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ホンダモンキーの50周年記念モデルを借りていたので、和田峠まで走りに行った。 モンキーに乗るのは、高校以来だ。免許を持っていて乗るのは、初めてである。 昔からの猿党は、インジェクションのモンキーなんて、と言うのかもしれないが、門外漢にとっては、最新モデルも十分楽しい。ほしくなった。 1967年発売といえば、トヨタ2000GTと同じである。2000GTは337台しかつくられなかったが、モンキーは累計生産66万台。乗っていても、歴50年が醸し出す“定番感”がスゴイ。 激坂の和田峠にオートバイで上ったのは初めてだが、あたりまえだけど、自転車と違って、ぜんぜん疲れない。自転車で苦労しているのが、バッカじゃなかろうかと思った。バッカなんだけどさ。 ごくたまにチョイ乗りするオートバイも、近年、遠心クラッチばっかりだったので、リターン式のチェンジを思い出すのに最初、時間を要した。キックスタートして、サイドスタンドをしたままローに入れるとエンストするという安全装置は、いまあたりまえなのだろうか。最初は壊れたのかと思った。 50周年記念モデルといっても、今年の夏でモンキーは生産終了だ。雑誌で言えば、「創刊50周年記念お別れ号」みたいなものである。 打ち切りの理由は、これ以上の排ガス適合が困難になってきたこと。モンキーに限らず、原付50ccクラスは、早晩すべて電動化されるとホンダも言っている。 でも、そうすると、ますます電動アシスト自転車に食われてしまうんじゃないだろうか。 |
ロードバイク熱中生活
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スポーツ自転車に乗り始めた90年代前半、キャノンデールでびっくりしたのは、ぶっといアルミフレームのロードバイクだった。とくにダウンチューブが水道管のように太い。モデル名に付く2.8とか3.0とかいった数字は、パイプの直径(1インチ=2.54cm)だ。 いまは、太いのがあたりまえになり、ダウンチューブ裏側にメーカーロゴを入れて、すれ違いざまに誇示するわけだが、細身のスチールフレーム全盛(の最後)だった当時、あの太さは衝撃的だった。アルミフレームは、パイプの肉厚を細くして、パイプ径を太くするほうが、軽量と剛性がより実現できる、というような説明だった。 90年代は、デローザもコルナゴもピナレロもビアンキも、イタリア国内生産だった。石炭の直火にスチールパイプを突っ込んでロウづけするフレームビルダーなんかも残っていた。 そのころ、イタ車専門店だった上野 横尾双輪館の御主人に「アメリカ車って、どうなんですか」と聞いたら、「残りませんよ」と即答された。 でも、アメ車、残ってます。キャノンデールも、トレックも、スペシャライズドも。研究開発にお金をかけて、「新しいことをやる」というイメージは、ヨーロッパ車よりも強い。個人の感想ですが。 キャノンデールが“NEW ROAD”、つまりニューロードバイクと謳うのが、27.5インチ(650mm)のスレイト(SLATE)だ。 一見、MTBにドロップハンドルを付けたように見えるが、オフロードモデルではない。 タイヤのトレッドはほぼスリックだが、幅は42mm。ロードバイク用の倍近くある。このタイヤとの組み合わせだと、車輪の外径(ハイト)は700Cロードバイクよりちょっと高い。つまり速い理屈だが、これだけ太くて、空気量があると、なによりも安定感と快適性に御利益を感じる。 “レフティ”のフロントフォークと、ディスクブレーキが付いている。ロードバイクにはそのどっちもいらないと思うが、「付いてて邪魔にならない」以上のメリットはある。専用フォークはカーボン製で、車重も実測10kgちょうどに収めている。 キャノンデールの代名詞、レフティ(左利き)フォークは、見た目には「ダイジョブなの!?」と思わせるビジュアルショックがあるが、乗っていて、片持ちの違和感も実感もない。クルマの車輪はみんな片持ちですね。 乗った印象は、“路面を気にしなくていいロードバイク”である。だから、通勤にも長距離にも向いている。あと、体重の重い人にも。
NAVI CARS誌の「自転車試乗記」で乗ったのだが、いまからロードバイクを買うとしたら、これいいなあと思った。 |
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アウディS3スポーツバックを返却に行くので、帰りは自転車で戻ることにした。 世田谷のアウディからウチまでは30km足らず。ロードバイクじゃ物足らないから、トレンクルを積んでゆく。 以前、同じボディのRS3にファットバイクを積もうとしたら、ギリギリでテールゲートが閉まらなかったが、14インチのトレンクルなら、ワケない。折り畳めば、売るほど積めそうだ。 環8沿いのアウディから、多摩川に下りる。多摩サイへ出ちゃえば、あとは気楽だ。と思ったら、春一番の強風が吹いていた。 風で、川面に皺がよっている。葉っぱは裏側を見せている。風が“見えちゃう”ほどの強風だ。 でも、春一番なら南風である。てことは、基本、追い風ではあるけれど、なんの因果か、向かい風に変わることもある。風って、強くなると“巻く”のである。 だから、自転車やランニングの場合、風はないのがいちばんありがたい。 調布まで来ると、多摩サイをふさぐようにうつぶせに倒れていた男性がいた。近くにスケボーが転がっている。30代くらいか。呼びかけても反応がない。鼻から血を流していて、路面にも血のりがついている。すぐ119番通報する。 救急車が近くに止まって、救急隊員が来るまで15分くらいかかる。その間に男性は起き上った。 しかし、フラフラでロレツが回らない。ここはどこ!? わたしはだれ!?状態である。酔っぱらってスケボーに乗り、強風にあおられてひっくり返ったらしかった。 まあ、大事に至らず、よかった、と言っておこう。救急隊のみなさん、御苦労さまでした。 |
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レクサスのオールラインナップ試乗会に行ったら、レクサスのロードバイクが置いてあった。 聞いたら、出たのは2013年だという。知らなかった。カーボンフレームのメーカーは教えてくれなかったが、シマノの電動デュラエース付き完成車で、105万円。乗ればいいんだろうけど。 ただ、こうやって自転車を裏側向けて展示しているところを見ると、レクサスはおよそ自転車好きじゃないってことがバレバレである。 数年前に改組されて、いまのレクサスは「レクサスインターナショナル」という、トヨタの企業内企業みたいな形をとる。トップの肩書は、プレジデント、ナンバー2は、バイスプレジデント。試乗会でもそう紹介される。なんだか、ちょっと“カッコ笑い”である。 でも、プレジデントはデザイナーである。日本の自動車メーカーで、デザイナーがプレジデント(社長)になった例はないから、そういう意味では画期的、なのだけど、それだけデザイン重視のブランドが、このスピンドルグリルかよ、とぼくは思っているので、どんなに中身がよくても、レクサスは好きになれない。「カトちゃん、ぺ」みたいな鼻メガネかけている人に人生訓垂れられてる感じがするのだ。 この日、福市得雄プレジデントを試乗会に送り迎えしたクルマは、なぜかレクサスLSではなく、トヨタセンチュリーだった。レクサスのプレジデントがセンチュリーでいいのか! という複雑なツッコミを入れた人も多かったと思う。
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今中大介に新型NSXを語ってもらう、という取材で、甲府のインターマックスを訪ねる。 シマノレーシングにいた90年代、今中さんは中古で買った初代NSXを乗り倒していた。同じ名前で出す必要があるのかと思えるほど激しく変わった2代目に乗って、何を思うのか、旧型のヘビーユーザーに聞いてみようという企画。 スーパーカー世代の超クルマ好きであることは有名だが、数年前から4輪レースにハマって、F4レースにシリーズ参戦していたとは知らなかった。50の手習いで、フォーミュラカーかよ! でも、そういう感覚の人なので、公道でNSXに乗ってもスゴイ。Gで顔ゆがんだ。 その模様は来年1/26発売のルボラン誌に書くとして、以前から今中さんに聞きたいことがあった。 今年の5月、「峠狩り」の取材で大阪の暗(くらがり)峠へ行ったら、峠の茶屋に今中さんと片山右京のサインがあった。平均勾配20%という噂もあるクレイジーな激坂をロードバイクで上ったらしい。 あの峠をロードバイクのギヤとタイヤで、というのがぼくにはそもそも信じられないのだが、果たして、途中、足は着いたのだろうか? 天を衝くような2.5kmの坂をノンストップで上がったのだろうか? 今中さん曰く、片山右京と上ったときは、雑誌の企画だったので、途中、撮影のために何度も止まった。 しかし、そのあと、大阪でサイクルモードがあったとき、ショーのついでにひとりで暗峠へ行き、な、な、な、なんと! アウターギヤだけで、一度も止まらずに上ったのだそうだ。それも、コンパクトギヤではない、53-28だという。 頂上に着いたら、デュラエースのブレーキのブラケット部が回っていた。「それくらい、腕力も使いましたね」って。ひとりで再挑戦に来るっていうのもスゴイけど。 やっぱり、世界クラスの人って、別モノなんだ。 ここを53のアウターで……! |





