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中古車バブルですか

 このブログでクルマのことを書くので、当然、ぼく宛のバナー広告はクルマ関係が多い。
 最近しょっちゅう見せられるのが、“価格.com”の中古車検索である。しかも、ボヨーンとポップアップしてくる中古車に、ツボどんぴしゃりの超マイナーなふるーいクルマが多いのだ。


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 68年ミニ・マーコス。BMCミニのサスペンションとエンジンを使った英国バックヤードスペシャル。カッコはキテレツだが、乗ると、敏捷性のカタマリ。いままで運転したクルマのなかでいちばん楽しかったなあ、と思い出すクルマの1台だ。


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 68年ジネッタG15。だれも知らないですよね。これもイギリスのキットカーで、オリジナルのフレーム/FRPボディにリアエンジンのヒルマン・インプ用1ℓパワートレインを移植したRRスポーツカー。ノーズが軽くて、楽しい。
 
 英国のバックヤードビルダー(裏庭製作所)というと、ウチはファン・トゥ・ドライブ性能だけで、「デザインは取り扱っていません」「そこまで手が回りません」みたいな、ヘンなカタチのクルマが多いのだが、ジネッタはカッコもポイントが高い。


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 時代はちょっとバック・トゥ・ザ・フューチャーして、81年デローリアンDMC12。
 値段にびっくりだが、ステンレスボディの程度はよさそうだから、これくらいするのだろうか。乗ると、大味だけど。

 これに限らず、80年代以前の人気中古車は、国産、外車を問わず、いまおそろしく高い。バブルが来ている感じだ。
 いちばん驚いたのは、これ↓。


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 72年日産スカイライン2000GT-X。GT-Rではない、フツーのハコスカなのに、1490万円! 
 しかもこれ、年式もグレードも色も、ぼくが初めて乗り回したクルマ(実家の)と同じなのだ。日産の中古車センターで74年に買った2年落ちの中古車は、程度もあまりよくなくて、たしか46万円とかだった。
 
 しかしこの個体、たしかに奇跡のコンディションを保っているように見える。無改造だし、ホイールキャップだし。
 にしても、いまここまで高値をつけられるのは、アメリカの25年ルールの影響なんでしょうね。いざとなったら、向こうで高く売れるという。


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 60年代の初代マツダ・コスモ・スポーツも、いまは1000万円以上があたりまえだが、クーペに変わった2代目の79年式も300万円近い。新車時より上がっている。
 しかもこれは、小さいほうの12Aロータリーモデル。逆に言うと、だからこそこうして無改造のまま現存しているのかも。
 でも、こういうクルマに高値がつくのは、いいことだと思う。“還付金”じゃないけれど、モノを長いこと大切にしていると、いいことあるよ、という世の中であってほしいですね。
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 普通免許をとると、もれなく付いてくるのが「原付」の免許である。
 正式名は「原動機付き自転車」。いまのスクーターやスーパーカブを見て、どこが自転車なんだ!? と思うかもしれないが、起源はこれ。
 マイカーも軽トラもまだなかった1950年代、自転車にエンジンを後付けしたこういう二輪車がつくられて、使われた。文字通り、原動機付きの自転車に乗るために制定されたのが、原付免許のそもそもなんですね。

 この原付は、愛知県でつくられていた1950年トヨモーター。去年の夏、オートバイ愛好家所有のコレクションが刈谷市美術館で「トヨモーター展」として公開されたその1台。


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 いま見ると、実にカッコイイ。とくに後輪に付くエアロシェイプなエンジンカウル。素材はマグネシウムと聞いて驚いたが、当時、軍需用の安い放出品が出回ったらしい。

 トヨモータースが製造したのは2ストローク単気筒エンジンや燃料タンク、そのほか駆動系や操作系の部品だけで、自転車本体は市販品である。フロントサスペンションが付いた、ロングホイールベースのこれもフツーの自転車として売っているものだった、

 ファットバイクユーザーとして驚くのは、後輪の太いこと。ファットタイヤとそんなに変わらなく見えるが、当時、配達用に使われる重運搬用自転車は、これが標準サイズだったという。つまりこれをナマアシでこいでいた。
 しかも、道路はまだ未舗装があたりまえでしょ。昔の人は健脚だったんですね。


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文春砲にびっくり

 去年より減ると思っていた年賀状が、逆に予想よりちょっと多かったので、年が明けてから、2回、買いに行った。しかし、新年になってもまだ売っているということは、やはり売れていないんですね。


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 30年以上前にTVRヴィクセンを売った、というか、買っていただいた京都のKさんから今年も写真入りの年賀状が届く。ボディカラーはオレンジから赤に変わって久しいが、1972年式なのに、ますます新車のように輝いている。
 会いに行きたいねとヨメさんと話す。室内のFRPの匂いが変わっていなかったら、泣いちゃいそうだ。

 いちばんびっくりした年賀状は、文藝春秋のKさんだ。
 2000年に文藝春秋が“TITLE”(タイトル)という一般誌を出した。そのプレ創刊号のためにイタリアへ行き、アルファロメオのあれこれを取材して回った。
 そのとき、担当編集者としてアテンドしてくれたのが、当時、入社したばかりのKさんだった。いかにもまじめでまっすぐな好青年という感じの子で、文春ってこういう人を採るのかあとちょっと意外に思った。

 その仕事以来、Kさんとは会っていない。TITLE誌もとっくに休刊になっている。でも、毎年、年賀状はもらう。必ずひとこと近況が添えてある。誠実な人なのだ。
 週刊文春の編集部に異動になり、その後、デスクになったという知らせはもらった。そして、今年の年賀状には、なんと昨年の7月に編集長を拝命しましたと書いてあった。あのナイスガイが文春砲のボスになっていたとは!
 
 やっぱり年賀状って大事かも。こういうコミュケーションの“温度感”は年賀状にしかないような気がする。

梅野木峠初詣

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 暖冬とか言ってたけど、フツーに寒いじゃありませんかのお正月である。
 多摩川も凍る寒い日だったが、天気はいいし、風はないし、ファットバイクで初乗りに出る。
 目指すは、日の出町と青梅市の境にある梅野木峠。くっきりと見える奥の山脈のどれかだ。

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 秋川沿いの広場でフリスビードッグ大会をやっていた。
 DJ風実況付きだけど、静かな競技なので、盛り上がりはイマイチ。犬のキャッチ技術より、人間の投げる技術のほうが重要に見えた。


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 梅野木峠へはここから林道に入る。都道をまっすぐ行くとすぐ梅ケ谷峠。どちらも日の出町/青梅市境で、まぎらわしい。
 でも、青梅というくらいで、このへんは梅が有名だ。“バイゴー”(梅郷)という名のドラッグストアも多い。


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 梅野木林道を走るのはだいぶ久しぶりだが、道が整備されて走りやすくなっていた。
 峠までは3.6km。定期的にヒルクライムが開かれるつるつる温泉側のような激坂はない。そのかわり、大半はフラットダート。途中、オフロードバイクのグループに追い越され、男性トレイルランナーとすれ違う。


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 風流な落石防止柵。


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 いつ見ても美しい大曲のカーブ。この坂を上り詰めると標高630mの梅野木峠。ウチから45km。初詣甲斐あり。
 とはいえ、右側の斜面からこんなにデッカイ落石が墜ちてくることもあるわけだから、そこんとこ今年もよろしく、と林道は言っている。

 帰りはつるつる温泉方面へ下りる。都道まで9kmの日陰ダウンヒル。寒いのなんの。
 でも、午後から北風が強くなり、追い風に押されてラクだった。

 箱根大学(と白バイ)駅伝。日本テレビの中継だと、白バイばっかり映るので、NHKラジオで聴くほうがいい。
 帰ったら、東海大がまさかの総合優勝だった。青学は復路優勝で総合2位にランクアップ。5連覇を逃しても、悲壮感がないのはさすが青学。

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