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今月号は、ぼくの行きつけの峠、雛鶴(ひなづる)峠を取り上げた。中央道の南側を並行する県道の峠で、山梨県の上野原市と都留(つる)市の境にある。上野原市側のアップダウンに富む道が楽しい。 上野原インターを降り、旧秋山村をスタートするとすぐ、プジョー3008の右後輪に違和感。トレッドに石でも挟まったかなと思い、降りて見ると、U字型のクギが刺さっていた。エアはまだ抜けていなかったが、これから峠へ向かうというのに、そのまま走るのは“賭け”である。荷室床板をめくると、幸いテンパータイヤがあったので、迷わずみんなでタイヤ交換した。 いまの輸入車はスペアタイヤレスがあたりまえになり、代わりにパンク修理キット+電動コンプレッサーが積んである。そんな作業、やったことがないし、やりきる自信もない。 とすると、JAFを呼ぶしかない。この日は2時間後には雨が本降りになったから、JAF 頼みで時間をロスしていたら、取材/撮影が終わらなかったと思う。クルマには必ずリアルなスペアタイヤを付けて売るべし、と主張したい。 雛鶴の峠道にある「王の入りまんじゅう」。竈とマキの火で蒸かす大きな酒饅頭がおいしい。最強のアマチュア自転車チーム、なるしまフレンド御用達の店で、走行会だとクラブ員は食べ放題。お代は鳴嶋会長があとでまとめて後払いするらしい。ぼくはクラブ員じゃないので、お金を払うが、休日だとタケノコの煮物だとかをサービスしてくれる。 年の離れた御夫婦がやっていると思っていたが、実は御舅さん(昭和8年生まれ)とお嫁さんだったことが、今回、判明する。 あまりにも身近なので、なぜ「ひなづる」なのか、峠名の由来を考えたことはなかった。 予習したら、雛鶴とは、鎌倉時代、護良(もりなが)親王の奥さんだった雛鶴姫のことだった。足利氏に討たれた夫の首を携え、身重の体でこの峠を越え、秋山郷の山中で産気づき、親子ともども非業の死を遂げたという伝説がある。 峠の麓は、無生野(むしょうの)という。バス停の文字を見るたびに、なんて自虐的な地名なんだと思っていたが、まんじゅう屋の御主人に聞くと、なんと、雛鶴姫の「無情野」が転じたという。近くの山の中に、お産をしたと伝えられる場所があり、そこだけは赤土で、ズボンにつくとなかなか色が落ちないそうだ。 現在は封鎖されている旧道の雛鶴隧道を、10年以上前に自転車で抜けようとしたとき、ゾッとするような霊気を感じて、あとずさりして引き返したことがある。そういういわれがあったのかと、今回、納得がいった。 峠の手前には、平成元年に再建された雛鶴神社があり、雛鶴姫像も建つ。 でも、伝説の人物をここまで写実的に表現しちゃうのはどうなんでしょう。イスラム教の「偶像崇拝禁止」には一理あると思う。 |
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2017年07月19日
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