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トパーズ色のフォトギャラリー(ニコンD300による写真ギャラリー
トパーズ色って?ニコンD300/D70による四季の花や風景の写真を掲載しています。

書庫小説 烈風八ヶ岳赤岳

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天候が厳しくなる前に出発しようと社長に声をかけ岩崎もレイ
ンウェアを着て歩き始めた。地蔵峠の取り付きからの急坂は岩
崎も苦しかったが社長のフォローをしながら、はしご・鎖場を
乗り越えた。尾根に出るとあの時と同じ風が突然やってきた。
岩崎は恐怖を覚えると同時にチャンスだと感じた。社長を突き
落としたとしても強風が理由になる。そして登山届けがないの
で当分身元はわからないだろう。
岩崎は社長にもう少しで頂上なので頑張ろうと告げ登り始めた。
展望荘の山小屋を越えたあたりから風は一層強くなった。雲で
辺りはまったく見えなくなってきた。社長は下山しようと岩崎
に告げたが、岩崎はもう少しだからと社長に登ることを促した。
こんな強風の中でしかもシーズン終盤のこの季節に赤岳に登る
ものは誰もいなかった。展望荘の先で少し休憩をとった後岩崎
が立ち上がろうとしたその一瞬突風が岩崎の体を宙に舞い上げ
た。岩崎は踏ん張ることもできず山梨県側へと滑落した。社長
はあっけにとられた。本来であれば自分がそういう目にあうこ
となどまったく知らずにいた。社長は一人では身動きをとるこ
ともできずにいた。夜になり気温も下がり社長の体温を一気に
奪った。

翌朝登山者によって社長の凍死体が発見された。また、美濃戸
のレンタカーの放置から岩崎が行方不明という事実も判明した。
渓夫は当日の天候が悪化することを知り、登山は中止していた。
当然岩崎もこの天候なら中止するだろうと思っていた。素人を
連れての前線の通過の中の登山の危険性はさすがの岩崎でも理
解できるだろうと思っていた。しかし、岩崎はそれよりもこの
チャンスで社長を何とかしたい。この思いのほうが強かったの
である。天候のことに気をつける余裕などなかった。遺体発見
の夕方、諏訪署の刑事から渓夫に連絡があった。事件当日の渓
夫の動向について聞かれた。が渓夫は自宅にいたこと、近所の
人にその証明は取れると伝えた。また、岩崎とは矢崎の件以降
はまったく会っていないと伝えた。翌日、山梨県側に滑落して
いる岩崎が発見された。死因は滑落による全身打撲とされた。
事件性はどこにもなかった。諏訪署が事件と判断してもその証
拠を押さえることは不可能であった。事実は事故である。

八ヶ岳にもそろそろ降雪の便りが聞かれる季節。渓夫は澄み渡
ったしかしキリッと肌を刺す風の吹く赤岳の頂上にいた。すべ
ては終わった。しかし、渓夫の心に一生消えない重荷がのしか
かった。
その重荷が何であるかを知っているのはこの赤岳に吹く風だけ
であった。

                         おわり



山と仕事の人間模様。普段の生活で見えてくる物をほんの少し
まとめてみました。

5年前の入院生活から復帰し、出社前の喫茶店で毎日手帳に数
行ずつ書き始めた文章が書き終わった所で再びパソコンに書き
写しながらちまちまと作業をしているとここでの投稿を終える
のに約3年程かかってしまった。たった2〜30ページの文書
なのに・・・・・。
最後まで読んでいただいた方がもしいらっしゃったら本当に
長い間ありがとうございました。



渓夫に岩崎から連絡があったのはその数日後であった。渓夫は
岩崎からの連絡の前に、すでに社長から登山の件は聞いていた。
10月半端の土日で登る予定だととも聞いた。渓夫もまたこの
社長を何とかできるチャンスだと考えた。その点では岩崎と同
じ思いであった。岩崎は10月初旬に名古屋を訪れ渓夫に同行
してほしいと依頼した。渓夫は殺意のある岩崎と社長との登山
にはリスクを感じ同行は断ったが、当日の登山については天候
が悪くない限り同一ルートを歩くことを約束した。何か事故が
あればフォローするとも伝えた。一方社長は当日準備するもの
を購入するのに付き合えと泣きついてきた。
最近の登山用品店に置いてあるものは派手な色合いのものが多
くなった。社長はパンツとリュック、雨具を買って喜んでいた
靴は以前履いていたものがあるとのことだった。10月後半の
登山。本当ならフリースや防寒具が必要なのだが渓夫は敢えて
社長には勧めなかった。
登山前日、岩崎は名古屋に移動し普段は乗らない車をレンタカ
ーで調達した。駅前の安宿で一泊し早朝に社長を迎えに千種区
の自宅へと出発した。社長を車に乗せ中央高速を東へと走らせ
る。多治見を過ぎたあたりから空がどんよりと曇ってきた。岩
崎は登山には詳しくはない。この時点で岩崎は大きなミスを犯
していた。

美濃戸の駐車場に車を置き登山届けをポストに入れたが単独登
山とした。南沢の登山路をたどる。相変わらず登山路の上の空
はどんよりとし赤だけの頂上は雲の中だった。社長は無口で着
いてきた。行者小屋に着くころには少し雨がぱらついていた。
岩崎は社長にレインウェアを着るように促した。社長は少し疲

れた表情で小屋の前で座り込んでいた。
十一時過ぎに社長が改札に現れた。            
岩崎は「あら?社長お元気ですか?お久しぶりです。」   
懐かしさを装って喫茶店に誘った。
「一時間程度ならいいが。」喫茶店で社長は失踪後の足取りと
理由を聞いてきた。岩崎は矢澤の件とは全く関係なく八ヶ岳に
いた事、そして報道で矢澤の死を知り、勝手な思いで矢澤の死
の容疑者として警察に追われる身となるのがいやで何もかもか
ら逃げ出した事を語った。その裏に本音がある事は社長に伝わ
らないように充分慎重に語った。社長は岩崎の本当の思いを想
像する事は全くなかった。矢澤の死は事故だと判断している。
渓夫からもそのように聞いていると語った。        
そして岩崎にもう一度会社に戻って来いと要求した。確かに岩
崎の喪失はサンディサービスにとって痛手となっていた。岩崎
はそれを固辞して、「それよりも、矢澤の追悼登山をしません
か?」と社長を誘った。                 
社長は、「長い間山になんか行った事はないが、それはいい案
だ。俺でも登れる山か?」と聞いたが、岩崎は、「山小屋泊で
二日もあれば素人でも十分登れる山です。」と伝えると、社長
は連絡先を伝え「また連絡してくれ。」と岩崎に伝え喫茶店を
出て行った。こうして岩崎の計画の第一歩を踏み出したのであ
った。


この間、長野県警はなにもしていないわけではなかった。渓夫
の行動はきっちりと把握していたが、岩崎との接点は見いだせ
ずにいた。ところが、この赤岳登山の前後で岩崎が茅野駅に現
れたのを駅構内のカメラでキャッチした。前日深夜に渓夫の車
は小淵沢インターで降りている。再び長野県警茅野署の田中刑
事は渓夫の元に現れた。岩崎と渓夫が会ったと言う事実が田中
刑事は欲しかった。しかし、渓夫は一貫して岩崎の住まいも知
らないし、ましてや会った事もないと突っぱねた。田中刑事も
執拗に渓夫を問いつめたが任意での聴取には限界があった。確
実な証拠を握っていない警察には二人を逮捕するだけの証拠固
めが急務であった。もちろん渓夫にも岩崎にも逮捕される云わ
れは全くないのであるが。


秋の紅葉の季節も終わり初冬の刺さるような風の吹くある日、
渓夫は岩崎からの手紙を受け取った。赤岳登山の礼と渓夫と同
僚であった時代の会社への思い、憎しみが綴られていた。渓夫
にも共感できる部分がそれなりにあった。と云うよりは今の渓
夫にとってはその憎しみは岩崎よりも強いものがあった。早く
辞めたい、その前に社長をなんとかしたい。その思いは日を重
ねるごとにどんどん強くなってくるのを自覚していた。本来の
渓夫の立場であれば、まずは会社をなんとかするという行動に
出るべきものであるが、独りではいかんともし難く、それより
は早くこの状況から逃れたい。その一心であった。その点にお
いて岩崎の思いとは少しずれていた。岩崎は、人生につまずい
た復習の相手を完全に切り替えていた。しかし、彼が最終的に
選んだ復習の相手、「社長」とは全く接点がなかった。その接
を見いだすべく渓夫に関わらせようと目論んでいた。


土曜や日曜に岩崎は渓夫に電話をするようになっていた。復讐
と言う手段には渓夫は消極的であった。ただ、社長の行動は岩
崎に伝えていた。冬山、春山の季節が終わり、そろそろ山にも
人の賑やかさが戻ってきた頃、岩崎は元の会社の社長を東京の
事務所へと通じる地下鉄の駅で待ち構えていた。三軒茶屋駅に
近く、しかし、都会の喧噪からは少し離れた場所にサンディサ
ービスの東京事務所はあった。瀟洒な風景と事業内容は似つか
わしくなかった.周囲には高級車が多く駐車していた。この日、
確実に社長が東京に来る事を岩崎は渓夫から聞いていた。偶然
を装って社長を呼び出し山へと誘うつもりでいた。


渓夫は岩崎の表情に変化の表われたのを見て取った。一気に岩
崎の不満の要因が渓夫に向けられるものではなく、会社や社長
に向けられるものであると理論立てて説明した。早朝に好天だ
った空に変化が表われてきた。尾根筋に現れた雲はあっという
間に分厚くなった。渓夫は岩崎を促し赤岳を目指した。地蔵尾
根までは渓夫が先行した。気がつくと風が出てきた。天候の変
化は早かった。渓夫はその天候に変化も想定済みだった。あの
時と同じ気圧配置。そう、矢沢の時。岩崎はあの時、赤岳の取
り付きまでも登られなかったのである。岩崎の登山技術、体力
はそれで想定できた。それはパーティを組む二人の優劣を決定
付けるものである。技術の劣るものは技術のあるものに従わざ
るを得ない。地蔵尾根を登りきる頃には猛烈な風となった。岩
崎は渓夫を殺るどころか自分を守るのに必死であった。


渓夫は岩崎に「あきらめるか?」と聞いた。岩崎はそれでも渓
夫を睨め付け首を横に振った。赤岳展望荘を過ぎた辺りで一層
風が強くなり、渓夫はザイルを取り出し、岩崎をくくり付けた。
強風の中で渓夫は岩崎を引きずり上げた。岩に足を捕られ、風
に身体のバランスを崩されどれだけ膝をついたことだろう。他
の登山者から見ると、危険きわまりなく、いい加減下山しろと
言いたくなるような状況であった。頂上で風裏の岩陰で少し休
んだ。疲労困憊の岩崎に比べて渓夫はまだ余裕があった。無口
の岩崎に暖かい飲み物を促し、しばらくして下山することとし
た。渓夫はここで岩崎を逆に殺ってしまえばという思いもふと
浮かんだが、まず疑われるのは自分であることは明白であり、
無駄なことはやめようときっぱりとあきらめた。渓夫は登りと
同様にザイルで岩崎を確保し強風から岩崎を守り抜いた。行者
小屋まで下りると風も少しは納まった。



岩崎はこの時矢沢を殺ったのは渓夫ではなくこの風であると確
信した。自分のこの一年は何だったんだろう?と後悔の念が心
の中に広がっていった。美濃戸から原村へと下りるとすっかり
と辺りは夕暮の景色になっていた。日帰り温泉で少し休むこと
にした。渓夫はここでも会社のこと、そして社長の今を話した。
岩崎も一年前まで在籍した会社である。お互いの心が病んでい
くのはそもそも会社に問題があるのではないか。そして矢沢の
ことも。岩崎の心の中から渓夫への思いが消え、会社や社長へ
の憎悪に変化してくのであった。

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