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 クラウンのスーパーチャージャーで2車線の中央道を都心に向かうとき、数km離れて2ヶ所の工事があった。何度か予告標識が出たあと、矢印のボードが並べられ、工事車線側は封鎖される。

 そのボードをかすめるように、ぼくの直前に強引に割り込むやつがいた。しかも2ヶ所とも同じクルマ。赤のメルセデス190E。2回ともクラクションを鳴らすまもなく、急ブレーキを踏まされた。ヒヤッとして、頭に血が上った。

 車線が2本に復帰するや、アクセルを床まで踏んだ。と同時に赤い190も加速を始め、つまりカーチェイスが始まった。
 ところが、これが追い越せない。ジリジリ離されてゆく。さすがにアウトバーンのクルマだなあと、怒りながらも感心した。

 敵をやっと追い越せたのは、首都高速の料金所を抜けてから。初期加速はこっちのほうがいい。だが、別のゲートを飛び出していた190をヤッホーと叫びたい気分で追い抜いたとき、相手の顔を見て、たじろいだ。
 コワそうな人だった……、大男だった……、パンチパーマをかけていた。そんなやつのベンツが、こんどはすぐ後ろにいる。
 
 またアクセルを床まで踏んだ。しかし、スーパーチャージャーがヒューンと唸りをあげても、敵はいっこうにミラーから遠ざからない。それどころか、困ったことになった。
 代々木のカーブを抜けると、渋滞だった。バトルに幕が落とされ、2車線の渋滞のシッポに2台が並ぶ羽目になった。右ハンドルと左ハンドル。喧嘩の相手が、すぐ隣にいた。

 おそるおそる横目で見ると、敵はいっぱいに開けたウィンドウから日焼けした太い肘を出し、くわえタバコの構えだった。好戦的である。挑発的である。そのくせ、少しもこっちを見ようとしない。それがまた不気味だった。
『自動車ジャーナリスト、首都高速上で殴られて大怪我』
 ひとりの自分が、朝刊の社会面を懸命に振りかざしていた。その一方で、あんなひどいことをされて、おまえは黙っているのかッ! ここで一発かませなんだら、おまえは負け犬だ。もうひとりの自分はそう叫んでいた。

 結局、ぼくは蛮勇をふるって朝刊を破り捨てた。意を決し、パワーウィンドウのスイッチを押し込んだ。ガラスが音もなく下がっていった。そして、断固たる態度で一発、こうかました。
「やっぱりベンツって、速いですね……」
 肘を出したまま前を凝視していたパンチパーマの大男は、次の瞬間、キッとこっちを見るなり応戦した。
「ス、ス、スーパーチャージャーも、サ、さんリッター並みの走り、しますねェ〜」
 口からタバコが飛び出しそうになっていた。
 昼下がりの渋滞の首都高速に、ふたりの小心者が並んでいるだけだった。

●●●● 
 以上は、91年に出した拙著『今朝、僕はクルマの夢を見た』に収めたエッセイである。あれから30年近く経ち、あおり運転が世間を騒がせている昨今、この原稿をノンフィクションとして出版するのはコンプライアンス的に無理でしょうね。

「あおり運転」という名前ができたのは、いいことである。名前がついて初めて顕在化するし、議論もできる。違反行為として成立もした。
 だが、この問題を考えるとき、忘れてはならないのは、あおり運転が始まる前に、まず何があったか、だと思う。
 ほかのクルマの無謀運転のせいで急ハンドルや急ブレーキを余儀なくされた。あおり運転トラブルは、そういうところから勃発することが少なくないとぼくはみている。
 
 しかしそれでたとえどんなに怒り心頭に発しても、そのアピールとしてあおり運転をしてはいけない。そう定められたのは正しい。進歩だと思う。
 クルマはスピードが出せる。簡単にスピードのターボがかかる。だから、絶対にクルマを使って殴り合いをしてはいけない。その考え方はまったく正しいが、でも、それだけだと、最初に違法運転をした側は“やり得”にならないだろうか。

 目的が“愛国”的であれば何をしてもいいという考え方のことを、中国では愛国無罪という。だからどんな反日行動も許されると。
 同じようにいま、ちょっと「反あおり運転無罪」みたいなことになっているような気がする。

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下野康史(かばた・やすし)
下野康史(かばた・やすし)
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