|
今月号の「峠狩り」は、山梨県の太良(たら)峠へ行く。甲府盆地の北にそびえる標高1100mあまりの県道峠だ。古い呼び名は、太良賀(たらが)峠らしい。 山梨県民のアイドル、武田信玄の居所があった武田神社の脇から北上して山に入り、山梨市に下りる。 わざわざ山の中を迂回するルートだから、交通量はない。知名度も低い。初めて走る道なので楽しみだったが、期待以上のおもしろい峠道だった。 沿線には甲府盆地を見下ろすビューポイントが峠を含めて何ヵ所かある。でも、この日は春霞で視程不良。残念。 住宅がある前半の道は、路面コンディションも幅員も問題なし。 しかし、山に入ると、一気に激坂激セマに。それもそのはず、すぐ隣はかつて武田の山城があった要害山である。甲斐の国の首都、甲府を治めた武田信玄の、文字通り「後ろ盾」にあたる山地がここだ。忍びの者が駆け下りてきそうな道がしばらく続く。 自転車で走るとおもしろいだろうなあと思ったら、太良峠はすでに人気のヒルクライムコースになっていた。奥多摩の風張林道の1.5倍キツイ、なんていう説も。それは言い過ぎだと思うが。 視界不良の峠を越え、山梨市の麓に下りると、路肩に異形のお地蔵様があった。「首地蔵」だ。 筆書きの説明看板によれば、昔、土砂崩れがあり、赤ん坊を背負った12歳のお子守さんがこの巨岩の下敷きになったという。 それ以来、夜になると、女の子のすすり泣く声が聞こえたり、村の赤ん坊が激しく夜泣きをするようになったりと、不思議なことが起き始めた。そこで、旅の僧が頭をつくってお地蔵様に変え、霊を鎮めた。 その後、道路をつくることになり、邪魔な巨岩を撤去しようとした。すると、石工が夜、高熱を出して苦しむようになった。工事は中止になり、道路のほうがこうしてよけるようになったとさ。めでたしめでたし、でもないか。 首地蔵を見ていて、フト思った。頭はどうなっているのか。見たところ、岩を削り出した“一枚もの”とは思えない。とすると、どうやって頭部を固定しているのだろうか。ハメ込み式か、接着、はないだろう。
そこで、岩によじ登って確認してみた。 なんてことはもちろんしていませんよ。 夜は通りたくないところである。 |
「driver誌」峠狩り
-
詳細
コメント(13)
|
今月号は秩父の東にある奥武蔵グリーンラインに行った。しかも、2日連続。取材の4日前に雪が降り、秩父の町でも6cm積もった。大丈夫かなと心配になって、前日の日曜日に麓の西武秩父線吾野(あがの)駅まで輪行して“自転車下見”をしたのである。 昔から懸案の顔振(こおぶり)峠を、クルマでやる前に上っておきたかったし。 最初の顔振峠は、キツかった。源義経が東北へ逃げるとき、ここを通り、弁慶があまりのキツさに顔を振りながら歩いた、というのが峠名の由来といわれる。麓まで輪行で来るのはラクだけど、そのかわり、アップなしでいきなりヒルクライムはキツイ。峠のつまみ食いもよしあしだ。 でも、こんなカッコいいヘアピンがある重厚な峠道である。 吾野駅から5kmで顔振峠に着く。ごほうびはこの眺望。奥秩父、奥多摩、丹沢、3列の山脈がドミノのように見える。富士山も見える。たった標高500mでこれだけ“一望感”のある場所も珍しい。おトクな峠ですね。 シビックで来た取材のときは、平九郎茶屋で峠めしをいただく。茶屋のおばあさんは、このあたりの生き字引のようなスゴイ人だった。 初めて月見草(のおひたし)を食べる。ぎりぎり食用可くらいに苦かった。 顔振峠まで上ると、その後は500〜800mの尾根道が20km近く続く。交差する登山道がたくさんあるため、次から次へと峠が現われる。峠好きにもおトクな道だ。 「グリーンライン」なんて気取っているけど、本名は「奥武蔵林道」。基本、道は狭い。左右が崖の「This is 尾根道」みたいなこんなロケーションを見つけて、コーフンする。 「峠狩り」の取材では白石峠まで行ったが、折り畳み24インチで走った前日は、雪があとかたもないことを確認して、途中の刈場坂(かばさか)峠で国道299号正丸トンネルのほうに下りた。というか、禁を犯して一日に3つも4つも峠越えしてしまったので、いいかげんギブアップである。 標高818mの刈場坂峠からは関東平野が見渡せる。つまりこの山脈は、関東平野の東の端っこにそびえているのである。 吾野駅へ戻る15kmは、当然ずっと下り。ドロップハンドルでブレーキかけっぱなしは苦行だが、ジャイアントの折り畳みはブレーキの取り回しに無理をしているため、とくにレバーの引きが重い。エンジンブレーキみたいに使える外付け自転車用回生ブレーキって、できないだろうか。
|
|
ひと足早い春を求めて、今月号は伊豆半島の戸田(へだ)峠へ行った。修善寺から西伊豆の戸田へ出る道だ。 修善寺温泉をバイパスする新道から始まって、全線、大型観光バスも通れる静岡県道だが、旧修善寺町内の旧道はこんなに狭い。もっぱら沿線住民のために残している道で、行く先看板に従って来れば迷い込むことはないが。 戸田峠は、伊豆市と沼津市の境界。標高728m。国立公園のためか、峠の茶屋のような商業施設はいっさいない。西伊豆の眺望が広がるのは峠を越えてから。 途中の展望台からは砂嘴(さし)で囲まれた戸田港が一望できる。絵に描いたような「天然の良港」。 戸田の町におりて、名物の深海魚を食べる。水深の深い駿河湾の恵み。本日のお薦めは、海底500mからとれとれのゲホウ。 目玉と頭が大きくて、胴体は細い。小さい宇宙人みたいな魚である。 地球人を恨んで攻撃に来た宇宙人に理由を聞くと、「おまえたちは昔からわれわれの仲間、マーシュベータを殺戮してきたではないか」と答える。マーシュベータってだれだと聞くと、「イカだ」という漫才“和牛”のネタを思い出した。尾かしら付きだとなかなかのインパクトだが、おいしかったデス。 |
|
標高500m以上の高い山がひとつもない唯一の都道府県が、千葉県なのだそうだ。 でも、千葉県が独占する房総半島は、海岸線から少し入ると山ばっかり、というのがぼくのイメージである。それも、イイカンジの里山が多い。 美麗大写真的な眺望の峠はないが、走って楽しい峠道も多いよ、というメッセージを込めて、今回取り上げたのは、「清澄養老ライン」である。南房総の館山市天津(あまつ)から山の中に入ってゆく県道だ。初めて走ったが、やっぱり房総半島はファン・トゥ・ドライブであることを再認識する。 序盤に現れるカッコいいヘアピンカーブ。注意喚起のペイントがかえってサーキットっぽく見せちゃって、まるでスパ・フランコルシャン。まわりには「ドリフト走行禁止」の看板が林立していたが、それってむしろリマインダー効果にしかならないんじゃあ? 小櫃(おびつ)川沿いの道は激セマで、まさに千葉県の秘境だった。 そういえば、千葉県はチバニアン(千葉時代)認定で、全国区どころか地球区で知れ渡る土地になったのだ。「地球磁場逆転期饅頭」とか煎餅とか、いまぜったいつくってるんだろうな。 古くてシブくてカッコいいトンネルが多いのも、房総内陸部の特徴。だれが曲げたか知らないが、このS字カーブも美しい。 沿道に食事処はゼロだった。帰りはアクアラインなので、峠めしは富津のニコニコドライブインへ。 「峠狩り」の前にdriver誌でやっていた連載「ニコニコドライブ」はここからとった。初回の取材で食べに来て、担当編集者のスーちゃんと全会一致で決めたのだ。海岸線の道沿いには、最近、漁協の大食堂とかが増えて、どこも大行列だが、ここは地元の営業マンや釣り人が通うのんびりしたローカル昭和食堂。 味はフツーだけど、安い。これで370円。 |
|
新年第1回は鈴鹿峠へ遠征した。三重/滋賀県境にある国道1号の峠。東海道の時代から箱根に次ぐ難所と言われてきた。 鈴鹿峠のある鈴鹿バイパスは、上下線が分離され、それぞれ2車線ある。もとはふつうの対向2車線だったが、1978年、混雑緩和のために下り線が別につくられた。一般国道なのに、フルに2車線で上り下りする峠道。40年前に出来たときは、さすが1号、さすが鈴鹿峠と言われたんじゃないだろうか。 ところが、いまの鈴鹿バイパスは閑古鳥が鳴いている。10年前に新名神高速が出来て、すっかり“旧道化”してしまったからだ。関越道開通後の国道17号三国峠と同じですね。 クルマを置いて、旧東海道の鈴鹿峠(標高378m)にも登った。上の写真がそこからの眺め。平日の昼下がり、ガラガラです。 大型貨物車フレンドリーに設計された道なので、乗用車で走ってもとくに楽しくはない。舗装もよくないし、道路施設も老朽化が進んでいる。でも、国鉄の特急電車みたいな風格はある。 鈴鹿の峠めしは、これ。食事処はほとんどつぶれているが、焼肉専門の食堂が三重県側に2軒残り、名物になっている。 ワイルドに自分で焼く屋内バーベキュー。アルコールも出す。駐車場が広大なので、大型車でも、食後ずっと止めておけるのだ。店内にも「充分、睡眠をとってから運転、移動をお願いします」という貼り紙。「ドライブレコーダー録画中」というステッカーとは対極の“昭和カルチャー”が残っている、それが鈴鹿峠だった。 |





