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サムラゴーチ

 サムラゴーチはペテン師だったけど、「ヒロシマ」はイイ。この騒動であらためて聴き返してみて思った。ワタシは好きです、このシンフォニー。

 初めて聴いたときから“なんちゃってマーラー”みたいだなあと思ったが、マーラー好きだから、OK。
 ヒロシマがテーマで、最後が鐘の音って、いくらなんでもステレオタイプじゃないの? とも思ったが、でも、本当の作曲者がつくったときはこのテーマでもタイトルでもなかったらしい。

http://www.youtube.com/watch?v=Gfv2X8_2W38
 Youtubeにアップされている広島でのこのライブが、NHKのドキュメント番組なのだろうか。よく削除されないで残っているものである。まだの人は、ぜひ聴いてみてください。
 第3楽章終盤、これでいうと7分15秒あたりからの弦楽アンサンブルなんか、マーラーのアダージョっぽいけど美しいし、最後の最後、平和の鐘のあとで何度か繰り返される管楽器隊の不協和音は、努力を怠ると、また世界のどこかでヒロシマの惨劇が繰り返されるよ、なんてことも想起させる。この曲は「ヒロシマ」として残ってほしいと個人的には思います。

 サムラゴーチを弁護する気はないけれど、でも、こういう虚言癖の人って、学年にひとりやふたりいたような気がする。
 その顔してて「わたしのお父さん、フランス人だから」とかいう女の子とか。
 小学校1,2年で同級生だったY君は、家の中にブルドーザーがあって、帰るといつもそれで遊んでいると自慢していて、すごくうらやましかった。

 サムラゴーチのウワサを初めて聴いた時、耳が聴こえないのに交響曲を書ける人がいるのか!? とビックリしたが、いても不思議はないかも、とつい思ってしまったのは、ベートーベンがいたからだろう。

 それよりも、まったく音楽教育を受けていない人間がフルオーケストラのスコアなど書けるわけない、という音楽的常識の検証は、彼に近づいた人なら容易にできたはずなのに、なぜその簡単なことをやらなかったのだろう。「現代のベートーベン」に目がくらんじゃったんでしょうね。


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下野康史(かばた・やすし)
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