっているが、これは独立でも何でもない。しいて独立という言葉を使いたければ、半独 立といったらいい。いまだにアメリカから与えられた憲法の許で、日米安保条約に依存し、東京裁判史観と いう歪められた自虐史観や、アメリカナイズされたものの見方や考え方が少しも直っていない。 「いまや英・米・仏・独など世界の法学者の間で、東京とニュルンベルクの軍事裁判が、果して正当か否かとい う激しい論争や反省が展開されている。げんに英国法曹界の長老ロード・ハンキーは<パール判事の無罪論こ そ正論である>として『戦犯裁判の錯誤』と題する著書まで出版している。しかるに直接の被害国であり、げん に同胞が戦犯として牢獄に苦悶している日本においてこの重大な国際問題のソッポに向いているのはどうした ことか。なぜ進んでこの論争に加わらないのか。なぜ堂々と国際正義を樹立しようとしないのか・・・」 1966年10月(死去の前年)、パール博士は四度目の来日をされ、天皇陛下から勲一等瑞宝章を授与された。 |
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昭和25年11月、パール博士は広島の爆心地に近い本川小学校講堂で開かれた世界連邦アジア会議にゲストとして参加した.人種問題、民族問題が未解決である間は、世界連邦は空念仏である。 広島、長崎に投下された原爆の口実は何であったか。 日本は投下される何の理由があったか。当時すでに日本はソ連を通じて降伏の意思表示していたではないか。それにもかかわらず、この残虐な爆弾を《実験》として広島に投下した。 同じ白人同士のドイツにではなくて日本にである。そこに人種的偏見はなかったか。しかもこの惨劇については、いまだ彼らの口から懺悔の言葉を聞いていない。彼らの手はまだ清められていない。 こんな状態でどうして彼らと平和を語ることができるか。 講演後の11月5日、パール博士は広島の原爆慰霊碑に献花して黙祷を捧げた。その碑文「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」の意味を理解した博士の表情は厳しくなった。この《過ちは繰返さぬ》という過ちは誰の行為をさしているのか。もちろん、日本人が日本人に謝っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか、わたくしは疑う。ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、その原爆を落した者は日本人でないことは明瞭である。落した者が責任の所在を明らかにして《二度と再びこの過ちは犯さぬ》というならうなずける。この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いたものであることも明瞭だ。さらにアメリカは、ABCD包囲陣をつくり、日本を経済封鎖し、石油禁輸まで行って挑発した上、ハルノートを突きつけてきた。アメリカこそ開戦の責任者である。 にほんブログ村 政治ブログへ(文字をクリック)
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