|
アキレス腱痛が完治しないので、先週、セカンドオピニオンを求めて、別の整形外科を訪ねた。ネットで見つけた国分寺の小山整形外科。決め手は、ホームページに「スポーツ整形外科」という科目があったからだ。 3月22日に初フルマラソンの予定があり、年末に練習の距離を増やし、しかもコースに上り坂を取り入れて走っていたら、左アキレス腱に痛みが、と、正直に事情を話したら、すぐに超音波で診てくれた。アキレス腱はレントゲン写真ではわからないそうだ。 一緒に画像を見ながら、くわしく説明してくれた。 アキレス腱に痛みが出ている場合、腱の一部が石灰化していたり、中に水が溜まったりしていることがあるが、ぼくのはとてもきれいだという。骨との接合部も、とくに問題なし。痛みは、オーバーワークのせいでしょうとのこと。 「最初に行った病院で、痛いまま無理すると断裂するぞと脅かされたんですけど……」 「たしかに、断裂した人は、必ずその前にアキレス腱が痛かったとか重かったとか、異常を感じています。だから、可能性は否定できません。断裂したら、治るまでに半年かかります。治っても、ランニングのパフォーマンスはガクッと落ちます。 でも、今の状態でも3月の本番に出られないことはないと思います。そのかわり、勇気をもってこれから2週間、ランニングは完全にやめましょう。それで2週間後、もう一度診せて下さい」 「治るまで、ウォーキングに切り替えようと考えていたんですけど……」 「アキレス腱に負担をかけるような大股で歩くのは、だめですよ」(大股の早歩きをやるつもりでいたので、まさに図星) 「自転車はいいですか?」 「ロードバイクですか? ペダリングしている時に痛みが出ないなら、いいです。体重は増やさないほうがいいですからね」 40代とおぼしき小山先生は、スポーツ整形外科医としてかくの如く丁寧に、納得のいく説明をしてくれた。かるくアキレス腱に触っただけで、なんの検査もせず、このまま走ってたら断裂するぞと脅した最初の先生とはえらい違いである。 しかし今回も治療や投薬はなかった。手当を何もしていないのに、2週間後にまた来いって言われたけど、痛みがひいていたら、行かなくてもいいよな、とヨメさんに同意を求めたら、「ダメ。お墨つきをもらいにいくのよ」と諭される。 ●●●● そんなわけで、3連休の初日は自転車で小仏峠へ行った。ペダリングの回転運動はアキレス腱にもやさしい。 小山先生が「でも、ビンディングペダルで引き足使うとよくないですよ」と言っていたので、フラットペダルのファットバイクにする。 国道20号から入って5km、小仏峠の入口で舗装路は途切れる。ここからはダートの登山道だ。休日なので、ハイカーが行き来している。せっかくファットバイクでここまで上がったのだから、ちょっとダートも走ってみたいが、小仏峠への登山道へ入るのはヒンシュクものだろう。同じところから北に延びる「ヤゴ沢作業道」へ進む。 道路看板に書いてある「長さ439m」の文字には気づかずに走り始めたのだが、その半分も行かないうちに、きつくて登れなくなる。タイヤはまだ行けそうだが、エンジンのほうがイケない。でも、イイカンジの山道で、満足。 JR中央線と中央道に挟まれた舗装路を引き返す。このあたりは、「裏高尾」の地名通り、昼なお陽が当らない。今度は5kmずっと下りだからラクだが、そのかわり寒いのなんの。今年もオレって、バカだなあ。
|
ランニング
-
詳細
コメント(2)
|
箱根大学白バイ駅伝で青学が初優勝に向かって快走していた頃、新しい靴で走り初めのランニングに出る。 以前からニューバランスのランシューズがいいと噂に聞いていた。暮れのチェロ忘年会でも、元体育教師でサブフォーランナーの知り合いがニューバランスを絶賛していたので、痛めたアキレス腱のためにも買い替えることにした。エントリーランナー用のモデル。 オフィシャルサイトでは9800円+税だが、アマゾンを覗いたら、税込6458円という店があった。不安なほど安いが、ここで買わないと3000円以上損するような値段なので、買う。 それが12月30日の夜。大分県にある店のサイトを見ると、すでに年末年始のお休みに入っていた。営業は新年5日から、と出ていたが、品物は元旦の午後に着いた。 アマゾンの仕組みというのはよくわからないが、スゴイもんである。 「年末年始の休み!? オタクが休むのは勝手だけど、ウチのルートで売る分に、休みなんか許さないよ」ってことなのだろうか。アマゾンって、そりゃ便利だけど、コワイ。 フランスでアマゾンの書籍無料配送が書店を窮地に陥れていることを受けて、議会が書籍の無料配送を禁じる法律を可決したら、金取りゃいいんだろって、配送料1円を決めたんでしょ。 しかしそのアマゾンのおかげで、ニュー・ニューバランスを履いて走り初めができたわけだけど、10km行かぬうちにやっぱり左のアキレス腱が痛くなり、歩く。
機材も流通も、体調を凌がない。 |
|
来年3月、ついにフルマラソンに出ることになり、練習の距離を少し延ばしたら、天罰てきめん、左側のアキレス腱が痛み出した。歩くことはできるのだが、走るとかなり痛い。地面を蹴るときが痛い。 |
|
ささやかなお盆休みの、ささやかな目標、もうひとつはランニングの最長不倒距離挑戦、である。来年、フルマラソンに出ようかなと思っているので。 スタート地点は多摩サイ中央道下。幸い、曇り空で涼しい。 昔、ハーフマラソン(21.1km)には何度か出た。数年前、調子のよかったときは練習で23km走った。 今日は目標を大台の30kmと決め、どういうコースで走ろうかと考えていると、速そうなおじさんランナーが下流に向けてスタートしていったので、100mくらいあとからとりあえずついてゆく。 ああいう人って、どこまで走るんだろうと考えているうちにも、しかしどんどん離される。しばらくしたら、見えなくなっていた。どこかで下へおりてしまったのかもしれない。 ペースランナー(?)を見失って走るうちに、思い出した。多摩サイをずっと下って、世田谷通りに出る手前、舗装が途切れるところが15km地点だった。あそこを往って帰ってくれば、ちょうどいいのだ。 さすがお盆休みの最終日、ランナーもサイクリストも多い。 サイクリングロードの端っこを走っていると、向こうから同じ側をランナーが走ってくることがよくある。鉢合わせコースだ。どんなに遠くても、気づいたらぼくはすぐに反対側の端っこに移動する主義だ。謙譲の美徳、ではない。運動は、体を動かしたもん勝ちである。レーンチェンジするときには、後ろから来る自転車の有無をいちいち確認しないといけないが、そういうことでも心身のツラさがまぎれたりする。 中央道下から10kmまでは下ったことがあるが、それより先へのランは初めてである。 しかし、15kmも走ってきちゃうと、帰りにメゲて歩いて戻るのでもタイヘンだなあと思いつつ、ペタペタペタペタ進む。 といっても、スピードが遅いので、なかなか進まない。iPodが慰みだ。 ライブラリーをシャッフルで流しているから、クラシックやロックやジャズやサンドウィッチマンやナイツが順不同で聴こえてくる。ラヴェルのボレロがペタペタペースにピッタリであることを知る。 1時間半近く走っても、相変わらずの曇り空。暑さは感じなかったが、触るとジャージもパンツもぐっしょりだった。 ロードレーサーに乗り始めのころ、真冬でも“朝練”に来ていた15km地点でUターンする。足が疲れてきた。 Uターンすると、空がちょっと明るくなり、気温が上がってきた。途端にノドの渇きを覚える。これだけ汗をかいているのだから、当然だろう。 自販機を見つけて水分補給をしたかったが、お金は持ってこなかった。そう思ったら、ますます飲みたくなる。 キョロキョロしながら走り続けると、河川敷に水道栓を発見する。スタートから2時間3分、21kmくらい走ったあたりだ。 走るのをやめて、階段を下り始めると、途端に足が痛い。 結局、そこでお盆チャレンジは打ち止め。最長不倒距離更新、ならず。 その後、基本、歩いてトボトボ帰る。足もココロも痛い。1時間40分もかかった。
やっぱり長い片道を往復するコースは大変だ。かといって、家のまわり200周とかはいやだが。
家に帰ったら、ヨメさんがめっちゃ心配していた。 |
|
祝「三浦雄一郎80歳エベレスト登頂」ということで、週末は勝手に20kmランニング決行。 多摩サイを走り出すと、半袖では少し涼しいくらいだったが、走るにはサイコーの日和。朝もはよからさすがにランナーもサイクリストも多い。日よけ付きのキャップをかぶってバックパックを背負ったウルトラランナーふうも目立つ。何km走るんだろう。 しかし、三浦雄一郎、スゴイな。ぼくのおふくろは83歳でかなりシャンとしているほうだが、外出時はそろそろ杖が手放せなくなってきた。のに、80歳で医療用じゃない酸素ボンベを背負って世界最高峰。エベレストって、3776mの富士山よりさらに5000m以上高いのだ。セサミンのおかげか。 スキーに熱中していた学生のころ、三浦雄一郎は下敷きに写真を貼りたいくらいの憧れの人だった。この人の膝は、クルマにたとえると、ありえないほどストロークが長いサスペンションである。だから、どんな急斜面でも膝を90度曲げてイスに座ったような姿勢がとれる。それでもって勇気があるから、前へ突っ込んでいける。ターンの姿勢がゲレンデスキーヤーとは別次元に戦闘的で豪快でカッコよかった。 すでに冒険スキーヤーとしても有名で、斜度45度の雪面をクラウチングスタイルで滑降して最高速を競うキロメーターランセという競技に日本人として初めて参加して、時速170kmオーバーという当時の世界記録をつくった。今みたいに、ちょっと派手なことをやればもてはやされる時代じゃない昔から派手なことをやってきた人だから、「売名行為」みたいな陰口はまったく当たらない。 イタリアのキロメーターランセ出場は1964年だったそうだ。それから半世紀経った今もなお世界記録の冒険を続けられるとは、やっぱりセサミンのおかげか。 日野橋下流の多摩川にショベルカーが入っていたと思ったら、川幅が広がった(写真下)。そのかわり、歩いて渡れそうなほど水深が浅くなり、水面が鏡っぽくキラキラ光って、なかなかきれいだ。ランニングコースの終盤なので、癒される。暖かくなったら、裸足になって向こう岸まで渡る“冒険”に挑戦してみようかな。 ランニングのお好きな方へ http://ammo.jp/weekly/kab/0707/kab070704.html |



