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 見ましたか!? クリスマスイブの朝、富山市内の船着き場に長さ3mのダイオウイカが現れたというニュース。

 ぼくは見ました。目を疑った。映像を見ながら、エッ、今日はクリスマスじゃなくって、エイプリルフール!? と思った。ニュースのテレビ画面の周りに、“ドッキリ”的なテロップがないか確認しちゃいました。

 だって、ダイオウイカって、2年前のNHKスペシャルで話題になったやつでしょ。人の受信料を使って10年がかりで調査して、深海での撮影に世界で初めて成功したというあの番組。潜航艇のカメラが金色に光るダイオウイカの姿を映し出した時には、感動した。受信料払ってて、ま、よかったかなと思った。

 そのダイオウイカが、狭い船溜まりの水面で横になってチャプチャプやっていて、集まった人たちに「色がきれいだ」とか言われ、調査に潜ったダイバーとしばらく泳いで「スミ吐いた」とか「吸盤の力が強かった」とかも言われて、最後は彼の誘導で沖へ泳いでいったわけだから、いいニュースなんだけど、やっぱりこれ、ドッキリにしておいてもらったほうがよかったかなと、個人的には思った。ダイオウイカにまったく罪はないけど。


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フツーのイカ。
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 前回のブログ日記「いかなる理由であれ、テロは許されないものではないのか」に、たくさんのコメントを寄せて下さって、ありがとうございました。政治に関心がない、なんて、ウソじゃないですか。

 戦国時代に自衛隊がワープしてきて、選挙もない、学校もない、農民は搾取され、女性が虐げられているこの野蛮な国はなんなんだ! といって爆弾を落とす、戦国自衛隊みたいなことはやっちゃいけないと思います(映画の戦国自衛隊はそんなことしてませんが)。

 ドレスアップしてディナーデートができて、子どもに高い教育費がかけられて、セコムに家のセキュリティはお任せ、みたいな近代文明社会から見たら、地球上には“野蛮さ”がいくらでも残っています。
 でも、それを近代文明社会の論理で非難したり、無理やり矯正しようとするのは間違っているし、不可能です。「好きでやっている」とまでは言わないけど、その土地のその人たちのその時計のなかで、たぶん「そうなっている」からです。変えるにしても、革命って、下からやるものです。

 マララさんという人が、女性が学問することを認めていないタリバンに銃撃され、九死に一生を得て、いま人権活動家になっています。
 あの人も、タリバンを掃討しろ、なんて言っていません。必要なのは、なにより「教育」だというのが彼女の主張。タリバンを変えるのも、教育しかないってことなんでしょうね。教育とは真反対のところにあるのが「空爆」です。

 西欧列強が中東に乗り込んだのは、ネイティブ中東人を教育するためではありません。その広大な土地に眠る石油資源がキミたちのものだと思ったら大間違いだ、という利権です。
 中東で日本の評判がよかったのは、ここのところに日本が首を突っ込んでいないからです。買ってはいるけど、掘ってはいませんから。進んだ国のなかでも日本にしかないその立ち位置を失うことは、取り返しのつかない損失です。

 テロの残虐さは言うまでもなく、豊かな文明社会で起きるテロはことさら悲惨に映ります。
 でも、そこでテロが起きた時、中東を利用して豊かになった西欧列強は、「最初に手を出したのはだれなのか」というそもそも論にまず思いを致さないといけないと思います。
 野蛮人がやりゃあがったなといきり立って、頭の上から爆弾を落としにいってたら、欧米の多くが外務省通達の「渡航中止勧告」の国になってしまうかもしれません。



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「進んだ国」の象徴として、中東で愛されるランクル70。この板バネの枚数を見よ!
「いかなる理由であれ、テロは許されるものではない」
 トルコに外遊している安倍首相が、パリ同時テロの報を受けてそう語った。
 こういうセリフをシリアのすぐそばで公式コメントとして語るのは、やめてもらいたい。本当に日本もテロの標的になるから。

「いかなる理由であれ、テロは許されるものではない」。
 そもそもこの発言、正しいだろうか。「たとえ空爆でシリアの人々が何人死のうとも、報復のテロは許されるものではない」。そう言っているのと同じではないか。おとなしく空爆だけされてろってこと?

「IS(イスラム国)の拠点に空爆をした」と、簡単に報道されるけど、爆撃されたところはどうなったか、という報道はない。ISの幹部だけを、うまいこと爆撃しているんでしょうか。
 なわけはないでしょ。イラクだって、アフガニスタンだって、民間人が空爆で大勢犠牲になってきた。
 
「空爆」という言葉を、われわれはあまりにも簡単に口にし過ぎていないか。
 ガチの地上戦で敵が見えるならまだしも、まったく見えない敵に攻撃されるのが空爆だ。やられる側にとって、こんなに恐ろしい、そしてやるせないものはないと想像する。 
 夜、ウチにいて、突然、ミサイル攻撃を受けて、自分以外の家族が皆殺しにされたら、ぼくだって自爆テロを考える。

 イスラムとキリスト教との宗教戦争だ、とか言う人がいるが、そんなのウソッぱちである。戦争は、一度始まったら、ただ単に直近の憎悪に対する報復、その繰り返しである。「最初に手を出したやつが悪い」かもしれないが、報復のパンチで骨折して、そのまた報復の蹴りで内臓破裂して、となったら、もうどっちがいいも悪いもない。
 イスラエルとパレスチナだってそうだ。「やりゃあがったな」の応酬である。そして、近代兵器を持っていないほうがテロを仕掛けるのだ。「テロは貧者の戦争だ」って言葉、なかったっけ。
 聖戦のために死ぬのは善だから、イスラム教徒は平気で自爆テロができるのだ、という解釈もウソっぱちである。最も憎悪の強い兵士がおなかに爆弾を巻くのだ。

 ISを悪魔だと思うのは間違いだ。悪魔だとしても、それはアメリカの中東政策に対する憎悪が生んだ悪魔である。
 だから、今は殺し合いをやめて、話し合うしかないと思う。


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 ISがトヨタのランドクルーザーを愛用していることにアメリカがいちゃもんをつけているらしい。
 とんだ言いがかりである。そりゃまさかISがジープを使うわけにはいかないだろう。しかもジープより丈夫で手がかからないから、ランクルを使っているのである。
 そもそも、イスラム過激派だって、トヨタ車を透かして見える日本をけっして嫌ってはいなかったはずである。
 アメリカやフランスやイギリスとは違うその立ち位置を利用して、「積極的平和主義」を唱える安倍さんこそ、ISとの停戦交渉の仲介役を買って出たらどうでしょう。

不都合な真実

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 安保法案に反対の意志は表明したいので、ゆうべ国会前に行ってきた。

 集会は夜6時30分から。地下鉄丸ノ内線で国会議事堂前へ行こうと、JR四ツ谷駅から地下鉄の改札に向かったら、それらしい人たちがすでに大勢いた。

 6時15分に国会議事堂前駅に到着。改札の向こうに行列が出来ている。と思ったら、集会参加者のトイレ待ちだった。まるでマラソン大会のスタート前だ。

 外に出ると、歩道は早くも混雑していた。警察官も大量に配備され、誘導に当たっている。マイクの声は丁寧な懇願口調だが、動線をコントロールして、国会には近づかせないようにしている。でも、後ろから参加者はどんどん増えてくる。信号待ちで止まっていると、将棋倒しが起こりそうで怖い。

 ライトアップされた国会議事堂が見える「国会前」交差点の歩道に1時間あまり立っていた。
 地下鉄の出口のまわりにたくさんあった主催者側の固定式巨大拡声器は、このあたりにはまったくないため、集会といったって、みんなで何かをするわけでもない。国会前の通りを集会に開放させるために「通せ、通せ」というシュピレヒコールがたまに湧き起こるくらいである。
 
 その正門前通りを、右翼の街宣トレーラー3台が隊列を組み、まったく音を立てずにぐるぐる回っている。何をやっているのかと思ったら、ワタシらが安倍政権をお守りしますという感じで、通りが占拠されないようにぐるぐるしているのだった。
 
 ぼくのまわりは、個人かせいぜい2,3人で来ている人がほとんどである。
 そのため、シュピレヒコールも散発的で、ショボイ。掛け声を上げるのはけっこうコツがいるし、気がつくと止まっていて、自分だけ叫んでいる状態になるのはちょっと恥ずかしいこともあり、ぼくはずっと静かにしていた。

 真っ暗な空にはヘリコプターが複数、ホバリングしている。
 交差点のまわりは大渋滞だ。誘導棒を持った警官の交通整理で、歩行者信号を無視した横断はできない。道路渋滞の主因は、警察である。路肩を機動隊のクルマが埋め尽くしているからだ。
 ただ、警察官には御苦労さまと言いたい。何万人集まったのか知らないが、これだけの群衆が押し寄せたら脅威だろう。よく冷静さを失わず警備を遂行してくれている。
 
 家に帰って「ニュースステーション」を見たら、正門前の通りが参加者で埋まっていた。
 そんなことをやったって、法案は通るに決まっている。大事なのはその先、「どうしてくれよう」という気持ちを持ち続けることだと思う。
 国民の理解と支援が得られないため、東京オリンピックのエンブレムが見直されることになった。
 国民の理解と支援が得られないから、見直してほしいものはほかにもあると思うのだが、そうですか、ついにエンブレムは白紙撤回ですか。

 世界一の借金国が、もはや足の踏み場もないこの過密都市でなぜ2度目のオリンピックをやるのか!? 見直すなら、2020年の開催そのものを見直してほしい。個人的にはそう思うのだが、そうはいかないのだろう。もう国立競技場、壊しちゃったから。

 あのエンブレムに盗用や模倣があったとは思わないが、その後に起きたサイドストーリー的な事象がマズかった。
 このエンブレムは、たとえば空港のロビーでこんなふうに使えます、ということをプレゼンテーションするために、外国人のブログから羽田空港ロビーの写真をコピペして、エンブレムの垂れ幕を合成してしまった。なぜバレたかというと、ロビーにいる群衆が、まったく同じだったのだ。
 当のブロガーは、こんな大きなイベントのために使われて光栄だが、許可はとってほしかったと言っているらしい。

 このへんのことは、ネットの世界でヤバイ問題である。
 ぼくがブログに掲載している写真は、ほぼ100%、自分で撮った写真だが、たとえば「サノマジック 画像」でグーグル検索すると、サノマジックの記事で使っているぼくの写真がそこにぜんぶ集められている。撮影者の名前も出典もなければ、もちろん掲載許可なんか聞かれたこともない。
 でも、そういうことに四の五の言わないことが、むしろネットの常識になっている。

 ということを考えると、このコピペ問題もそんなに悪いことなのか、という気はするけれど、それはあくまで新しいネット世界の常識なのであって、空港ロビーの写真を無断で使われた個人ブロガーが仮に訴訟を起こせば、負けるにきまっている。

 今度の一件でわかったこと。デザイナーは、コピペを手段としてフツーに使っている。
 それと、やっぱり人間、“顔”って大事だなと思った。


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 そういえば、アルファロメオのエンブレムも見直されるのである。
 色使いがシンプルになって、議論を巻き起こしそう。「アルファロメオ 新エンブレム 画像」でググって下さい。見慣れたこれは、4Cで最後になりそうだ。
下野康史(かばた・やすし)
下野康史(かばた・やすし)
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