|
今月の「峠狩り」は、箱根の第2弾、湯河原から大観山へ上がる“椿ライン”を走った。 新車の試乗会や、自動車メディアの取材で、長年、箱根に通っていても、この道はまず通らない。椿ラインなんて洒落た愛称があることも、今回の取材の下調べで初めて知った。 湯河原から箱根へ上る狭い道、という印象しかなかったのだが、後半には相模湾を見渡すビューポイントがいくつかある。 上の写真は、大観山に近いあたりからの景色。山の上に立っているのは、国交省の航空路監視レーダー。旅客機がお世話になるやつですね。 沿線唯一の観光スポット、「しとどの窟(いわや)」へ向かうトンネルの中で、特大のつららを採取。湾曲した壁から下がって、下でまた壁にくっついていた。 前回の「旧東海道」に続いて、箱根の峠を2回取り上げたが、「箱根峠」は扱わなかった。なぜなら、国道1号の箱根峠は、このように殺風景でおもしろくないからだ。 てっぺんにあったガソリンスタンドも店じまいして久しい。昔、この近くでジャガーXKRがオーバーヒートして、SLみたいにケムが出ちゃったときにお世話になったのだが。 ただ、箱根峠へ来ると、うまいホルモン定食が食べられる。三島側へ少し下ったところにある「峠茶屋」という食堂。 箱根を越す峠道には、あったとしても観光客相手のこじゃれた食事処ばっかりだから、こういう大衆食堂は超稀少です。 |
「driver誌」峠狩り
-
詳細
コメント(2)
|
今月の「峠狩り」は、箱根の旧東海道を走った。小田原から元箱根(芦ノ湖)まで上がる箱根越えのいちばん古いルートだ。 中腹に、ニュルブルクリンクみたいなカッコイイS字コーナーがあって、その頂点に大きな鳥居の神社がある。向かいの広い駐車場にスズキバレーノがたくさん止まっていた。てっきりスズキが試乗会をやっているのかと思った。でも、クルマはぜんぶシルバーで、人影はない。 神社に入ると、ブルーのツーピースを来た女性がいた。よそゆきの外出着だから、最初、参拝客かと思ったら、神社の人らしかった。何人もいるし、境内の駐車場にやってきた銀色バレーノからも同じ服のおばさんが降りてきた。 境内の食堂で“峠めし”をとることにした。安い。味はフツー。 小1時間、そこにいると、途中、2回、外に人が集まって、整列する。ブルーのおばさんたちもいれば、食堂の人も出て行って、並ぶ。すると、2回とも同じ白いグランドハイエースが入ってきて、みんなそれに向かって最敬礼し、手を振った。寝台車らしく、中に酸素ボンベが見えた。 ここ、ちょっとフツーの神社じゃないかも。鳥居の細工を見て、とっくに気づけよって話だが、なにしろぼくは宗教に疎いのである。 でも、商売柄、バレーノは気になる。あのクルマ、好きだから。 ブルーのおばさんが乗り込もうとしていたので、駐車場に同じクルマがいっぱいありますよね、と聞くと、「神社のクルマです」と教えてくれた。つまり、会社でいえば、“営業車”らしかった。 30分に1度入ってくる寝台車についても聞いたら、「この神社をおつくりになったかたが乗っていらっしゃる」とのこと。やっぱり。 おばさんの対応は感じわるくなかったが、ぼくらがクルマに乗り込んでから出て行くまでのあいだ、ナンバープレートをガン見された。
さすが天下の箱根ならではの出来ごとでした。 |
|
今月号の「峠狩り」は、霧ヶ峰のビーナスラインへ行った。 「driver」誌で記事を見て、走りに行ったら冬期封鎖、では読者に申し訳ない。冬場通れなくなる道は、そのタイミングでは取り上げないことにした。 長野県の茅野市から上がるビーナスラインも北側は冬期閉鎖だが、車山高原スキー場がある南側は冬でも通れる。 とはいえ、東京にも降った今日の雪で、さっき霧ヶ峰交差点のライブカメラ映像を見たら、真っ白だった。この晴天は1カ月前です。 “観光湖”みたいな白樺湖は好きじゃないので、上諏訪から初めて走る県道で上る。 霧ヶ峰スキー場まで一気に直登するこのルートは、すごい急坂だった。12km上りっぱなしで、平均勾配7.2%。住宅が建つ麓には最高15%が点在する。こっちは367馬力のボルボV60だったから、なんてことないが、今回はさすがにひとりもサイクリストに行きあわなかった。 昔から三菱エアコンで有名な霧ヶ峰だけど、そういう“山”はないんですね。「霧ヶ峰って、どれですか?」。車山肩のバス停にいた登山者に聞いて驚いた。霧ヶ峰は一帯の広い高原を指し、そのなかでいちばん高いのが車山だという。ひとつ利口になった。字を書く、汗をかく、そして、恥をかくのはいくつになっても大切です。 霧ヶ峰というくらいだから、霧がよく出るのだろうが、この日は快晴。日射しが強くて、ぜんぜん寒くなかった。 ビーナスラインは整備の行き届いた山岳道路である。標高1800mまで上がり、近景も遠景もすばらしい。南アルプスや八ヶ岳はもちろん、富士山も見える。「世界遺産富士山、見えてます」という看板が展望レストハウスに立っていた。お膳立てが整い過ぎていて、ちょっと気恥ずかしいくらいである。個人的には、もっと窮屈で、暗くて、ジメジメした峠のほうが好きだ。
|
|
9月の晴天率の低さといったらなかった。 天気が悪いと、シャレにならないのは、「峠狩り」の取材だ。峠は、例外なく高いところにある。雨が降るだけならまだしも、ガスが出たり、低い雲の中に入ってしまったりすると、走るのも撮るのもお手上げだ。 3ケタ国道を起点から終点まで走る「ニコニコドライブ」のときは、途中の峠が悪天でも、ほかでいくらでもネタが拾えたが、峠狩りだとそうはいかない。はるばる出かけた先の峠道が濃い霧に包まれていた、なんて、悪夢である。 幸い、ぼくはかなりの晴れ男なので、まだそんな目にあったことはない。御坂(みさか)峠やヤビツ峠のときなんか、ぼくらが行くと、雨がやんで、晴れ間が覗いた。 しかし、今月はひと筋縄ではいかなかった。前日まで、目的地が決められなかったのだ。本当は新潟県北の峠へ行くはずが、降水確率を見て、断念。急遽、山中湖方面に変更した。そこも晴れマークは朝9時から12時というピンポイントで、それ以降はまた曇りの予報。その峠は、山中湖と富士山の眺望がテーマだから、朝、とりあえず現場に上がってみて、両方が見えなかったら、もっと標高の低い峠に移動する、というオプションも考えておいた。 しかし、結果は、120点! 9時前に山中湖畔に着くと、望外の快晴。撮影先行で取材を始めると、10時過ぎからは富士山が雲に御隠れになった。神様ほとけさま天神さま、ありがたやありがたや。 山中湖に下りてきて食べた「峠めし」は、200点だった。 山中湖畔には観光客相手のオシャレな店も多いが、どこへ入っていいか、わからない。「ワンちゃんもどうぞ」とか書いてあってもなあ。 見つけたのは、店名看板すら出ていない、住居を兼ねた古い食堂。厨房はおばちゃんふたりと、娘ひとり、みたいなローカル食堂である。 席はけっこう埋まっている。ほかの人にならって、日替わり定食のハンバーグをたのむ。外でハンバーグを食べると、たいていハズレるが、見るからにウマそうなこれは、ヨメさんのハンバーグの次にウマかった。ご飯の盛りはこれがノーマルです。 この定食が600円。ハンバーグもご飯も食べきれなかったので、編集部Aさんに手伝ってもらう。 30代のAさんがたのんだのは、この店の名物らしいカツ丼。肉の厚さが尋常じゃない。1000キロカロリー以上ありそうだ。しかも、これで500円。若者にはたまらんでしょうね。 こういう地元の実用食堂に巡り合ったときがいちばんうれしい。 |
|
driver誌「峠狩り」の今月は、埼玉県の定峰(さだみね)峠へ行った。峠銀座と言えるくらいたくさんの峠が集まる東秩父で、いちばん有名な峠だ。とくに「頭文字D」を読んでいた人には。 頂上に、絵になる茶屋がある。漫画にあやかって、“SINCE 1972”と書いたステッカーを売っている。 その年にこの県道11号が出来て、店を開いたというおばちゃんは曾孫のいるおトシだが、元気で気さくな人である。 峠の県道をつくったのが荒舩清十郎とは、今回初めて聞いた。「埼玉県の田中角栄」と言われた代議士だ。わたしがつくった道路に店を開いてくれてありがとうと、オープンの日にお祝いに来てくれたそうだ。 利益誘導型の代議士が跋扈した70〜80年代って、いまから振り返ると、のどかないい時代だったなと思う。 荒舩サンは、運輸大臣になった途端、選挙区内の深谷駅を急行停車駅にして物議を醸した。でも、そういうことならそういうことで、わかりやすいし、血が通っている。青スジ立てて、「美しい憲法」とか、「国家の品格」とか言っているいまの政治家よりよっぽど平和だ。 東秩父村側の麓に、60〜70年代の国産旧車が積まれたジャンクヤード、というか、墓場を発見する。数えたら、初代フェアレディZだけで11台。マイファーストカー、ハコスカも多数。 いちばん新しいのが初代サバンナRX−7。いちばん古いのは、写真右側に映っている超レアものクラウンエイト。いまならセンチュリーにあたるV8のクラウンだ。ふるさと、旧高篠村はこの近く。本当に荒舩センセイが乗っていたんじゃないの。 |


