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本日(2012年2月8日)シグマは新しい三つのカメラを発表しました。SD1 Merrill、DP1 Merrill、DP2 Merrillです。この三つのカメラに付けられた「メリル」の名は、シグマのカメラの核であるフォビオンセンサーの発明者、リチャード・ディック・メリルの名から取られました。これを機に、彼がフォビオンセンサーにかけた情熱と、熱意と、ビジョンを、広く知っていただきたいと思います。

ディック・メリルはカーバー・ミード、ディック・ライアンと共に、1997年にフォビオンを設立しました。それ以前は、IBMのTJワトソン研究所やナショナル・セミコンダクターで半導体の研究と設計を行なっていました。フォビオンで共に働いたことのある同僚は、彼について、才能あふれる発明家であり、未知のものを追求する探求者であり、優れた問題解決者だと評価します。ディックはわずか10歳にして、自分用のオシロスコープを所持していたほどです。

半導体の設計や機能を向上させていこうというディックのチャレンジ精神とその才能は、彼が取得した数々の特許に表れています。彼の情熱と才能がフォビオンとシグマのデジタルカメラにどのように貢献したか、ここで紹介したいと思います。


SD14で写真を撮るディック・メリル(ディック・ライアン撮影)



1999年に発売されたフォビオン初のフルカラーデジタルカメラは、プリズムで光を赤、青、緑に分離し、それを三つのセンサーで捉えるというものでした。このカメラは光の三原色を同一ピクセルで記録できるので、とても高画質な写真を作ることができたのですが、プリズムとカメラの製造はとても困難なものでした。しかし、このカメラで示した「一回の撮影で光の三原色を完全に記録する」というコンセプトは、それ以降のセンサーの発展でも、変わることのない、フォビオンの信念であり続けました。

その当時すでに、ディック・メリルはシリコンの層を利用すれば、赤、青、緑の各色を同一のピクセルに記録できる可能性があると気付いていました。光がシリコンを通過するとき、色ごとに異なる深さに到達するという自然現象を利用して、シリコン上に三層のレイヤーを作り、そこから光の三原色をそれぞれ取り出すことで、一つのピクセルに完全な色を再現できるということを、彼は理論的に証明したのです。

フォビオンの主任科学者であるディック・ライアンと協力して、ディックは85x85ピクセルからなる最初のフルカラーセンサーを開発し、テストしました。この小さなセンサーを実験した結果わかったことは、理論的に三層構造は可能だが、実際の製品として大量生産するためには、膨大な研究と、開発と、改善が、あらゆる側面において必要だということです。

ディック・メリルはこの困難に立ち向かいました。ディックはテストで明らかになった様々な問題を、同時に解決しなければならなかったのです。

・三層それぞれでとらえた光子を、もっと効率的に画像に変換すること。

・プロの要求を満たすような色再現を可能にすること。

・標準的なCMOS半導体製造工場で生産を可能にすること。

・競争が激しいデジタルカメラ市場で優位に立つために、低コストで生産性の高い、既存の製造工程を利用した生産方法を確立すること。


エピタキシャル・シリコン(半導体上に軸をそろえて結晶を成長させたシリコン)を作る技術があれば、三層センサーを作ることが可能だと、ディック・メリルは考えました。しかし、今まで誰もやらなかった方法なので、理論的には可能であっても、実際には設計と製造面で多くの問題がありました。

一方、フォビオンの画像チームは、三層センサーから伝えられる信号を、質の高いフルカラーの画像に変換するための作業に追われていました。2048x2048ピクセルからなる三層センサーのプロトタイプがナショナル・セミコンダクターから届けられると、早速試作カメラに搭載されました。カメラのファームウェアは最新のもので、ソフトも初めてのテストに使えるよう、改良を重ねられたものでした。試作機はきちんと動作し、画像を記録し、RAWデータを保存することが出来ました。

プリズムを使用した三板式カメラで培った技術を応用して、ディック・メリル、ディック・ライアン、その他のフォビオンのメンバーは、ついに成功しました。三層センサーと新しいソフトは、それぞれのピクセルで光の三原色をとらえることができたのです。チームのメンバーにとって、その日は忘れられない一日になりました。彼らの設計通りに、試作機が動いたのです。

その後は、実際の使用環境で使えるかどうか試すため、試作機を実験室の外で動作させる必要がありました。ディックは週末ごとにトラックに試作機を載せ、テスト撮影に赴きました。トラックには最新のソフトが入ったコンピュータや、改良済みのセンサーを搭載した試写用のカメラ、電源装置などを積みました。そして、実際の使用を想定し、様々な場所でサンプル写真が撮られました。

ディックはプロの写真家が使う場面を想定し、夜明けや日没のマジックアワーに写真を撮り、センサーがどのように機能するか確かめました。何度も改良を重ねた彼の献身があって初めて、フォビオンセンサーは実現が可能になったのです。ディックの撮影したサンプルによって、フォビオンは実用に耐えるということが証明されました。実験室で撮ったのではない、実際の世界で撮られた画像を見ることで、フォビオンチームもモチベーションを高めていったのです。

この、2048x2048ピクセルのフォビオンセンサーに魅せられた人物の一人が、当時シグマ社長だった山木道広氏でした。山木氏は2000年のフォトキナでカーバー・ミードと会い、フォビオン社が開発していた全く新しい方式のセンサーに可能性を見出したのです。

この会合によって、フォビオンとシグマは協力して、フォビオンセンサーを使ったシグマのカメラを作るために動き始めたのです。それから間もなくして、初の三層2268x1512ピクセルのフォビオンセンサーを搭載した、シグマSD9が発表されました。2002年2月11日のことです。

2002年からずっと、シグマとフォビオンは協力してデジタル写真技術の向上に貢献し、2008年、フォビオン社はシグマの子会社となりました。しかし、残念なことに、同じ2008年、ディック・メリルはこの世を去りました。

フォビオンのジェネラルマネージャーであるシュリ・ラマスワミ氏はディック・メリルについて、情熱とビジョンの人であったと語ります。

「ディックは半導体技術に精通した技術者でした。写真に対する強い情熱を持ち続け、全く新しい、革新的な映像装置を作りだしたのです。彼なくして、フォビオンセンサーの実現は不可能でしたし、この独創的な技術から生み出される画像を皆が経験することは、なかったと思います。彼の稀有な才能があって初めて、ただの理論でしかなかったフォビオンがプロトタイプとなり、さらに製品化されることが可能になったのです」

シグマはフォビオンの発明者であるディック・メリルの情熱と、熱意、そしてビジョンを誇りに思います。ディック・メリルに敬意を評して、彼の名を冠したSD1 Merrill、DP1 Merrill、DP2 Merrillをここに発表いたします。



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