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下野康史(かばた やすし)の「自転車で行こう!」
改正か改悪かわからないのに、「憲法改正」という一般名詞はおかしい。

書庫レール

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「職人」を取り上げるという企画を新聞社から頼まれて、SL機関士の恒松孝仁さんを候補に挙げた。元国鉄の機関士で、しかも直せて乗れるスゴイ人だ。単に直すだけではなく、シリンダーに直接、圧縮空気を入れて動かすという方法を開発し、全国各地で腐っていたSLを次々と復元して動けるようにしている。パワーはないから、本線で営業運転するようなことはできない。短い距離を行ったり来たりするエキジビション程度だが、石炭も水も使わずに走らせることができる。最もローコストな動態保存法でもある。
 過去2回、群馬県の川場村でD51を走らせていたときに取材し、こんどは静岡県で御殿場線のD52を復活させるんだとおっしゃっていた。

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 恒松さんは、いわばフリーランスのSL復活請負人である。いまはどこで仕事をされているのか、取材申し込みも兼ねて御機嫌伺いに電話をしてみようと思っていた矢先、事前調べをしていた新聞社の担当デスクから連絡が入った。なんと、昨年11月に交通事故で亡くなっていた。

 長年、山北駅に展示されていたD52を1年がかりでレストアし、昨年10月15日に「奇跡の復活祭」でお披露目運転をしたわずか1週間後、山口県内の中国自動車道で事故に遭われた。運転と整備を一手に引き受けるプロジェクトの立役者を失って、山北町が今後の対応に頭を抱えているという産経新聞電子版の記事が添付されていた。

 去年61歳ということは、国鉄で現役のSLに乗務した最後の最後の世代である。論より証拠、同じ歳のぼくは、中1のときに沼津駅で初めて御殿場線のデゴニを見て、以後、全廃目前のSLを撮り歩くようになったのだ。
 いまの60代ならまだなんとか体もアタマもしっかりしているから、SLの修理という重労働ができた。80歳の元ベテラン機関士だったら、炭水車にエアコンプレッサーを積んで空気で走らせるなんて、考えもつかないか、いやがるかのどっちかだろう。恒松さんは余人をもって代え難い人材だったと思う。


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 群馬県の中学時代、ドリキン土屋圭一と同級生で、恒松さんもかつてハコスカのスカイラインGT-Rを所有するクルマ好きだった。いまも愛車は最新のフェアレディZで、エグザイルをガンガン聴きながら走るのが好きだと言っていた。恒松さんは、鳥取県の若桜(わかさ)鉄道のC11も手掛けている。山口県を走っていたのは、そういう関係か、あるいは新しい仕事の話があったのかもしれない。

 聞きたいことが、まだ山ほどあったのにな。
 夏木陽介似のアツイSLおやじに合掌。


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