ちょっと寄り道しました(^o^)丿 2009・02・11 太田図書助資忠<おおたずしょのすけすけただ>は、関東管領扇谷上杉氏の家臣太田道灌の甥です。 臼井城跡の傍にある石碑は、臼井城の合戦にて討死した太田図書の墓と伝えられています。 文明11年(1479)、上杉方の太田資忠らの軍勢が、足利方の千葉孝胤<ちば・のりたね>らが籠もる臼井城を包囲し、周辺の敵対する諸城を攻略します。 しかし、臼井城の防備は堅固であり、落城する気配がありませんでした。 そのため、資忠らはいったん兵を引き上げようとしたところ、城内から兵が討って出てきました。 これに対して上杉方も反撃を加え、ついに臼井城を落城させました。 けれども、この戦いにおいて、資忠をはじめとする多くの上杉方の武将も戦死しました。 佐倉市 教育委員会 文化課 文化財管理班HPより |

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