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iPhoneとジープ

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 いま、日本でいちばん売れているアメリカ車は、ジープである。2018年は1万1000台あまり。販売ランキングで言うと、ボルボの次。プジョーやルノーよりも売れてる。

 なかでも一番人気がこのラングラーだ。ジープにもいろいろあるが、これぞ元祖ジープ。ハシゴ型フレームに固定軸のサスペンション。かつてはCJ(シビリアン・ジープ)と呼ばれていた。『ラットパトロール』(古!)でおなじみMJ(ミリタリー・ジープ)の子孫である。

 21世紀も5分の1来て、気がついたらマイクロソフトやグーグルやアマゾンの植民地になっているような時代に、アメ車はまだ軍用ジープ直系かよ!? っていうのが、日本という国のつくづくおもしろいところである。酔狂なんですね。“いいとこの旦那メンタリティ”といってもいい。

 でも、乗ってみると、わかる。動き出した途端、「ふるッ!」と思うけど、まさにそこが楽しい。
 こんどのモデルチェンジではパワートレインが刷新され、2リッター4気筒ターボと8段ATが載った。よく回るエンジンは、それもそのはず、アルファロメオ・ジュリア用と親戚筋だ。
 リフォームして快適になった古民家、というか、リフォームして快適になっても古民家というか。とにかくいまどきこれほど“キャラの立った”アメリカ車はほかにありません。


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 前席の屋根は外せる。置き場所さえあれば、上屋の後半部もそっくり外せる。ただし、重いので大人ふたりでやるようにとトリセツに書いてある。


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 ドアのストッパーはナイロンベルト。


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 ファットバイクが似合います。


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「開発:ミシガン州オーバーンヒルズ、製造:オハイオ州トレド」と英語で書いてある。
SINCE 1941 MADE IN THE U.S.A.
いままでこんなプレート付いていたっけ? トランプ効果かも。

わ韓ない国

 毎年、700万人以上の韓国人が日本にやってくる。訪日外国人の4分の1にあたる。
 中国からの訪日客もほぼ同数だが、人口比を考えると、驚きの数字だ。韓国の人口は5200万人だから、7人ちょっとにひとりが、毎年、日本に来ていることになる。

 いま、韓国にはぜったい行きたくないと思っている日本人は多いだろう。まさにそうで、嫌いな国にわざわざ行こうとは思わない、ですよね。とすると、訪日韓国人のこの数字は何なんでしょう。

 韓国人の「700万人以上」に対して、韓国へ行く日本人は毎年300万人。人口は韓国の2.4倍だから、日韓の人の流れはかなり韓国の“片思い”である。

 自動車となると、アンバランスはもっとすごい。
 日本の輸入車市場に韓国車は、ない。20年近く前、日本で『冬のソナタ』が大ヒットして、おばさんたちが「ヨンさまァ〜」と言っていたころ、ヒュンダイが初めて日本進出を図った。


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 済州島に日本のジャーナリストを呼び、試乗会も開いた。三菱と協業して日本国内でディーラーもつくった。
 振り返ると、韓流ブームのこのときが過去最大の勝機だったと思うが、販売は伸びず、2008年のリーマンショックがとどめを刺した。

 一方、韓国での日本車はどうか。
 韓国の輸入車マーケットは大きく、日本の年間31万台に対して28万台くらいある。圧倒的人気はメルセデスとBMW。完全な二強状態だが、3位グループにはトヨタとレクサスが入り、2018年の日本車シェアは15%ほどである。かたや0%。

 以上、「反日」でおなじみ韓国の一面です。


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 いま、日本に入ってくる雰囲気はまったくないが、近年、韓国車の躍進はすさまじい。WRC(世界ラリー選手権)でもトップコンテンダーだ。新型メルセデスAクラスの標準タイヤもHANKOOK(ハンコック)である。
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 driver誌がリニューアルしてオールカラーになった。「峠狩り」の連載は車載カメラの走行動画を毎回YouTubeで配信するという試みも始まった。
 それらを記念して、今月号は“The 峠道”みたいなところへ行こう。というわけで、「日光いろは坂」を訪ねた。クネクネ道の代名詞だ。


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 中禅寺湖に上がる上り坂が、第二いろは坂。華厳(けごん)渓谷を挟んで、男体山の麓を下りてくる下り坂が、第一いろは坂。ともに一方通行で、1周すると16km。
 そこにいろは48のカーブがある、というのが名前の由来だが、いつもの「峠狩り」方式で数えてみると、全部で165コーナーあった。


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 いつからそう呼ばれていたかわからないほど、いろは坂の名前は古い。旧第一いろは坂だけでは交通容量が足りなくなり、1965年に第二が出来た。そのときに新道にも48個の半分を振り分けたので、数に意味はないのである。「い」から「ん」まで、名前のついたカーブが上下線に48あります、ということですね。


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 第二いろは坂の明智平(標高1274m)からは、第一のつづら折りが一望できる。
 ロープウェイでさらに100m高い展望台まで上がると、中禅寺湖と、そこから蛇口の水みたいに出ている華厳(けごん)の滝が見えるが、つづら折りを下ってくるクルマをここで見ているほうが飽きない。個人的には。

 男体山山腹の縦にえぐれたところは“薙(なぎ)”といって、土砂崩れの元だという。薙刀(なぎなた)の薙で、スパッと切った切り口のことなんですね。
 いまは治山工事で治められているが、昔は男体山の薙を見に行く、つまり崩落を見物に行くというレジャーがあった。という内容を記した幸田文の碑文が明智平にある。観光地、日光のフトコロは深い。


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 いろは坂でいちばんうまいドライバーは、東武路線バスの運転士である。スピードを落とさない走りで、上り坂はふつうの乗用車より速くて驚くが、下りはとくに40番以降のヘアピンカーブでのライン取りが見ものだ。
 
 真後ろについて写真を撮っていたら、ハザードを出して左に寄り、先に行かせてくれるので困った。イッパイイッパイの難所でも、ちゃんと後ろを見ている。あおり運転のタネをまかないマナーは、乗用車も見習わねば。

檜原村の名峠

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 東京の本土に残る唯一の村、檜原(ひのはら)村の時坂峠へ行った。といっても、ポルシェバイクを積んで、麓まではクルマ。

 1月下旬に奥多摩界隈の峠にロードバイクで上がれるのだから、今年はやはり暖冬なのでしょうか。
 5日前、西伊豆から富士山を見たら、この時期としては気の毒なくらい、黒い地肌が出ていた。東京のほうから見ると、けっこう真っ白なのだが、日当たりのいい南側は雪が付かないようだ。去年のちょうどいまごろは、東京にも大雪が降ったんだけど。


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 先週、ヨメさんがA型インフル宣告を受けて、月曜日まで寝込んでいた。
 同じころ、ぼくもちょっと悪寒がして、フシブシが痛くて、やられたかと思っていたが、3日前に症状が治まった。
「インフルエンザ、自然治癒」と入れてググって調べたところ、抵抗力さえあれば、たとえかかっても自然治癒するのだそうだ。皆様もがんばってください。

 あと、個人的にやっているルーティーンでお薦めしたいのは“鼻うがい”ですね。
 いろいろやりかたはあるが、ぼくのは簡単。シャワーで人肌の温水(水だと痛い)を出し、片方ずつ鼻でそれを大きく吸い、思いきりフガーッと排出する。これを何度か繰り返す。人には見せられない。
 もともと花粉症対策で始めたのだが、いまは毎日やっている。自転車やランニングから帰ったあともやる。花粉の洗い流しだけでなく、風邪やインフル予防にもいいと思います。


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 時坂峠は途中の山腹がすっかり伐採されて、ものすごい景色が見下ろせた。
 このへんだと標高500mちょっとだが、まさに「千尋の谷」の迫力。山は高さじゃないですね。
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 クラウンのスーパーチャージャーで2車線の中央道を都心に向かうとき、数km離れて2ヶ所の工事があった。何度か予告標識が出たあと、矢印のボードが並べられ、工事車線側は封鎖される。

 そのボードをかすめるように、ぼくの直前に強引に割り込むやつがいた。しかも2ヶ所とも同じクルマ。赤のメルセデス190E。2回ともクラクションを鳴らすまもなく、急ブレーキを踏まされた。ヒヤッとして、頭に血が上った。

 車線が2本に復帰するや、アクセルを床まで踏んだ。と同時に赤い190も加速を始め、つまりカーチェイスが始まった。
 ところが、これが追い越せない。ジリジリ離されてゆく。さすがにアウトバーンのクルマだなあと、怒りながらも感心した。

 敵をやっと追い越せたのは、首都高速の料金所を抜けてから。初期加速はこっちのほうがいい。だが、別のゲートを飛び出していた190をヤッホーと叫びたい気分で追い抜いたとき、相手の顔を見て、たじろいだ。
 コワそうな人だった……、大男だった……、パンチパーマをかけていた。そんなやつのベンツが、こんどはすぐ後ろにいる。
 
 またアクセルを床まで踏んだ。しかし、スーパーチャージャーがヒューンと唸りをあげても、敵はいっこうにミラーから遠ざからない。それどころか、困ったことになった。
 代々木のカーブを抜けると、渋滞だった。バトルに幕が落とされ、2車線の渋滞のシッポに2台が並ぶ羽目になった。右ハンドルと左ハンドル。喧嘩の相手が、すぐ隣にいた。

 おそるおそる横目で見ると、敵はいっぱいに開けたウィンドウから日焼けした太い肘を出し、くわえタバコの構えだった。好戦的である。挑発的である。そのくせ、少しもこっちを見ようとしない。それがまた不気味だった。
『自動車ジャーナリスト、首都高速上で殴られて大怪我』
 ひとりの自分が、朝刊の社会面を懸命に振りかざしていた。その一方で、あんなひどいことをされて、おまえは黙っているのかッ! ここで一発かませなんだら、おまえは負け犬だ。もうひとりの自分はそう叫んでいた。

 結局、ぼくは蛮勇をふるって朝刊を破り捨てた。意を決し、パワーウィンドウのスイッチを押し込んだ。ガラスが音もなく下がっていった。そして、断固たる態度で一発、こうかました。
「やっぱりベンツって、速いですね……」
 肘を出したまま前を凝視していたパンチパーマの大男は、次の瞬間、キッとこっちを見るなり応戦した。
「ス、ス、スーパーチャージャーも、サ、さんリッター並みの走り、しますねェ〜」
 口からタバコが飛び出しそうになっていた。
 昼下がりの渋滞の首都高速に、ふたりの小心者が並んでいるだけだった。

●●●● 
 以上は、91年に出した拙著『今朝、僕はクルマの夢を見た』に収めたエッセイである。あれから30年近く経ち、あおり運転が世間を騒がせている昨今、この原稿をノンフィクションとして出版するのはコンプライアンス的に無理でしょうね。

「あおり運転」という名前ができたのは、いいことである。名前がついて初めて顕在化するし、議論もできる。違反行為として成立もした。
 だが、この問題を考えるとき、忘れてはならないのは、あおり運転が始まる前に、まず何があったか、だと思う。
 ほかのクルマの無謀運転のせいで急ハンドルや急ブレーキを余儀なくされた。あおり運転トラブルは、そういうところから勃発することが少なくないとぼくはみている。
 
 しかしそれでたとえどんなに怒り心頭に発しても、そのアピールとしてあおり運転をしてはいけない。そう定められたのは正しい。進歩だと思う。
 クルマはスピードが出せる。簡単にスピードのターボがかかる。だから、絶対にクルマを使って殴り合いをしてはいけない。その考え方はまったく正しいが、でも、それだけだと、最初に違法運転をした側は“やり得”にならないだろうか。

 目的が“愛国”的であれば何をしてもいいという考え方のことを、中国では愛国無罪という。だからどんな反日行動も許されると。
 同じようにいま、ちょっと「反あおり運転無罪」みたいなことになっているような気がする。

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